終わり良ければすべて良し その3

 そして──怪物探偵倶楽部の残り二人の部員であるアリスとサキの姿は、千本浜海岸にあった。二人は海岸の防波堤をのんびりと歩いている。


「ほら、サキ。散歩はもういいでしょ? そろそろ帰るわよ」


「オイオイ、こんなに星空がきれいな夜なんだぜ。もう少しゆっくりしてもいいだろう」


「そんなに星が見たいのならば、ひとりで朝が来るまで見ていたらいいでしょ。ついでに、全身をこんがり朝日に焼かれちゃったら?」


 吸血鬼に対してブラックジョークをぶつけるアリスだった。


「なんだよ。そんなに口を尖らせることはないだろう。せっかく若い男女が二人でロマンティックな夜を楽しんでいるんだからさ」


「生憎とあたしはこれっぽっちも楽しんでいないんだけど」


「そんなこと言わずにさ、俺と一緒にこの夜を満喫しようぜ!」


 さきならば絶対に口にしないクサイセリフである。


「そんなのは絶対に、お、こ、と、わ、り、よ!」


 アリスは強調するように一音一音区切ってはっきりと言った。


「だいたい、なんであんたとこうしてデートみたいな真似事をしないとならないのよ? こんなの時間の無駄でしかないから!」


「──ちぇっ。分かっているんだよ」


「なにが分かっているっていうの?」


「どうせアリスは『あいつ』となら夜の散歩も楽しめるっていうんだろう?」


 サキが不貞腐れたように言い捨てた。


「『あいつ』って、誰のことよ?」


「さきのことに決まっているだろう!」


「なんでここでさきの話が出てくるのよ? 今はさきは関係ないでしょ!」


「いや、大いに関係あるね。アリスは俺よりも『あいつ』の方が好きなんだからな!」


「だから、どうして好きとか嫌いとかの話が出てくるのよ? そんな話をしているわけじゃないでしょ!」


 売り言葉に買い言葉で、アリスも強く言い返した。


「じゃあ、聞くけどな。俺と『あいつ』のどこが違うっていうんだよ? なんで俺のことばかり、そんなに毛嫌いするんだよ?」


「そんなの決まっているでしょ! あんたの場合はその下心が見え見えなのよ!」


「下心? 俺にはそんな妙な気は一欠けらもないぞ!」


「それじゃ、あんたに聞くけど──あたしの体に流れている魔王サタンの血には、露ほども興味がないと今ここで言い切れるの?」


 アリスはびしっと人差し指をサキの胸元に突き付けた。


「ぐっ……それは……その……」

 

 途端に言葉に窮するサキ。


「どうやら図星みたいね」


 アリスは呆れたというように頭を大きく振った。


「──いや、俺の体にも半分は吸血鬼の血が流れているからさ、それなりに血への渇望があるわけだよ。古い言い伝えによると、魔王サタンの血は甘美このうえなく極上の味っていうことなんだよ。だから、俺にその血を少しだけでいいから分けてもらえると嬉しいなあと思っていたりするわけなんだけど──」


「悪いけど、あんたに血をあげるぐらいならば、世の為人の為に献血サービスに行くから!」


 アリスはにべもない返答をするのだった。


「さあ、これでもう分かったでしょ? あたしがあんたのことを絶対に好きになれない理由が。──分かったならば、さっさと家に帰るわよ!」


 アリスが振り返って防波堤の階段に向かおうとした、まさにそのとき──。


「だったら、俺の魅力でアリスにうんと言わせてみせるぜ!」


 サキがアリスの右手をがしっと掴んだ。そのままアリスの体を自分の方に引き寄せる。アリスの体がくるっと半回転して、サキの胸にぴたりと収まる。


「これで少しは心が動かされたんじゃないのか?」


 サキが目と鼻の先にあるアリスの顔を格好付けて見つめる。


「サキ……」


 アリスは濡れたような瞳でサキのことを見つめ返した。右手はなぜか胸元で揺れるネックレスをしっかりと握り締めている。


「アリス……」


 サキが自分の唇をアリスの首筋に近づけようとした瞬間──。


「あんたにはこっちの方がお似合いよ!」


 アリスは荒っぽく言うと、ネックレスの先に付いている小瓶の中の液体──ニンニクの凝縮エキスをサキの顔に振り掛けた。


「ほぎゅげぇぎゅげげげげげげげげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!!」


 サキが秀麗極まりない顔を極限まで歪めて、腹の底からの絶叫を放った。


「──まったく、何度同じ手に掛かってるんだか。本当に懲りないやつなんだから!」


 アリスは小瓶を胸元に仕舞うと、大きく息を付いた。ニンニクの効果によるものか、サキは気を失ったようにして地面に倒れてしまっている。


「やれやれ、本当に手が掛かるんだから」


 アリスはサキの傍らに膝を付くと、サキの顔に付いたニンニク凝縮エキスを、ハンカチできれいにふき取ってやった。


 そして、一分後──。


 倒れていたサキがぱっと目を覚ました。顔には惚けたようなぼーっとした表情を浮かべている。


 

 サキからさきへと戻ったのである──。



「やっと目が覚めたみたいね。それじゃ、家に帰るわよ」


 アリスはまるで愛犬にでも呼びかけるようにさきに声を掛けた。


「──う、う、うん……? ア、ア、アリス……? ちょっと、このニオイ……なんなの……? まさか、このニオイの正体って……!」


 さきが眉間に深い縦皺を寄せて、顔をしかめた。サキのときの記憶は曖昧で、自分の身になにが起きたのか覚えていないのである。


「ああ、そのことね。また『あいつ』が出てきたのよ」


 害虫が出たかのように軽く言うアリスだった。


「また出てきたの……?」


「だから、いつものやつを振り掛けて、戻しただけのことよ」


 害虫に殺虫剤を撒いただけよ、とでも言うような感じでアリスは平然と言うのだった。


「振り掛けたって……。ご飯に掛けるフリカケみたいに簡単に言うけどさ……。ぼくとしてはあのやりかたはスゴク嫌なんだよなあ……。ねえ、アリス、もっと別の方法はないの?」


 さきは言いながら、しきりに鼻を擦っている。残り香がよほど気になるらしい


「ちゃんとハンカチで顔を拭いてあげたんだから、ぐだぐだと贅沢を言わないでよね!」


「贅沢もなにも、このままじゃ、いつかぼくの鼻の機能がなくなっちゃうんじゃないかと危惧しているわけであって……」


「あのね、文句を言うのならば、あたしじゃなくて『あいつ』に言ってよね!」


 部員に対して無理難題を突きつける、心優しい部長なのである。


「それが出来たらぼくもここまで困ってなんかいないから……。そもそも、もうひとりのぼくにはまだ会ったことがないし、話したこともないんだから、どうしようもないだろう?」


「それをなんとかするのが、あんたの役目でしょうが!」


 パワハラすれすれの言葉を放つ、心温かい部長なのである。


「だいたいさ、このニンニクの件に限らず、アリスは何事にも対してやり方が少し手荒いというか、がさつというか、強引過ぎるというか……」


「────」


 黙ってさきの言い分を聞いているアリスのイライラゲージが少しずつ溜まっていく。


「一応、部長なんだから、もう少し部員に対しての配慮が欲しいんだよね。人としての優しさが欠けているというか……あっ、悪魔のアリスに人の優しさとか言うのも変かもしれないけどさ」


「────」


 アリスのイライラゲージがさらに溜まっていく。


「怪物だろうと、人間であろうと、基本的に優しさが大事なのであって──」


「えーい、うっさいわよっ!」


 イライラゲージがマックスに到達して、気持ちがぶちっと振り切れたアリスは大声で一喝した。その結果──。


「──ごめんなさい!」


 即座に謝るさきだった。サキとは違って、こちらのさきはどうしてもアリスには頭があがらないのである。


 こうして無益な争いを回避して、友好的な話し合いによって無事に和解した二人は、他の部員と同様に家路への道へとつくのであった──。

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