話し合いの結果
「でも、本当に犯人は本物の吸血鬼なんですか? 何か証拠となるようなものでもあるんですか?」
カミラが伏し目を上げて、アリスにもっともな質問を投げ掛けてきた。
「証拠という証拠はまだないんだけど……」
アリスが口ごもると、部員が助け舟を出してくれた。
「アリス、物的な証拠はなくとも、怪しい野郎がひとりいるだろ!」
勇ましい声を上げたのはコウである。怪しい野郎が誰のことを指しているのかは、アリスたちは皆承知している。
「ねえ、コウ。あの少年についての話は後回しにするって決めたはずでしょ」
のどかが静かにコウを正した。
「それはそうだけど……。話が進まないから、ついあの野郎のことを思い出しちまって……」
だが、コウの発言が思いも寄らない効果を産んだ。
「──ねえ、その怪しい人って、どういう人のことなの?」
カミラがコウの発言に食いついてきたのである。
ここまできたら優希のことを隠し続けるわけにはいかない。アリスはカミラたちに優希のことも話すことにした。
「あのね、ひとり、怪しい人間がいるの。もちろん、だからといってその人が絶対に犯人だと決め付けているわけではないのよ」
一応、しっかりと釘を刺したうえで、さらにアリスは話を続けた。
「つい最近あたしたちの学校に転校してきた生徒なんだけど、もしかしたら、その生徒のことをあなたたちの内の誰かが知っているんじゃないかと思って、実はこうして話を聞きに来たの」
「その怪しい転校生というのは、具体的にどういう生徒なんですか?」
カミラが重ねて訊いてきた。
「君と同じ金髪の美少年様さ」
優希のことを快く思っていないコウが答えた。
「金髪の……美少年……? それって……でも、まさか、そんな……」
端整なカミラの顔に初めてそれと分かるほどの動揺が浮かんだ。
「まさかカミラさん、その転校生について何か心当たりでもあるの?」
カミラの反応を見て、居ても立ってもいられなくなり、アリスは体を前のめりにしてカミラに迫った。
「いえ、まだ断定は出来ないけれど……。それで、その転校生の名前はなんていうの?」
「本人はアルカール・優希と名乗っているわ」
アリスはカミラに静かに伝えた。
「アルカール……優希……」
カミラが何事か思い出すような、あるいは何か思案するような、そんな表情で宙の一点を見つめた。
十数秒後──。
カミラが視線をテーブルに戻した。表情に鋭さが増していた。そして──。
「──その転校生が犯人よ。間違いないわ」
はっきりとそう言い切ったのだった。
「えっ、本当なの? カミラさん、それっていったいどういうことなの? カミラさんは優希くんのことを知っているの?」
アリスはすぐさま矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。
「襲われた友人が私に話してくれたことがあるの。最近ネットを通じて、格好いい外国人の男の子と知り合ったって──」
「えっ、カミラ、そんなことがあったの? あたし、初めて聞く話だけど……」
ミユが驚きの声を上げた。
「そうなの? きっとミユには後で教えて、びっくりさせるつもりだったんじゃないかな?」
「それでカミラさん、その外国人の男の子というのが、もしかして──」
アリスは一番重要な質問を繰り出した。
「ええ、私は話を聞いただけで、その本人を実際に見たわけじゃないけど、友人たちの話し振りを思い出すと、多分、あなたたちの言っているアルカール・優希という生徒と同一人物だと思うわ」
まさかの展開だった。点と点がしっかりと直線で結ばれた瞬間だった。
「アリス、これはもう決まりと見てもいいんじゃないのか?」
コウの顔にはすでにやる気が漲っている。
「そうね。ここまでいろいろな材料が出てくると、逆に否定することの方が難しいわね」
アリスの気持ちも傾きつつあった。だが、決定的な証拠が出揃っていない以上、まだ断言は出来ない。
「ねえ、のどか。この状況、どう考えたらいいと思う?」
倶楽部の頭脳役に助言を仰いだ
「今日得た情報を本人に直接ぶつけて、その反応を見てみるのもいいと思うけど、果たして尻尾を出すかどうかは微妙なところね……」
のどかにしては珍しく語尾を濁らせた。のどかも判断を決めかねているのだ。
そこに、第三者の声が割って入った。
「──それじゃ、正体を見破る為のワナを仕掛けるというのはどうかしら?」
意外な意見を言い放ったのは、先刻からずっと考え込む様子を見せていたカミラだった。
「ワナ?」
アリスはおうむ返しに訊いた。
「そう。私たちの内の誰かがオトリになって、そのアルカール・優希とかいう転校生をおびき出すの。そして相手が本性を見せて襲い掛かってきたところで、逆に捕まえるの」
カミラが自分の考えを皆に披露した。
「待って! それは余りにも危険過ぎるわ!」
即座にのどかが反対の声を上げた。
「さっきアリスが話したけれど、相手は本物の吸血鬼の可能性が高いのよ。その方法を使うのであれば、オトリ役は私たちの中から出すのが当然よ。これ以上被害者を出さない為にもね」
のどかの言い分は妥当すぎるくらい妥当だった。
「でも、あなたたちはみんなその転校生に探偵倶楽部の部員だと素性を知られているんでしょ? だとしたら、その転校生だって、あなたたちから会って話したいと言われても、警戒をするんじゃないかしら?」
カミラの反論もまた的確で正鵠を射ていた。
「たしかにそれも一理あるわね──」
櫻子がカミラの意見に一定の理解を示した。
「のどか、ここはカミラさんたちの力を借りるのも、一考に値するんじゃないのか?」
今まで黙って話に耳を傾けていた京也が初めて口を開いた。
「仮に、カミラさんたちにオトリになってもらってワナを仕掛けるにしても、おれたちが万全のバックアップをして、カミラさんたちを全力で守ればいいわけだろう?」
「──慎重派の京也がそこまで言うのであれば、私もこれ以上強くは反対しないけれど……。いいわ、最終判断は部長に任せる」
のどかがアリスにバトンを渡した。
「ねえ、カミラさんたちは本当にそれでいいの? 危険を承知のうえであたしたちに協力してくれるというの?」
アリスはカミラたち三人の意思の最終確認をした。
「ええ、もちろんよ。そもそも襲われたのは私たちの友人なんだから、協力するのは当たり前よ!」
カミラは強い口調ではっきりと明言した。
「──あたしも協力するわ。もちろん怖い気持ちもあるんだけど、これだけの人数がいればなんとかなると思うし」
ミユも賛成を示した。これで残るはきららひとりである。この三人の中で一番気弱そうに見える少女だ。
「わたしも……これ以上友人が傷付くのは見たくないから……。だから、皆さんに協力することにします」
声こそ小さかったが、その語気にはしっかりとした意志が感じられた。
三人それぞれの意思を聞いて、アリスもようやく踏ん切りがついた。
「カミラさんたち三人の気持ちは十分に分かったわ。――それじゃ、ワナを仕掛けて、アルカール・優希の正体を暴くことにするわよ! そして、この『吸血鬼事件』に終止符を打つわよ!」
アリスの呼びかけに、その場にいた全員が大きく頷いて賛同した。いや、正確には約一名、眠そうにしていて話の内容をまったく理解していない者がいたが……。
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