第五章 あたしたちは『怪物』探偵倶楽部!
正体 その1
「──ようやく正体を現わしたってわけね」
アリスは慎重にカミラと一定の距離を保ちつつ、話を切り出した。
「正体──まあ、そういうことになるかしら」
正体がバレたというにも関わらず、カミラはいたって余裕のある態度だった。
「自分が一連の事件の犯人であると認めたってことよね?」
「そうだとしたら、何だって言うの?」
「いったい何の目的があって、きららさんの友人たちを襲ったの?」
アリスは最初から確信を突く質問をした。
「目的? 目的なんてあるわけないでしょ。ワタシは自分がしたいようにしただけなんだから」
カミラの言葉に後悔の響きは皆無であった。
「したいようにって、どういうこと?」
「簡単な話よ。──ワタシはトランシルヴァニアの山奥での生活に飽き飽きしてたの。だから、この街に遊びに来た。そうしたら、匂い立つような美味しそうな血の香りをぷんぷんとさせている可愛い女の子と知り合った。だから、ワタシは自らの本能に従って、彼女たちの血を貰っただけのことよ」
「あんたはトランシルヴァニアの山奥の田舎暮らしをしていたから知らないかもしれないけど、人間の世界にはルールっていうものがあるのよ! 誰かれ構わず襲って良いわけないでしょ!」
珍しくアリスは言葉を荒げたが、カミラはどこ吹く風といった様子で、一向に動じる気配を見せない。
「ルール? なんで、そんなくだらないものに縛られなきゃいけないわけ?」
「えっ、そんなことすら分からないの……」
アリスは言い返す言葉が思い付かなかった。アリスが次の言葉を考え倦んでいると、驚いたことに、きららが声を発した。
「カミラ……あなたは人間の社会のルールを知らないかもしれないけど、誰かを思う気持ちぐらいは分かるはずでしょ……」
「それがなんだと言うの?」
カミラはきららに対してもぞんざいな口調で返事をした。
「だって……あなたは知っていたはずでしょ! 襲われた友人たちがあなたに好意を持っていたことを! つまり、あなたは彼女たちの思いを裏切ったのよ!」
今まで恐怖に震えながら黙ってアリスとカミラのやり取りを聞いていたきららが、怒りをぶつけるように言い放った。
「裏切った? おかしな言い掛かりは止めてよね! お前たちが勝手に友達ごっこをしていただけのことでしょ! それにあの二人だって、夜中に嬉しそうにワタシに会いに来たんだから。血を吸われるとも知らずにね!」
カミラはきららの訴えにも耳を一切貸さなかった。
「そうやってあんたは人の好意を逆手に取ったってわけね! 本当に虫唾が走るわ!」
アリスの推理はだいたい当たっていた。悪い方に――。
「喚くならば、そうやっていくらでも喚けばいいさ。どんなに喚いたところで、所詮お前たち人間どもは、吸血鬼にとってみればただの食料にしか過ぎないんだからね!」
「──今、分かったわ。それがあんたの本心ってわけね!」
ここまではっきり言われたら、アリスとしても容赦する気持ちがなくなった。
「本心もなにも、これが吸血鬼としてのワタシの生き方なのよ!」
「──優希もあんたと同じ考えの持ち主なの? 仲間ってことなの?」
アリスは言いながら、胸元で揺れる『ネックレス』を強く握り締めた。
「あの間抜けな男のこと? あいつはたしかにワタシと同じ吸血鬼であるけど、考え方は正反対もいいところよ」
「仲間じゃないの? それじゃ、どうして彼はこの街に──」
「ワタシもお前からあいつの話を聞いて、初めてあいつがこの街に来ていると知ったのさ。あいつはワタシが起こした事件のことをきっとニュースか何かで見て、ワタシを止めに来たんだろうね。はっきり言って、あいつは目障りな存在だったのよ。だから、あいつをワナにハメてやることにしたまでのことさ」
「それじゃ、昨日、池口ミユさんを襲ったのも──」
「そうよ、ワタシに決まってるでしょ。でも喉に噛み付く寸前のところで、邪魔が入って血を吸うことが出来なかったけどね」
「邪魔って……優希くんね!」
アリスの頭の中で、散らばっていたパズルのピースが少しずつ組み合わさっていく。
「そうよ。あいつはワタシのことをずっと尾行していたのさ。そこでワタシはこの機会に乗じて、さらにあいつに疑いが向くように仕組んだ。その結果、愚かにもお前たちはミユの目撃情報から、あいつのことを犯人だとさらに確信を深めていった」
たしかにアリスたちはミユが見たという『金髪』の情報から、優希犯人説を強くしてしまったのである。
「今夜、優希くんに襲われたという話は──」
「もちろん、真っ赤なウソに決まっているでしょ! 上手い具合にあいつに襲われた振りが出来るように、待ち合わせ場所を変える話をあいつにしたのよ。そして、逆にあいつを襲って気絶させた。つまり、お前たちは揃いも揃って、物の見事にワタシに騙されたってわけ!」
カミラは今にも歌い出しそうなほどの勝ち誇った顔で、アリスのことを見下すのだった。
「あたしたちは今夜、完全にあんたにしてやられたってわけね…………」
考えてもみれば今夜の作戦はすべてカミラが考案したものなのだ。優希に連絡するのもカミラであり、千本浜高校でのアリスたちの待機場所を決めたのもカミラだった。逆に言えば、カミラは自分に都合よく作戦を指揮する立場にいたのである。
「さあ、くだらない話はこれで終わりよ。正体もバレっちゃったことだし、せっかくだから、ワタシがお前たち二人の血を思う存分に吸ってあげるわ。本当はあいつを捕まえた後、きららと二人きりになったところで、きららの血を吸おうと思っていたけど、お前が要らぬお世話を焼いて、家まで送っていくなんて言い出すから、こういう結果になったんだよ。恨むなら、自分の浅はかさを恨むんだね!」
カミラが一歩ずつアリスたちの方に歩み寄ってきた。反対に、アリスはまだその場から動かない。
「あら、逃げないの? それとも、余りにも怖くて動けないのかしら?」
圧倒的な態度を変えぬまま、カミラがさらに二人に近付いてくる。
「…………」
焦る気持ちを必死に押さえながら、アリスは必死に頭の中で目算していた。
一回きりの勝負だから、絶対に外さないようにしないと──。
アリスはネックレスに付いている『小瓶』を握る手に力を込めた。
アリスとカミラとの距離が3メートルを切った。
「さあ、その血はワタシが頂くわ!」
カミラがまるでマントを広げるが如く、両手を大きく開いて、アリスの体を覆おうとした。
「──悪いけど、あんたにあげる血なんか、これっぽっちもないから! あんたには『コッチ』の方がお似合いよ! これでもくらいな!」
叫びざま、アリスはネックレスの小瓶に入った液体を、カミラの顔面目掛けて思いっきり振り掛けた。独特の臭気を発する液体が宙を飛んで、カミラの顔にベチャリと飛び掛かる。
その途端──。
「うぎゅぐぎゅああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」
カミラがこの世のものとは思えない凄まじいまでの絶叫を迸った。
「きららさん、今のうちに逃げるわよ!」
アリスは何が起きたのか分からぬまま呆然と突っ立ているきららの右腕を強引に引っ掴むと、誰もいない夜の道を全速力で駆け出した。
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