第2話【炎の国】いつもの昼といつもと違う夕方

神殿の中心部にあるその礼拝堂は炎の国の中で最も大きく、信仰の中心部であると言っても過言ではない。

鮮やかなステンドグラスとその前に配置された火の神を模したとされる巨大な銅像。壁には火の神の神話が壁画として描かれている。

年に数度の一般公開日以外は巫女とその世話係及び保守管理要員しか入れない炎の国で最も重要な場所である。

巫女はここで朝と夕方に礼拝を行なっている。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「Alnbesd flamme ediofogis emanier finikany,,,」


フゥ様は銅像の前の祭壇で朝の祈祷を行われている。今は神の前で神代の言語とされている神聖語による祝詞を捧げている。重い礼服を被り、何十ページにも及ぶ神聖語の祝詞を歳不相応な小さな体で一生懸命読み上げている姿には、少しの同情と憐憫を覚える。簡単に言うと...えらい可愛い。



ここだけの話。自分には信仰心はほとんどない。神様だっているかどうか怪しいとすら思っている。巫女候補として選ばれ、巫女になれるように頑張っていたのも信仰心のためではなく生来の負けず嫌いな性格と将来の生活の保証のためである。だから、彼女に負けた時に勝てなかった悔しさは感じたが、巫女になれなかった悔しさや彼女への恨みなどは一切感じなかった。ナンバー2ということでお世話係としての採用が決まっており、生活の保証という目的は達成されていたこともあるかもしれない。

しかし、1番の理由はフゥ様が魅力的に見えたからだと思う。演舞をしているときの真面目な顔、魔法を披露しているときの一生懸命な顔、プライベートな時間でのグータラな顔。そのどれもが魅力的に見えた。

『この子を守らなければ。』と思った。

それは愛や恋などではなく、庇護欲。外のモノから守り抜いて成長させて美しく咲き誇ってほしい。自分の人生を可憐に、美しく生きていってほしい。だからこそ、恨みになど思うはずがないのだ。

まさか、3年経っても何も変わらず、自分のもとから羽ばたける日がくるのかわからないままであるとは想定外であったが。


「flamme et alnert inf fagrot yoiu.」


おっと、私の出番だ。とは言っても祝詞をちょっと言いながら儀式用の杖を渡すだけ。フゥ様の量に比べたら月とすっぽんである。


「al roster now fargot yoiu at flamme」

と言って杖を渡す。

「feste fargot flamme yomhu kail...」

杖をもらったフゥ様は杖を振り上げながら祝詞の続きを述べる。

いつもの事だが、この祝詞長すぎやしないか。

結構やっている気がするがようやく半分といったところだぞ。

まだまだ時間はかかりそうだ...。


ーーーーーーーーー

「まじ疲れたのです。寝たいのです。」

長い礼拝を終えて、その後すぐに行われた会議を終え、書類仕事も午前中に何とか終わらせて、今は昼食休憩中なのです。

「お疲れ様ですフゥ様。昼食はフライと肉野菜炒めどっちがいいですか?」

「炒め物でお願いしますのです。フライは胃もたれしそうなのです。」

「分かりました。持って参りますので5分ほどお待ち下さい。」

「よろしくなのです。」


疲れたのです。服重いし祝詞長いしギルドのトップは好き勝手なことしか言わないし何より外では巫女らしくキリッとしていないといけないのが本当に疲れるのです。

昼ごはんが来るまで少し寝ますかね。おやすみなのです。

「フゥ様〜お持ちしました〜って寝てますね。」

意外に速くきやがったのです。でもここで起きたらせっかくの睡眠時間がなくなってしまうのです。ここは寝たふりです!

「フゥ様〜また寝ちゃったんですね〜。じゃあ、、、」

昼ごはんを勝手に食べようとしてますね?そんな手には乗らないのですよ!

「熱々の野菜炒めを頭に思いっきり、、」

「火傷すると思うんですけど!?暴力的すぎません!?」

この子怖っ!

「やっぱり起きてましたか。眠いのは本当だとは思いますし、空いた時間で仮眠するのはいい事だと思いますがお昼ご飯は食べないとダメですよ。身長伸びませんよ。」

「余計なお世話なのです。そのうちナイスバディになるのですよ。」

「それ3年前から言い続けて、年齢的に第二次成長期も終わろうとしてますけど何も変わってないですよ。」

「いいのですよ!それより早くご飯食べるのです!寄越せなのです!」

「はいはい。今置きますから。」

そう言ってフィーラは机に昼食を置いていきます。今日は肉野菜炒めとスープ。あと白米みたいな穀物の3点セット。いつも通りですね。

「じゃあ、いただきまーすなのです。」

「それ食べたら昼の会議始まりますのでよろしくお願いします。」

「休憩が少ないのですよ。あ、今日のスープ美味しい。」

「新しく水の国から仕入れたタレを使ったらしいですよ。確かに美味しいですね。」

フィーラも向かいで自分と同じものを食べながらそう言います。

「水の国...ですか。もう来週なのですね。演舞まで。」

「ちゃんと練習してくださいね?昨日ちょっとサボってませんでした?」

「サボってないのですよ!眠気が酷かったからちょっと早めに終わっただけなのです。」

「体調管理もしっかりしてくださいね。当日ぶっ倒れたら流石に問題になりますよ。」

「そこは気をつけるのですよ。」

そんなたわいもない話をしているうちに昼食を食べ終えて、午後の仕事の時間になりました。

「あー、めんどくさいのです。ご飯食べて眠くなったのです。寝たいのです。」

「まあ、午後は会議終われば礼拝まで寝てていいですよ。終わるかは分かりませんけど。」

「頑張って終わらせて見せるのです。少しでも寝たいのです。」

「いい心意気ですね。では行きましょうか。」

「はーい。」

大臣の会議とか長そうですけど頑張って終わらせるのです。えいえいおーなのです!


ーーーーーーーーーーー

「親愛なる国民よ!我は炎の巫女であるフゥ=アルト=フランメである!」


午後の仕事を爆速で終えたフゥ様は無事に昼寝ができた。そのおかげか夕方の礼拝とバルコニーからの国民への演説は文句を言わずにやっている。


「来週はついに『演舞戦争』である。これは血を流しはしないが歴とした戦争。負ければ今後10年間我が国の尊厳は地に落ちてしまう!」


人前に出るのが苦手で最初は体をプルプルさせて顔を真っ赤にし、泣きそうになりながらやっていたが、さすがに3年もすれば貫禄が出てくるというものだ。


「だが安心して欲しい。この私の辞書には敗北の文字はにゃ、ない!」


あ、今噛んだ。かわいい。なかったことにして話進めてるけど聞いている一般市民にもバレちゃってるみたい。明日の朝刊の一面だな。

実際、高い魔力と演舞のセンスもさることながらその可憐な容姿とカリスマ性からかフゥ様はほとんどの民衆に支持されている。かわいいは正義!という奴だろう。だから、可愛い系のエピソードもよく新聞に載る。

ともかくこの様子であれば問題はないだろう。晩御飯と夜の演舞の練習の準備をしてこよう。

そして、私は階段を降りて行く。ちょっとフゥ様の声が上擦っている気がするが気のせいだろう。


ーーーーー


「皆のもの!聞いてくれて感謝する。来週の『演舞戦争』を楽しみにしておいてくれ!」

やっと終わったのです。コミュ障の自分にはみんなの前で喋るのは無理です。最初は本当に半泣きになりながらやってました。流石にもう泣きはしませんが一番やりたくない仕事です。いつも終わるまで裏にいてくれるフィーラも途中で帰ってしまったみたいですし、後半テンパってちょいちょい間違えてしまったのですよ。これ以上テンパらないうちに早く戻るのです。

そう思いつつ、風でローブを翻しながらバルコニーから部屋に戻ろうとしたその時。

バタァ!!

窓際にあった机の足に足を引っ掛けて盛大に転んだのです。


ーーーーーーーー


「もう嫌なのです。やっぱり巫女に向いていないのです。」

「そこまで卑屈にならなくても大丈夫ですよ。巫女様のそういうところも国民から愛されている理由の一つですから。」

「だからと言ってあれは、、、あれはないのです!」

フゥ様がやらかしたという話はすぐに伝わってきた。盛大に転んだ上に恥ずかしさで号泣したと聞いた時は流石に話を盛りすぎと思ったが、その日の夕刊で「巫女様、盛大に転ぶ!」と書いてあったのを見て『マジか』と思い、フゥ様の私室に行ったところ、案の定号泣していた。実際アレはないと思うが『転んだ時の姿も可愛く、すぐに泣いちゃうあたり見た目相応な精神年齢でめっちゃ可愛い』とか書かれているあたり、みんなに愛されていると思う。私じゃそうはいかなかっただろう。


「とりあえずご飯持ってきたので食べましょう?お腹すいたでしょう。」

「うう、ううう、たべるのです、、、。」

「じゃあ今並べるのでベッドから出てきてください。」

というとモゾモゾとベッドから出てきた。髪飾りはとったようだがそれ以外は演説の時の服装のままである。

「とりあえずローブは邪魔になるから脱ぎましょう。あと、涙も拭きましょうか。」

「うう、お願いなのです。」

ローブを脱がせ、顔を濡タオルで拭く。朝した化粧は涙で崩れていたのでついでに化粧も落とす。

「じゃあご飯にしましょうか。」

「はい、、。」

まだ落ち込んでいるようだがとりあえずご飯を食べさせる。お腹がいっぱいになれば少しは気も紛れるだろう。

「食べたら演舞の練習ですからね。今日から本番用の衣装を使いますので着方の練習しますよ。」

「はーい、、。」

完全に落ち込んでおられる。それはそれで可愛い。

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