終わり良ければすべて良し その1

「──話の途中で悪いけど……君たちは……ボクと同じなんだよね……?」


 よろよろと立ち上がった優希が、アリスとサキの会話に口を挟んできた。カミラの爪で抉られた脇腹の傷は、もうすっかり治りかけている。アリスの場合と同様に、吸血鬼の血による『怪物化現象モンスターゼーション』の効果であろう。


「あのな、そんなの今さら説明しなくとも、この状況を見れば分かりきっているだろう?」


 サキが大袈裟にため息を付いてみせた。


「──でも、まさか……ボクたちと同じ仲間が……こうして人間に混じって……普通に生活しているなんて……」


 優希はよっぽど驚いたらしく、サキの顔をぽかんとした表情で見つめたまま動かない。

 

「そんなに驚くようなことか?」


「いや、人間とボクらは……余りにも違い過ぎるから……」


「オイオイ、どうやらお前も、そこで寝転んでいる高飛車な女と同じ思考回路を持っているみたいだな」


 サキがやれやれという風に頭を振った。


「ボクが……カミラと同じ……?」


「そうだよ。──いいか、お前もカミラも自分が吸血鬼であるということに、必要以上に拘り過ぎているんだよ! お前たちは自分で作った深みに自分の足を捕らわれて、それで思うように動けなくなっているだけのことなんだよ!」


 サキがらしくない非常に含蓄のある発言をした。


「サキ……」


 サキの言葉に思わずアリスは感心してしまった。アリスは自分が普通の人とは違うからこそ、常日頃からそれを意識して行動するように心がけていた。対して、サキは自分の出自などお構いなしに行動していた。どちらが良いと言うわけではないし、そもそも比べるものでもない。二人の思いは正反対に見えて、実は表裏一体になっているだけのことなのである。もっとも、二人はそのことにまだ気が付いていないし、だからこそ、すぐ言い合いにもなるのだが──。


「──そうかもしれないな……。ボクらはトランシルヴァニアの秘密の隠れ里という閉ざされた世界の中でしか物事を見てこなかったから、自分たちの知見の狭さに今まで気が付かなかったのかもしれない……。もっと早く外の世界に飛び出していれば、今回のような悲劇は起きなかったかもしれない……。あるいは君たちと同じく、人間と普通に共存出来たかもしれない……。ボクらはその努力を怠っていただけなんだ……」


 優希が松の根元にもたれかかっているカミラに寂しそうな目を向けた。


「まあ、そんなにくよくよ落ち込むなって。これですべてが水の泡になったわけじゃないんだからな。それに今のお前にはやらなければならないことがあるだろう?」


 サキが後輩を励ます先輩面で言う。


「──ボクがやらないといけないこと?」


 優希はぼんやりとした眼差しを再びサキに向けた。


「ああ、そこにいる怖い女の子をどうするつもりなんだよ?」


 サキはカミラのことを指差した。


「もしも……もしも、君たちが許してくれるのならば……このままカミラをトランシルヴァニアに連れて帰りたい……。故郷に戻って、もう一度そこからやり直したいんだ……。ボクらの帰りを首を長くして待っている仲間もいることだし……」


「──いいんじゃないのそれで。私は賛成よ」


 それは松林の間からやってきた、のどかがあげた声だった。隣には京也の姿もある。二人の前を先導するように歩いているのは、可愛らしい小さな子犬と子猫だった。優希を追って先に病院を出たコウと櫻子は、のどかと京也の為に、道案内役としてこの二匹を残してきたのである。狼男と猫娘だからこそ出来る置き土産だ。


「ちょっと、のどか、そんなこと言って事件の方はどうするの?」


 アリスは部長らしくすぐに問い返した。アリスとしても優希の要望には出来るだけ応えたいところではあったが、実際に被害者が出てしまっている事件のことを、簡単に有耶無耶にするわけにはいかない。


「彼女に今必要なものは、警察での辛い取り調べよりも、故郷での心の癒しよ」

 

 のどかが医者の娘らしく説明した。


「だけど、警察にはなんて言って説明するの? 犯人の吸血鬼は無事に故郷にお帰りになりましたとでも言うの?」


「そこはコウのお父様に任せるしかないわね」


 のどかがコウを見やった。


「ああ、分かったよ。そういうことならば、オレからオヤジに協力してもらえるように頼んでおくからさ」


 コウが任せておけという風に分厚い胸板を叩いた。


「でもでも、警察はそれで良いとしても、被害者はどうするの?」


 部長はいろいろと各方面に気を遣わなければいけないのである。


「サキに力を貸してもらうわ」


 のどかが今度はサキに目を向けた。


「サキ、あなたの催眠術を使って、被害者のみんなの記憶を上手く操作出来ない?」


「その程度ならば簡単に出来るぜ。少しだけ被害者の記憶を改変させてもらって、納得出来るような話を仕立て上げればいいだけだからな」


 サキが自信ありげに請け負った。


「どう、アリス? 他にまだ問題は残っているかしら?」


 のどかに逆に訊かれたアリスは──。


「分かったわよ。全面的にのどかの言う通りにするわ。それで上手い具合に事件が解決したという風に持っていくのが、この場合、一番良い方法みたいだからね」


 アリスのその言葉で、沼津市を騒がせていた一連の『吸血鬼事件』は無事に幕を閉じたのだった──。 

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