第2話
***
私はその時、門の外にいたの。理由は山にエグザグル…さっきのお肉の燻製に使った香草なんだけど…それを採りに行っていたの。夕暮れが近くなって、あいつらが来る前に帰ろうとして。
門の前に少年、君が倒れているのを見つけたの。
急いで駆け寄って、そしたら息をしているから町の人に手伝って貰って君をこの家に運んだ。兄が驚いてて…急いで町長様と神官様を呼んで来てくれたわ。
君が目を覚ましたのは一晩経ってから。君が驚いた顔をして、場所を聞いたわ。私達は全部を説明してどうして倒れていたかを聞いたの。
君は知らない間に森に迷い込んで、門の前で倒れたみたいだった。でも私達の全く知らない地名を口にして…皆お手上げ状態だったわ。
その時、真昼間なのにあいつらが…しかも町の中に現れた。
そんなのは初めてで、皆慌てふためいて近くの家や自分の家に急いで逃げて。私達も開いていた扉を急いで閉めて、あいつらをやり過ごそうとしたの。
何故かあいつらは私達の家を取り囲んでいるの。君を狙っているのかもしれないって、神官様が言い出したわ。君をどうにかして守ろうって。
しばらくあいつらはうろうろして、諦めたみたいに城門から出て行った。急いで城門を閉めて、それでもあいつらが周りをうろうろしているのを見張り番の人が怯えながら町に報告してた。数も増えてるって…
「あいつらは覚えてる?」
「うん。黒くてどろどろしてて、血走った目玉が一つだけおおきくて…真っ赤な口があるんだ。叩いたりしても数が増えるばかりで倒しようがないって教えてくれたよね。」
「それは覚えててくれたんだ。」
「僕を狙っていたの?」
「それは今でもよくわからないんだけど…あいつらは人間しか狙わないのは?」
「そうなの?」
「実際、デウやプシル、コッカなんかは全然手に付けないの。家に入ってしまえば私達の姿は見えなくなるみたいだし…他にも動物が狙われた事はない。」
「その…デウ…とかプシルって?」
「私達の飼ってる動物。家畜って言ったらいいのかな…」
「牛とか豚とかの事かな…」
「ごめんね、私にはそのウシ?がわからないから答えられないな。」
次の日の朝が来たらあいつらは消えたわ。太陽が出ている間に出てきた事自体初めてだったし。
神官様が城門を確認して清めて下さって、一日が始まったわ。兄はどうしても仕事で町を出なくてはならなくて。私は見送って無事を祈るしかなかった。隣町へ行ったんだけどね。
そして家に戻ったら君が起きていた。一晩経って少し落ち着いたみたいで安心したんだけど。君はきょとんとした顔をしていた。
「おはよう。起きられるかな?」
「おはようございます…」
挨拶を返してくれて、君は頷いた。だから簡単にメイヤとスープを食べて、町長様と神官様の所に連れて行こうと思ったの。そのまま外に出た。君には兄の服…少し大きかったけど着てもらって。
その時の君は、町を見て楽しそうだったな。デウやコッカやプシルを見ては大はしゃぎしてた。覚えてないなら、明日また見に行こう。お祭りもあるし、まだ案内もちゃんと出来てないから。
町長様と神官様が、教会にいて下さって。私達四人は教会の中庭にある東屋で話をしてたんだ。
まずは君が此処にどうやって来たか…
記憶がないから憶測でしかないけど、皆で色んな可能性を考えてみたんだけどね。天から遣わされた御使いなんじゃないかって。あいつらを倒す為に、神様が戦士を送り込んでくれたんだって。
君は物凄い勢いで否定していたけど、私達は信じてた。そして、あいつらも君の出現に影響されてこの町に侵入して来たんだって。
想像で話していても仕方ないからって、町長様はご公務に戻って神官様も教会のお仕事に戻られたの。私達はしばらく東屋を借りて話してたんだけど、やっぱりわからない事ばかりだから…町の案内をする事にしたわ。
町を見てデウやプシルが触りたいって言うから、飼ってる人にお願いして触ったり…後はこの町でよく食べられる果物や野菜を見せたかなぁ。後は服。君が着てきた服は不思議だった。今も不思議だけど…体にぴったりしてるんだね。私達の町では見ない格好だったし動きにくいだろうって町長様がお洋服を手配して下さったの。それを色々着てみたりして。
そんな感じであっという間に何日か経過したわ。あいつらも来なくて平和で…いつまでもこのままでいられたら良いのにって誰もが思ってたと思うの。
でもあいつらは来た。
夢を見た。
いや、夢を見ていたかった…の間違いかもしれない。
***
「その辺からなら僕も覚えてるよ。」
「本当?」
「町の中にまたあいつらが入って来たんだ。夕方くらいだったかな…」
「うん、そう。丁度、陽が傾いて月の女神様の時間になる時。」
「太陽の神様から交代の…皆が家に帰る時間だったよね。」
この町に時計はなかった。教会からの鐘で全ての作業が始まったり終わったり…教会の鐘は正確だったはずだから、教会には何か時間を計る仕掛けがあったのかもしれない。
そして地平線に太陽が沈み僅かな輝きを残したまま夜がやって来ると同時にあいつらは姿を現した。閉まりきってなかった門から影のように町の中に侵入してきた。
僕達はその時、家に帰ろうと広場から門の近くの家に帰ろうとしていた。影が何体も侵入して来てて、町の人を襲っているのを見たんだ。
ぱっくりと開いた紅い唇。獲物を狙って逃がさないぎょろりとした目玉。
その時身体中が熱くなって…
気付いたら空を掛けてあいつらに捕まってた町の人を助けた。手から蒼い炎が出てきて、その炎があいつらに当たったと思ったら…凄い声みたいな雄叫びを上げて燃えた。
何体にも囲まれて…町の人を安全な所に下ろしてあいつらの真ん中に飛び込んで、全部順番に燃やしていった。
まるでゲームや漫画の主人公になった気分だった。
僕は…空を飛んで魔法を使ってる!
あいつらなんか怖くない。僕はあいつらを倒せる力を持っているし、きっと神官様が言っていた通り神様の戦士なんだ!
門の外にいたあいつらも、飛んで行って燃やしてやった。町は大騒ぎで、全部倒して戻った僕の周りに集まった。驚きや賞賛の言葉で埋め尽くされて。
この町でなら…生きてる実感が持てる…
ちゃんと存在してる。
必要としてくれる人がいる。
町の人の歓声に答えていたら神官様が近付いてきた。至急教会に来て 欲しいとの事だった。
教会へ町長様も合流して三人で行くと、一つの錆びた剣を持ってきた。相当古いものらしくて触ったら折れてしまいそうなほど朽ち果てていた。
神官様が言うには昔、魔のものを倒した戦士が持っていた剣だと言う。もうぼろぼろで大切に布の上に持たれていた。
そっと手を伸ばして剣に触れてみた。その瞬間、錆び固まって石くれみたいになっていた剣は、まさしくぼろぼろと崩れていった。
僕は思わず手を離したけど、剣はそのまま壊れてしまった。
僕は居た堪れなくなって目線を下げたら、神官様と町長様の感嘆の声に顔を戻した。そしたら…
一回り小さくなった剣が布の中で輝いていた。
豪奢な飾りはないけど柄と剣の境目に白く輝く宝石が入っている。諸刃の剣で、見るからに神聖だ。
それは僕の胸の中に光となって入っていくと、そのまま姿を消した。驚いて二人を見ると納得したように頷いた。僕が説明を求めると二人は話し始めた。
まず、僕は間違いなく太陽の神様から遣わされた戦士だという事。この剣は古の時代に神々の戦いに使われたのだという事。月の女神様が祈りを込めて、太陽の神様に贈り、魔のものを封印した事。その封印が最近になって綻び、あいつらが出てくるようになった事。
丁寧に説明されて、僕もその時には神に遣わされた戦士だという事を疑いもしなかった。
剣の鞘は僕の体だという。出てきて欲しい時に念じれば、現れてくれるはずだと神官様は言った。
説明を一通り聞いて教会を出ると、もう夕食時だった。あなたが心配そうに手を組んで此方の様子を窺っていて、走り寄って来た。
「どうだった?」
「よくわからないけど…」
「帰って夕食にしようか。その時話してくれる?」
彼女の家に帰って夕飯を食べる事にした。献立はサラダとパン…メイヤとプシルのスープ。話は教会で言われた事を話した。彼女は驚きながらも、目を輝かせて喜んだ。
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