いつもの部室にて その2
「──はいはい、外にいるのは姉さんなんでしょ? 中に入ってきてもいいわよ」
いち早くノックの主に気が付いたのどかがドアに向かって声を掛けた。
「みんな、おはよう」
春の柔らかい日差しのような声と一緒に部室内に入ってきたのは、この学校の養護教諭であり、またのどかの姉でもある白包院ほのかだった。
「姉さん、どうしたの?」
「のどか、ちょっと心配することがあって来たの」
「心配? 私たちのことでなにか心配があるってこと?」
怪訝そうにのどかが眉根を寄せた。
「そうよ。みんな、この新聞を見てちょうだい」
ほのかが手に持っていた新聞を広げて、アリスたち一同の方に広げて見せる。
「ほら、この隅っこにあなたたち倶楽部のことが悪く書かれているでしょ? それで心配になって部室まで来たの」
どうやらスポーツ新聞の記事を本気で信じる人間がここにひとりだけいたらしい。
「ほのか先生、それは、その──」
アリスは部長として言い訳をしようとしたが、それよりも先にほのかがさらに驚くような発言をした。
「だからね、あなたたちのことが心配だから、私、決めたの──」
「姉さん、なにを決めたっていうの? なんだか嫌な予感しかしないんだけど……」
理路整然に思考するのどかにしては珍しく、非論理的な発言をした。
「あのね、私がこの倶楽部の顧問になって、あなたたちのことを面倒みてあげることにしたの!」
なぜか胸を張って誇らしげに言うほのかだった。
「えええーーーーーーーっ! ほのか先生が顧問に!」
アリスは今朝一番の声を張り上げてしまった。
「あら、アリスちゃん、私が顧問だと、なにか問題でもあるの? だって、そもそもこの倶楽部にまだ顧問がいないことの方が問題でしょ?」
「それはほのか先生の仰るとおりなんですが……」
アリスも怪物探偵倶楽部を創部するにあたって、何人かの教師に顧問の就任のお願いをした。しかし、どの教師たちも『怪物探偵倶楽部』という名前を聞いた途端、顔を真っ青にして驚くほど強い拒否反応を示したのだった。その結果、顧問が決まらぬまま、倶楽部活動を行うことになってしまったのである。
「わー、ほのか先生が顧問なら楽しいなあ」
驚くアリスを横に、真っ先に嬉しそうな声をあげたのはさきである。
「オレもほのか先生が顧問ならば大賛成だぜ!」
コウもちゃっかり調子良く声をあげた。
「おれもほのか先生なら安心かな。おれたちの『血統』についても理解してくれているからな」
京也が大きく頷いた。
「アタシもほのか先生ならいいわよ」
櫻子もまた賛成の声をあげた。
「他の先生に任せるくらいならば、姉さんに任せた方が無難かもしれないわね」
のどかが仕方なさげな顔で首肯した。
「えー、みんな、良いの? 本当に良いの? 部室内で毎日ダジャレの応酬が始まっちゃうんだよ? それでも良いの?」
アリスの心配する声をよそに、反対する部員はひとりもいなかった。
「えーと、えーと……。それじゃ、もう分かったわよ。──部長として、正式にほのか先生に顧問になってもらうことに決めました!」
アリスの声に、一斉に沸き立つ部室。
「あっ、そうだ。ひとつ大事なことを言うのを忘れていたわ。顧問として最初の仕事をするわね」
みんなの輪の中で嬉しそうな顔をしていたほのかが、なにかを思い出したように声をあげた。
「えーと、この倶楽部に入りたいっていう生徒を連れて来ていたんだった。廊下にずっと待たせているのを、すっかり忘れちゃったわ」
「えっ、まさか入部希望の申し込みですか? ていうか、そんな大事なことを忘れるなんて……」
アリスはほのかの顧問としての手腕に、さっそく若干の不安を感じなくもなかったが、それ以上に、この倶楽部に入りたいという奇特な生徒のことの方が気になってしまった。
「でも、どんな生徒なんだろう? 変な子じゃなければいいけど」
自分のことを棚に上げてつぶやくアリスである。
「アリスちゃん、そういう心配はないから大丈夫よ」
アリスのつぶやき声が聞こえたのか、ほのかが口を挟んできた。
「だって、入部希望者はすごい可愛らしい転校生の女子生徒さんなんだからね」
「えっ、すごいカワイイんですか!」
即座にコウが反応した。
「コウっ!」
櫻子が鋭い爪をすかさずコウに見せ付けた。
「さ、さ、櫻子……落ち着けって……。オレは話の流れで言っただけであって……深い意味はないというか……だから、その……」
必死の言い訳を始めたコウの声は、次の瞬間──。
「ぎゅぎゃああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
狭い部室内に、今日最初のコウの絶叫が木霊した。
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