夜の影

 カフェで一致団結した一同は、夕方前に店を出て、それぞれ散会した。優希を嵌めるワナについては、後日もう一度会って、詳しく話し合いをして決める運びになった。


 事件解決に向けて一定の進捗があったので、皆、表情が明るかった。きららも笑顔こそ見せなかったが、別れ際にはアリスたちに大きく手を振って挨拶してくれた。


 しかし、事件はその後に起きた──。 



 ──────────────── 



 その少年はまるで影のようにぴったりと三人の女子高生の後を尾行していた。


 すでにすっかり日は落ちて、街灯がちらほらと点き始めている。その少年は意図的に光があまり当たらない箇所を選んで進んで行く。


 前を歩く女子高生たちは、まったく少年の存在に気が付いていない。


 そのとき──街灯の光が一瞬だけ少年の髪を照らし出した。


 少年の髪は光り輝く金髪だった──。



 ──────────────── 



 時刻は夜の七時を回っていた。街灯に照らし出された道路が白く浮かび上がっている。


 ミユは何かに急かされるようにして、足早に家路への道を進んでいた。


 さっきまで一緒に帰路に付いていた二人とは少し前に分かれた。きららをひとりにさせるのは不安だったし、この春に転校してきたばかりでこの街に不慣れなカミラをひとりで帰らせるも不安だった。だから、ミユは率先して二人を自宅近くまで送ることにしたのだった。その結果、自分が家に帰るのが遅くなってしまった。



 まあ、きららとカミラをひとりにさせるわけにはいかないから仕方ないか。



 ミユがそんなことを思いながら歩を進めていると、背後から足音が聞こえてきた。


「────!」


 パッと振り返ったが、視線の先には人影はおろか何も見当たらなかった。


「あれ、空耳だったかな? 例の事件のことを話したから、少しナーバスになっているだけかもね」


 自分自身にそう言い聞かせて、再び歩き始めた。


 少し歩くと、街灯が切れている箇所に差し掛かった。


 そのとき、突然、何かがミユの背中に圧し掛かってきた。


「きゃ──」


 ミユが悲鳴をあげるよりも早く、何かで口を塞がれていた。視線の先に、黒い手袋をはめた手が見えた。



 まさか、これって痴漢なの……?



 ミユの脳裏に浮かんだのはそれだった。すぐに持ち前の負けん気を発揮して、反撃に出る。


 

 あたしから離れろ!



 口を塞いでいる手を掴んで、体の戒めを取り払おうとしたのだが、そこで相手の力が尋常ではないことに気が付いた。相手の腕がびくともしないのだ。



 だったら、これでも食らえ!



 ミユは左肘を背後に向かって勢い良く放った。だが、相手はまるでそうくることを事前に察知していたかのように、ミユの左肘をがっちりとガードしてきた。



 マズイ……。こいつ、場慣れしている!



 次の手を出しあぐむミユの首元に、ひんやりとした冷気のような息吹が掛かった。同時に、艶めかしい香りがふっと鼻先に立ち昇ってくる。


 その途端、ミユの全身が言い知れぬ寒気で震えた。



 えっ……もしかして、今、あたしが相手をしているのは……あの倶楽部の人たちが言っていた……吸血……。


  

 瞬間的に恐怖で体が硬直してしまった。相手が痴漢ごときならいくらでも反撃出来るが、人外の存在となったら話は別である。



 このままじゃ……あたし……やられちゃうかも……。



 ミユの心が絶望の闇に覆われようとしたとき──。


 近くで足音が聞こえたような気がした。誰か通行人が歩いてきたのかもしれない。


 不意に、ミユは全身の戒めが解けるのを感じた。続けて、背中を力強く突かれた。体勢を保てずにそのまま道路に転がってしまう。


 両膝にジンジンとした痛みを感じつつも、警戒の視線をあたりに素早く巡らせた。視界の片隅に黒い影がチラッと見えた。


 恐怖と混乱の中にあったミユだったが、目だけはずっと黒い影を追い続けていた。


 そのとき、ほんの一瞬だけ──暗闇の中で見えたものがあった。


「──あっ、髪が……『金髪』みたいだったけど……?」


 ミユは怪我をした膝小僧を擦りながら呆然とつぶやいた──。

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