正体 その3

「さあ、コウたちも行ったことだし、おれたちもそろそろ始めるとするか」


 京也がいつもと変わらぬ落ち着いた口調でさらっと言った。


「そうね。こっちの用事が済んだら、私たちも急いでコウたちの後を追わないといけないからね」


 答えるのどかもまた、いつもと同じ冷静な言葉遣いのままである。


 しかし二人の目の前には今、瞳を爛々と真っ赤に輝かせた吸血鬼の下僕と化した二人の被害者が立っているのだ。常人ならば冷静でいられる状況ではない。逃げ出すか、あるいは卒倒してもおかしくはない状況である。


 だが、京也とのどかはそんな恐怖などどこ吹く風で、平然と被害者と対峙している。


「私は右のショートカットの子を受け持つは。左の子は京也、お願いね」


 のどかがてきぱきと指示を飛ばす。


「分かった。任せておけ」


 京也が左の少女に向かって、躊躇うことなく一歩足を踏み出した。


「シュギュギィィィィィーーー!」


 少女がさらに激しく威嚇してきた。


「さあ、おれが相手をしてやるよ。悪いけど、女だからといって手加減はしないからな」


「シュギュッ!」


 少女は京也の様子を見て戦う意思を決めたのか、凶暴な顔付きのまま京也に向かって走ってきた。吸血鬼に噛まれたせいで変化したものなのか、長く鋭利に伸びた手の爪を京也の喉元に真っ直ぐに突き出してくる。その動きのスピードは人間離れしたものだった。


 しかし、京也の体の動きは、吸血鬼の下僕と化した少女のスピードを遥かに凌駕するものだった。少女の右手の攻撃を簡単に見切って難なくかわすと、今度は自分の右手を伸ばして少女の右手首をがっちりと掴んだ。そのまま、掴んだ少女の右手首を背中側に捻り上げる。


「生憎とおれは催眠術が使えないんで、『コレ』で眠ってもらうぜ」


 京也は少女を捻り上げた姿勢を維持したまま、少女の後頭部に軽く頭突きを一発入れた。廊下にゴツンというお馴染みの音が響いた。同時に、少女の首ががくんと前に落ちた。気を失ってしまったのである。


 吸血鬼の下僕を相手に凄まじいまでの身体能力を披露した京也の瞳は非人間的な白銀色シルバーに輝いていた。


 一方──京也と少女のやり取りを横目で見ながら、のどかの方もまた吸血鬼の下僕を相手に華麗な格闘を演じていた。


 のどかは最初に左手首に常時巻いてある包帯の一端を外した。それを左手で掴むと、ショートカットの少女に向けてムチのように流麗に振るった。ごくありきたりな普通の白い包帯である。それがのどかの手に掛かると、あたかも生命を与えられたかのように、優雅な曲線を描きながら宙を飛んでいき、ショートカットの少女の体にくるくると巻き付いていった。三分もしないうちに、顔以外は全身包帯巻きにされた少女の姿が出来上がっていた。


「それくらいでもういいんじゃないのか?」


 先に自分の仕事を終えていた京也がのどかの方に近寄ってきた。


「そうね。これなら反撃は出来ないだろうからね」


 のどかは軽く頷くと、左手首から少女の方に伸びていた包帯に、右手の人差し指の爪をサッと走らせた。包帯があっさりと切れる。少女の全身に巻かれた包帯の長さは、どう見ても最初にのどかの手首に巻かれていた包帯よりもずっと長かった。ではいったい、足りない分の包帯はどこから伸びてきたのか? まさしく魔法の包帯としか言いようがなかった。


 包帯巻きにされて直立していることが出来なくなった少女が、とうとう床にごろんと倒れてしまった。


「さあ、これで終わりね」


 倒れる少女の姿を静かに見つめるのどかの瞳は、非人間的な青玉色サファイアブルーの光を放っていた。


 京也が見せた圧倒的な怪力と、のどかの見せた巧みな包帯捌きの腕。どちらも常人離れしたものである。


 コウと櫻子がそうであるように、京也とのどかもまた、その体内に怪物の血を宿しているのだった。


 人間とフランケンシュタインとのハーフである──巨人京也。


 人間とミイラ人間マミーとのハーフである──白包院のどか。


 それこそが二人の真の正体なのであった!


「ショータイムも終わったことだし、のどか、この二人はどうする?」


「このままでいいわ。どのみち吸血鬼本体をなんとかしないことには、この子たちに掛けられている呪いは解けないでしょうからね」


「それじゃ、おれたちもさっそくコウと櫻子の後を追って──と言いたいところだけど、二人がどこに向かったのか分からないからな……」


 京也が頭を悩ませるポーズをした。そのとき――。


「にゃあーん」

「くぅーん」


 どこからともなく、この場には不釣合いな可愛らしい猫と犬の鳴き声が聞こえてきた。


「うん……? この声って、猫と犬、だよな?」


 京也が耳を澄ませる。


「そうみたいね。優希くんを寝かせていた病室の方から聞こえてきたわ」


 京也とのどかは急いで病室に走っていく。


 病室に優希の姿はなかった。コウと櫻子の姿もない。完全にもぬけの殻である。


「どうやら、コウと櫻子が『置き土産』を残しておいてくれたみたいね。二人にしてはナイス判断ね」


 病室の窓から顔だけ乗り出して地面の方に目を向けていたのどかが、トラブルの原因になることが多いコウと櫻子のことを珍しく褒めた。


 果たして、地面にいたのは子犬と子猫だった──。


「なるほど。たしかにこれは良い『置き土産』だ。これならコウたちの後を迷うことなく追い掛けていけるからな。さすが狼男と猫娘だけのことはあるぜ」


 のどかと同じように窓から地面を見下ろした京也が大きく頷いた。


「さあ、私たちも急いで向かわないと!」


「よし、行くとしよう!」

 

 京也とのどかはコウたちと同じように病室の窓から身を投げ出して、夜の闇へとダイブしたのだった。

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