いつもの部室にて その3
いつも通りの展開が巻き起こった後──。
「姉さん、入部希望の転校生さんを部室に呼んでもらってもいい?」
のどかがまるでコウと櫻子のやりとりなどなかったかのように、さらっと言った。
「分かったわ。──天上宮さん、部室に入ってきてくれるかしら?」
ほのかがドアを開けて、外の廊下に向かって呼びかけた。
「テンジョウキュウ……? すごい珍しい苗字ね……? でも、どこかで聞いたような覚えがあるんだけどなあ……」
アリスが首を傾げて、うんうんと頭を悩ませていると──。
「──この度、故あって、この学校に転校してくることになりました、天上宮きららといいます!」
部室に姿を見せたのは、容姿端麗、眉目秀麗、純真可憐な一分も隙のない美少女であった。
「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!!」
アリスは現れた美少女をひと目見るなり、今朝二番の大声を張り上げてしまった。
「ちょっと、きららさん! なんでこんなところにいるの?」
「アリスさん、わたし、この学校に転校してきちゃいました!」
邪気のない笑顔を浮かべて、はきはきと答える転校生は――きららだった。
「でも、なんで、急に転校なんて……?」
きららの登場に、アリスの低スペックの頭は思考がまるで追いつかなかった。
「あの、それは……その……どうしても会いたいというか……会って気持ちをちゃんと伝えたいというか……」
唐突に、きららは顔を赤面させて、もじもじし出した。
「気持ちって、事件を解決したあたしたちへの感謝の気持ちってことなのかな? きららさんもそんなに気を遣うことないのに」
アリスはひとり合点にそう考えていたが、その考えはまったくの的外れであった。
「──とにかく、アリスさん、わたし、気が付いたんです! 幸福を掴むにはただじっと待ってるだけじゃダメだってことに!」
不意に大きな声をあげるきらら。
「幸福……? 今度はいきなりそんな人生観を語られても……」
返答に戸惑っているアリスのことなどお構いなしに、きららはさらに勝手に話を進めていく。
「ですから、わたし、決めたんです! 『あの人』のそばに行こうって! それこそが、わたしが求める幸福の形なんです!」
「えっ? きららさん、今、なんて言ったの? 『あの人』って、聞こえたけど……あたしの聞き間違いかな……?」
思わず訊き返すアリス。
「はい、『あの人』って、しっかり言いました!」
「きららさん、『あの人』って……まさか──サキのことじゃ……」
「はい、そうです!」
きららが我が意を得たとばかりに大きく強く頷いた。
「えええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
アリスは心の奥底からの大絶叫を放った。きららには昨夜の一件はすべて忘れるようにと、サキが催眠術を掛けたはずなのだ。それがなぜ、きららはこうしてサキのことを覚えているのだろうか?
「ちょっとのどか、これってどういうことなの?」
すぐに倶楽部の頭脳役に意見を求めた。
「確実とは言い切れないけど──サキの催眠術の力よりも、恋する乙女の力の方が勝っていたのかもしれないわね」
のどかが滅多にないことだが、恋愛について大真面目に語った。
「そんなことがあるの?」
アリスとしては驚く以外他にない。
「目の前の現実を見る限り、あるとしか言いようがないわね。あるいは、サキの催眠術をモノともしないほどの『特別な力』を、きららさんが持っている可能性も考えられなくはないけど……」
「『特別な力』って、なんなのよ? それじゃ、あたしたちみたいに──」
「ううん。これは私が当てずっぽうに言った推測でしかないから、忘れてもらって構わないわ。──それよりも、アリスは部長としてどう対処するつもりなの?」
「対処もなにも、そもそもあのサキに恋するなんてありえないでしょ!」
「そうは言っても、昔から蓼食う虫も好き好きっていうから、こればかりは仕方がないんじゃないの」
「それじゃ、のどかはこのままきららさんを倶楽部に迎え入れろって言うの?」
「それを考えるのが部長としてのアリスの仕事でしょ」
「えー、だって、どうしたらいいのよ……?」
アリスとのどかが額を合わせて真剣に相談しているなか──。
「ねえ、サキさん。わたし、この学校に転校してきちゃいました!」
心配しきりのアリスたちのことなど目に入らないのか、きららがさきのもとに駆け寄った。
「あっ、きららさん、どうしたの?」
皆の会話には加わらずに、再び眠りの王国に旅立とうとしていたさきが、きららの姿を見て目を丸くする。
「あっ、サキさん! 起きてくれた!」
「うん……起きたというか……まだ眠いんだけどね……」
「あのね、きららさん、あたしの話をよく聞いてね。──ここにいるのはさきなの! サキじゃないの!」
アリスは説明になっていない説明を必死にするしかない。
「えー、サキさんですよね? 違うんですか?」
「うん、たしかにさきであることは間違いないんだけど、サキは隠れているというか、なんて言ったらいいのか……。もう、さき! あんたがきららさんに説明しなさいよ!」
説明役を投げ出して、さきに責任を押し付ける心が広い部長なのである。
「えっ、ぼくはなにを説明すればいいの? 眠くてなにがなんだか分からないんだけど……」
「あたしだって、いきなりの急展開に頭がパニック寸前なのよ!」
「いや、アリス、そんなに怒鳴らないでくれよ……。ほら、ぼくらの種族は朝に弱いというか……」
「それはさっき聞いたわよ!」
「わたしは朝に強いから大丈夫ですよ! 毎朝、サキさんを起こしに行っちゃおうかな。うふふ」
「きららさん、そんなことする必要はないから!」
「だいたい、アリスはもう少し言葉遣いを優しくした方がいいと思うんだよね……」
「なによ! それじゃ、あたしが一番悪いみたいじゃん!」
「わたしは言葉遣い、すごく丁寧ですよ!」
「もしかしたら、ぼくの心にもうひとりのぼくが生まれた原因は、アリスの日常的な圧力のせいかもしれないな……。うん、この考え、あながち間違っていないかもしれないぞ。──ということで、アリス、これからはぼくにちゃんと優しく接して──」
「えーい、うっさいわよっ!」
「──ごめんなさい!」
止まらないさきの愚痴と、暴走するきららの妄想劇場。そして、いつものアリスの怒鳴り声。
朝から大騒ぎの怪物探偵倶楽部であった──。
終わり
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