正体 その2

 コウと櫻子が病室に戻って来ると、優希が開け放った窓からまさに今身を投げ出そうとしているところだった。優希は窓枠に手と足を掛けて、上半身はすでに窓の外に半分出していた。しかし、ここは病棟の最上階である。スカイダイブするには低過ぎるが、飛び降りるには危険極まりない高さであることに間違いはない。


「悪いけど、ボクは先に向こうに行ってるから」


 それだけ簡単に言うと、優希はひらりと窓の外に身を投げ出した。


「おい、ちょっと待てよ!」


 慌ててコウが窓際に駆け寄っていき、優希が飛び降りた地点に目を向けた。普通に考えれば優希は地面に倒れていてもいいはずなのだが、優希の姿はそこにはなかった。コウの視線が捉えたのは、病院の敷地内を風の如く颯爽と掛けていく優希の後ろ姿だった。


「さすが吸血鬼だけのことはあるわね。これくらいの高さじゃ、ものともしないってことね」


 コウの後ろから様子を見守っていた櫻子が、感心したように声を漏らした。


「櫻子、のん気に感想なんか言ってないで、オレたちもすぐにあいつの後を追いかけるぞ!」


 コウは早口でそう言ったかと思うと、躊躇することなく、頭から窓の外へとダイブした。


「ちょっと、アタシを置いていかないでよね!」


 櫻子が抗議の声を上げつつも、コウと同じように一瞬の迷いすら見せずに窓から空中へと飛び出した。


 常人ならばまず無傷では済まされない高さからのスカイダイブである。だがコウと櫻子にとっては、子供の児戯にも等しい行為でしかなかった。事実、地面にすくっと降り立った二人は、体にかすり傷ひとつ負っていなかった。これも二人の体内に流れている『血』の力が成せる業であった。


 そして今、二人の顔に明らかにそれと分かるほどの変化が生じていた。


 コウの口元から覗く犬歯はやけに鋭さを増しており、その瞳は非人間的な黄金色ゴールドの輝きを放っていた。

 

 櫻子の瞳もまた、非人間的な緑玉色エメラルドグリーンの光を宿していた。


 遥か古より脈々と一族の体に受け継がれてきた『血統』の力によって、二人の肉体に『怪物化現象モンスターゼーション』が起きたのである。その結果、高度からのスカイダイブぐらいでは絶対に傷付かない、圧倒的なまでの強靭的な肉体へと変化したのだった。


 そう──優希が自らの正体を吸血鬼だと明かしたように、コウと櫻子の正体もまた優希と同じだったのである。


 人間と狼男ワーウルフとのハーフである──犬神コウ。


 人間と猫女キャットピープルとのハーフである──猫目櫻子。


 それこそが二人の真の正体なのであった!


「あいつの匂いは──」


 コウが鼻をひくつかせながら、周辺に注意深く顔を振り向ける。『怪物化現象』によって普段の何百倍にも鋭敏になった嗅覚で、優希の匂いを探しているのだ。


「よし、見付けたぞ! こっちの方向に行ったみたいだ!」


 優希の残り香を探り当てたコウはすぐさまその匂いに導かれるようにして走り出した。『怪物化現象』によって脚力もまた、驚異的なまでに発達していた。


 しかし、走りなら櫻子も負けてはいなかった。猫科の獣のように優美でしなやかな走りでもって、コウに一歩も離れることなく追走していく。

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