第4話

 もうどのくらいこの町にいるだろう。カレンダーがないこの世界では数えていられない。季節はなく、常春のように過ごしやすい陽気が続く。雨は降るけど、寒くならないから平気だ。仕事は雨でもやるから、僕も毎日忙しかった。

 あいつらの襲撃は度々あった。最初は剣を振り回すだけで、門の外に追い出す事が精いっぱいだった。それが段々剣の扱いに慣れてきた頃から再び魔法が使えるようになった。

 空を飛び蒼い炎であいつらを撃退する。僕は仕事のほかに勇者としても活躍した。気付けば紅い水が使えるようになった。あいつら相手にはまるで聖水を掛けられたように溶けていく。

 僕はレベルがどんどん上がって、この町の英雄になる宿命を受け入れていた。この町を危険から守りたい。獣には魔法は効かないだろうし、子供は狩りに出ちゃいけないけど…いつか大人になったら、僕がこの町を外敵全てから守るんだ。

 仕事は毎日あるけど、交代で休む事が出来る。僕はほとんど休むことなく働いた。遠慮とかじゃなくて、本当に楽しかったから。

 珍しく僕が仕事をお休みにしてもらったある日、町長様に呼ばれた。何事かと思って行ってみると、お給料というものを沢山貰った。人生で初めて、自分で稼いだお金だ。町長様は僕を凄く褒めてくれた。沢山働くし、神の戦士として町を守ってくれると。

 こんなに沢山のお金を貰えるとは思ってなかったから驚いてしまったけど、それだけ僕がこの町に認められた証拠だと言う自信も付いた。

 僕は町長様にお礼を言って、お金の使い道というものを考えていた。僕の世界にいた頃は毎月お小遣いを貰って、どう使うかを懸命に考えていた。無駄遣いをすると母さんに叱られてしまうから、滅多に使う機会はなかった。たまにゲームを買ったり、お菓子を買ったりするくらいで。沢山は貰ってないからやりくりを考えないとゲームなんかは買えなかった。

 でもこれは、僕が自分で…自分自身で稼いだお金だ。どう使ってもいいんだ。

 何に使おう…まずは彼女に今まで養って貰ってたから、ちゃんと食費とか生活費を入れよう。それでも余ると思う。

 そうだ!

 彼女にコッカの羽飾りを買おう!

 あれは少し高価なものだって言ってたし、彼女は持っていないはずだ。

 コッカの羽は果物や野菜を搾った汁に浸けては乾かし浸けては乾かしを繰り返す。物凄く手間が掛かって、鮮やか色合いになるんだ。

 僕はそうと決めるとうきうき歩き出した。コッカの羽は市場に一つだけお店がある。この町で手に入れるにはそこしかない。

 町長様の家から広場を横切り、直接市場に向かった。お店の場所はもう完璧に把握している。迷うことなく、羽飾りのお店に入った。

 店主は僕が行くと驚いた顔をした。彼女にあげたいと説明すると喜んで相談に乗ってくれた。

 どの色も凄く綺麗で悩んだ。悩みに悩んだ果てに、彼女の赤茶の髪に映えるように黄色か青にしようと二択まで来た。どちらも凄く素敵で、彼女に似合いそうな気がするけど…

 僕は青を選んだ。

 理由は簡単。僕が蒼い炎を使うからだ。

 彼女は喜んでくれるだろうか…少しの不安と沢山の期待で胸が膨らむ。彼女は今日は教会のお手伝いに行ってるはずだから、夕食を作ってその時にプレゼントして驚かせよう。

 市場に来ているついでに買い出しも済ませてしまおうと、市場を練り歩く。今夜のメニューは、喜んでくれたゆで卵にメイヤと…野菜のスープを作ろう。特別にお茶じゃなくて、果実を搾ったもので飲み物を作ろう。まだまだ時間はある。メインの料理は…デウの肉の煮込みにしよう。シャントっていう香草と野菜を沢山入れて。

 決まると行動は早かった。昼の鐘が鳴る。市場で買い物が終わったら、適当にお昼のメイヤを食べてすぐに支度に入ろう。疲れた彼女がすぐにお風呂にはいれるように沸かしておくのも大切だ。

 僕は浮足立って町を歩いていた。顔馴染みになった人達に声を掛けられ、笑顔で答える。誰かにするサプライズなんて初めてだ。楽しみで仕方がない。

 僕は帰ってから適当にメイヤを胃の中に詰め込んでからセグルで一息入れ、やる気を出した。

 まずは時間の掛かる煮込みから。ようやく慣れてきた包丁で野菜の皮を剥いて、一口サイズに切っていく。デウは少し大きめにして、シャントを刻んで鍋に入れる。火に掛けて煮立ったら火を調節して弱くする。

その間にメイヤを焼き立てで用意したくて、外の町から運ばれてくるという粉を水と混ぜて練る。少し寝かせる必要があるからこのままにしておこう。

鍋をもう一つ用意して、先ほどとは違う野菜を細かく切る。プシルの乳でスープにしよう。茹で上げた野菜をプシルの乳の中に放り込んで、香草を粉にした調味料を何種類か入れておく。あとは煮過ぎないように気を付ける。

この世界のキッチンは、ガスはないけど下に火を焚く場所があって石敷きの上で煮たり焼いたりする。コンロじゃないから火の調節が少しだけ難しい。

 この作業をしている間に結構時間が過ぎてしまった。火の様子を確認してからお風呂を洗う。水を張ってから太陽の傾き加減を見る。もう間もなく月の女神様の登場だ。そうなると仕事終了の鐘が鳴って彼女が帰って来てしまう。

 果実のジュースはぎりぎりの方が新鮮に飲めるから、彼女がお風呂に入っている時でいいとして…メイヤを焼き始めないと間に合わなくなる。

 メイヤをピザを焼くみたいな小さな窯の中に入れて様子を見ながら焼いてみる。普段メイヤは作る人がいて、市場で買うんだけど…今日は簡単に習った作り方で、自分で作ったから少し不安だ。

 煮込みもいい具合になってきた。スープは良い匂いをしてる。満足して両手を腰に当てた瞬間に終業の鐘が鳴った。

 彼女が帰ってくる!

 お風呂の用意をしなくちゃ。教会から来るまでに沸かなかったら台無しになってしまう!

 僕は自分の家では手伝いなんてほとんどしたことがなかった。家事は全部母さんがやってきたし。こんなにてきぱきと…午後いっぱい掛かっちゃったけど、家事をこなすなんて考えもしなかった。それも、誰かの為になんて…

「ただいま。」

 お風呂がいい湯加減になった頃に丁度彼女が帰って来た。

「おかえり!お風呂沸いてるから入って!」

「え…ごめんね、お休みだったのに…」

「いいからいいから。晩御飯も用意してあるんだよ!」

「そうなの?本当だ、良い匂いがするね!」

「後は用意しておくから。さあ、早く早く!」

「ふふ、わかりました。遠慮なく入らせてもらいます。」

 彼女は部屋の空気を嗅いで嬉しそうに笑う。僕が余程上機嫌だったのだろう。彼女も上機嫌に笑ってお風呂に向かった。

 メイヤが焦げないうちに出して焼き加減を見る。大丈夫そうだ。スープも熱々、煮込みも上出来だ。後は今のうちに果物の果汁を搾って。彼女が出て来た時には準備万端にしないと。

 お皿に煮込みとスープを盛り付けて、焼き立てのメイヤを籠に入れる。ジュースを二つ並べて、後はラッピングしてもらったプレゼントを隠しておかなくちゃ。

 彼女はお風呂から出てきてびっくりしていた。全て完璧に用意できた達成感と、彼女を驚かせた満足感で僕は嬉しくて跳び上がった。

「今までお世話になったお礼。遅くなっちゃったけど。」

「そんな…良かったのに…」

「僕がしたくてした事だから。」

「嬉しい!ありがとう!」

 彼女は本当に喜んでくれたのか、僕を抱き締めてきた。僕は驚いて、真っ赤になって慌てて離れた。本当のサプライズはまだなんだから。

「いいから食べようよ。冷めちゃうからさ。」

「そうだね、ごめんね、嬉しくてびっくりしちゃったの。」

「早く早く。席に着いて。」

 いつもの席にお互いが座ると彼女は改めて感動した。

「メイヤは前に教わった作り方で…作ってみたんだけど、もしかしたら失敗かもしれない。そうしたら焼き直すからさ!」

 遠慮がちに言うと彼女はメイヤを割ってまだ湯気が上がるのを確認し、匂いを嗅いでにっこり笑った。

「これじゃ、メイヤのお店開けるかもしれないね。」

「そんな…大袈裟だよ。」

「煮込みはデウ?」

「うん、シャントと野菜で煮込んだんだ。」

「柔らかく煮れてて美味しいよ。」

「ありがとう。」

「スープは?」

「プシルの乳で煮てみたんだけど…」

「ん…!!美味しい!」

「あんまりこの町では乳をスープにしたりはしないんだね。」

「うーん…あんまりないかな。私は町から出た事がないからわからないけど…他の町ではあるのかな。」

「僕の世界にはシチューっていうのがあってね、それを思い出して作ってみたんだ。」

「そうなんだ…」

「美味しい?」

「もう、さっき言ったじゃない。美味しいですよ。」

 いつも以上に楽しい食卓だった。僕も彼女も笑って…こんな毎日がいつまでも続けばいいと思った。

 片付けは彼女がやると言い張るから、その間にお風呂に入る事にした。この世界に来てから毎日充実しているけど…今日ほど充実した日はないかもしれない。これも、自分で稼いだお金…お給料のお陰だ。僕は満足感に満たされながら、湯船に浸かった。

 お風呂から出ると彼女はサシェを淹れて待っていてくれた。身体は火照ってるはずなのに、サシェの優しい温かさと甘さが身体に沁み渡った。

 忘れちゃいけない!

 コッカの羽のプレゼントだ!

「後これ…僕の好みで買ったんだけど…」

 ちょっと自信がなくなってきて、小さな声で呟きながら綺麗に包装された袋を差し出す。彼女はまたびっくりしたように大きく目を開いて、包みを受け取ってくれた。

「何?」

「開けてみて、気にいるかはわからないんだけど…」

「いいの?」

「あなたに…日ごろの感謝を込めて今日は…頑張ったんだ。」

「…開けるね。」 

 彼女は宝石箱の蓋を開くように輝いた瞳でリボンを解き、包みを開ける。

「わぁ………」

 漏れる感嘆の声。瞳は輝き嬉しさに涙さえ浮かべて羽を大切そうに抱いた。

「ありがとう。高かったでしょ?」

「でも…今までずっとお世話になった事に比べたら。」

「どうしたの?」

「初めて…お給料を貰ったんだ。それで、真っ先にあなたにコッカの羽を贈ろうと思って…」

「嬉しい…」

 小さく呟いて、彼女は顔を歪めた。僕が不安になると、彼女は泣きながら笑って言った。

「感動し過ぎると、人って涙が出るんだね。知らなかった…」

 彼女の言葉に僕も胸が熱くなるのを感じた。泣いたら情けない。堪えなくちゃ。

 しばらく二人で黙ってから、気を取り直したように彼女は口を開いた。

「町にも慣れてきたし…もしかしたら君も一人暮らし出来るようになっちゃうのかな…」

「まだ子供だもん、出来ないよ。」

 二人でくすくす笑って、未来を二人で思った。

「勉強はどう?」

「大体の文字は覚えたかな。」

「凄いのね。普通は皆、時間を掛けてゆっくり学んでいくのに。」

「勉強しか出来ないから。」

「そんな事ない。町の仕事だって色々覚えたし。」

「コッカの羽を本当は自分で染めたかったんだけど…思い立ったのが今日で…」

「充分嬉しいから、大丈夫。」

「こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったから…僕も凄く嬉しい。」

 サシェで喉を潤して、一息吐いたら就寝の鐘が響いた。

「まだ寝たくないけど…」

「明日も、これで頑張れるからね。」

「そうだね。」

 茶器を片付けて、お互いの部屋へと入っていった。幸福に満ち満ちた夜、月の女神様は窓から僕を優しく照らしてくれていた。

 幸福な夜、幸福な眠りのはずだったのに…


 夢?

 何か聞こえる…

 泣き声だ!

 女の人が泣いてるんだ…


 

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