第8話【当日 前編】 炎と水

『大舞台』。炎と水が連なり、交わり、争うその場所。そこでは2つの国の巫女が同時に演舞を行う。自身は美しく舞い、相手の演舞を妨害し、妨害されてなお臨機応変に対応する。最終的に片方が膝をつくまで行う。血が流れない『戦争』の舞台。2つの国の群衆が集う『戦争』の地。

今、その舞台には2人の少女がいた。

片方は齢13歳の少女。紅い髪を靡かせ、暖色を基調とし伝統的な模様がふんだんに盛り込まれたドレスを纏っている。そして、その小さい体に似合わない膨大な魔力が可能にする大量の炎を纏っている。

もう一方は齢100を超えてなお全盛期の姿を保つ少女。薄めの青い髪は短く切りそろえられ、寒色を主体にしつつ、明るい緑色がアクセントとして加えられたドレスを纏っている。そして、その体と精神に見合った純粋な魔力によって、多くの水滴を浮かべていた。

片方は高温の炎を思わせる青白い眼で、もう一方は広い海を思わせる紺碧の瞳で互いを見つめていた。

『演舞』とは言うもののそれは音楽などには頼らない。地面を踏みしめる音、炎が燃える音、水が流れる音、それら形而下の音に加えて、『炎』と言う概念、『水』と言う概念、それらがぶつかるという形而上の『現象』。その結果、音楽などには頼らない『演舞』が生まれる。それは常に移り変わり、元の状態には決して戻らない、いや戻れない。

そして、今から新たな『演舞』が生まれる。ラプラスの悪魔が殺されている以上、どのような『演舞』になるかは誰も知ることはできない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

張り詰めた空気が流れているのです。『演舞戦争』開戦直前なので当たり前なのです。

「スゥ〜。」

大きく息を吸い込み、目を閉じます。そして、自分の中でスイッチをフゥから炎の国の巫女に切り替え、大きく息を吐きます。

再び目を開け、眼前の巫女を見つめます。彼女の容姿についてじっくり見るのは初めてかもしれません。

短く切りそろえられた青い髪、快活そうな顔つき、バランスの取れた美しい体つき。20歳前後にしか見えませんが、既に100歳を超えた『怪物』。

勝てるかはわかりません。でも、負けるわけにはいきません。人前で絞め落とされた屈辱もさることながら、フィーラの献身に応えるためにも。


ーーーーーーーーーー

相変わらず炎の国の空気は張り詰めていますね。負け続けているとはいえ、緊張に弱いフゥちゃんにとって不利に働きそうなんですが、、、。

炎の国の観覧席に一瞬目をやった後、フゥちゃんに視線を戻しました。まさにその瞬間、フゥちゃんの目つきが変わりました。いや、目が据わった、スイッチを切り替えたと表現するべきでしょう。

今私の眼前にいるのは紅い髪を靡かせ、青白い目でこちらを見つめてくる炎の国の巫女。齢に似合わないその小さな体に不釣り合いな膨大な魔力を持つ『化物』。

ですが、私が勝つに決まっています。負けるはずがありません。100年間積み重ねてきた歴史のためにも、オーちゃんの信頼に応じるためにも。


ーーーーーーーーーーーー

その日の正午ちょうど。太陽が天頂から垂直に大地を照らした瞬間、『演舞戦争』は始まりました。最初は双方ともに穏やかに始まります。互いの出方を伺う様に。

「最初は互いに距離があることもあって普通に踊るだけなんですよ。」

横に座っているオッツェンさんが解説してくれる。

「音楽などないはずなのに、2人ともリズムはほぼ揃っているのですね。」

「そこの2人にしか分からない『感覚』?みたいなもので自然に揃うらしいですよ。」

「はぁ。不思議なこともあるのですね。」

舞台の中と外は空間的に別のものなのだろう。遠くから見るだけでは分からない空間がそこにあるのだろう。

「おっと、フゥ様が一気に距離を詰めましたね。序盤からアグレッシブに攻めるのは結構珍しいパターンですね。」

「気の短いフゥ様らしいといえば、、、あら、せっかく距離が近づいたのに離れちゃいましたね。」

「ワサ様が『迎撃』の構えをしたから一旦距離を取ったのでしょう。あのまま近づいたら一気にやられて早期決着となっていたでしょうし、互いに中々手強いですね。」

「はあ、色々と駆け引きが行われているんですね。ところで、細かいところまでよく見ていますが、視力がいいんですか?」

「まあ、魔法でチョチョイっと見てるだけです。」

「今度教えてください。面白そうな魔法ですし、自分が見てない間フゥ様がちゃんと仕事してるか監視できるようにしたいので。」

「いいですよ。しばらくフェイント合戦になりそうなので今度と言わずこの場でゆっくりとお教えしましょう。」

「あ、ありがとうございます。でも、何かあったときにちゃんとみておいたほうがいいのでは?」

「まあ、時間はかかりませんから大丈夫ですよ。」

「あ、じゃあお言葉に甘えて、、、。」

ーーーーーーーー


その後、少しの間魔法を教えてもらいましたが、『しばらく情勢は変わらない』とのオッツェンさんの予想通りほとんど動きがないまま時間が経ちます。

「中々動きませんね。おやつのふかし芋でもどうですか?」

と、オッツェンさんに尋ねた瞬間、ワサ様がフゥ様との距離を一気に詰めていったようだ。

「お、いきましたよ?これは、、、おおっとぉ!フゥ様が『迎撃』したぁ!緑色の炎とか初めて見ましたよ!?ワサ様も恐れず突っ込んでいきますねぇ!いけぇーーー!!」

オッツェンさんがテンション上がりすぎて実況を叫んでますね。ちょっとこの人怖い。

「あ、ふかし芋いただきますね。ハフっ。ふぇ、はのふぃろりいろのふぉのおふぁふぃっふぁい「一回落ち着いて食べてからにしていただけます?流石に従者としてはしたないですよ?」

というと、オッツェンさんは芋を水で一気に流し込んで数回胸を叩いてから再び話し出した。

「あの緑色、、次は紫色!!?あんな色どうやって出してるんですか?温度上げてもあんな色にはなりませんよね!??」

「『秘密』の粉だそうですよ。」

「して、その粉の中身は?成分は?調合は?」

「ぶっちゃけ私もよく知らないんですよね。フゥ様曰く『炎色反応』だそうです。」

なんかすごい食いついてきて怖い。この人こんな人だっけ?

「私ちょっと技術系の学校出身なので気になっちゃうタチなんですよ!おおっと!!ワサ様の『ウォーターカッター』!出ました!ああ!フゥ様の避け方がうまい!流れから全く不自然じゃないどころかあれが正しい『演舞』と伝えんばかりの動き!」

隣の人がテンション高いせいで逆にテンションが上がらない件。

「行けー!ああ!!危なーい!!!」

ちょっとうるさい。いや、結構うるさい。周りの人も完全に引いてるし、なんなら人口密度減ってきたし。

でも彼女に負けるわけにはいかない。フゥ様の優しさ、、、愛情に応えるためにも。

私は声を張り上げた。

「いけーー!フゥ様!負けるなー!」


ーーーーーーーーーーー

日も傾いてきました。後30分ほどで暗くなるでしょう。暗くなってしまえば、美しさという点では発光する炎の方が圧倒的有利になります。こちらはよくわからない物体が飛んでいるだけになるわけですから。ですので、そろそろ決めにいかなければいけません。

「フゥちゃん。これで終わらせますよ。ごめんなさい。」

そう呟いて私は舞台の中心で足を止めます。そして、腕をしなやかに回しながら、残りの魔力を全て水の生成と操作に回します。これまでもちょっとずつ舞台を取り囲むように水を生成していましたが、その生成量を一気に増やしていきます。そして、その水を持ち上げて巨大な渦にしていきます。

それを見たフゥちゃんの顔に映るのは少しの驚愕と、、、期待感?何かそちらも仕掛けてくるのでしょうか?


面白い。


確実にこの子は同じ世界出身です。炎色反応はこの世界では知られていないのですから。ということはまだ何か隠し球があるのでしょう。


面白い。


だが、彼女が操れるのは炎しかありません。水それらを全てなぎ倒せます。あくまでも炎はただの化学反応に過ぎないので物質である水に勝てはしないでしょう。

それでもなお対抗しようとするその姿勢、その表情が可愛いですね♡。


「その表情、今から壊して差し上げます。その後には思いっきり可愛がってあげましょう。」


向こうがやる気ならばこちらも全力で行くのが礼儀でしょう。水の生成量と渦の高さを限界まで高くします。

魔力を集中する中、フゥちゃんの方をチラリと見ると、向こうも何かに魔力を使い始めたようですね。


面白い。


だが、こっちのほうが早いですね。驚愕している暇があるなら対抗の準備をしなければいけませんでしたね。


「大丈夫です。ちゃ〜んと助けてあげますから。なので安心して、、、死になさい。『メイルシュトローム』。」

そう宣言して、私は渦をフゥちゃんに叩きつけた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その名はメイルシュトローム。その名は北の海に住む怪物クラーケンが引き起こすとされ、ノーチラスをも飲み込んだとされる大渦。

今ここで起こっている現象はまさにその再現。無情なる大渦。


その大渦が今まさに炎の巫女に襲い掛からんとしていた。

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