第三章 ワナを仕掛ける!

先を越されて

「また先を越されたみたいね……」


 アリスは長机の上に広げられた新聞紙の見出しを悔しそうに見つめた。新聞紙上には『女子高生襲われる』という見出しのついた記事が大きく掲載されている。


 カフェでの話し合いの翌日──。いつも通り部室に集まった六人の顔は、眠そうなひとりを除いて、皆一様に浮かない表情をしていた。


 昨夜、カフェで事件の話を聞かせてくれた池口ミユが、帰宅時に襲われたのだ。テレビのニュースでは通り魔的な痴漢の犯行の可能性を疑っていたが、アリスたちは一連の『吸血鬼事件』の犯人と同一人物とみて間違いないと確信していた。


「──完全にあたしの判断ミスね……。友人が襲われているんだから、ミユさんたちを自宅まで安全に送るべきだったわ……」


 アリスは自分を責めた。優希をワナに仕掛けることばかりに頭がいってしまい、足元の警戒を怠ってしまったのだ。


「アリス、起こってしまったことは、もう悔やんでも仕方がないわ。それに昨日はまだ明るかった夕方前に解散したんだから。わたしも安全だと思ったし、アリスひとりの責任ではないわ」


 のどからしい理路整然とした説明でもってアリスを慰めてくれる。


「それで結局、昨日カミラさんが言っていたワナの話はどうするの? こういう事件が起きても実行するの?」


 櫻子が話に加わってきた。


「とりあえず、今は保留するしかないわね。カミラさんたちも自分たちの身に危険が迫っているって、これで実感したと思うから……」


 依頼人の鈴原美佐に続き、これで二人目の怪我人を出してしまった。部長として、もうこれ以上の被害は、何があっても絶対に出したくない。だから、ここからは自分たちの力だけで調査を続行するつもりだった。


「どうやら、おれたちが考えていた以上に、相手の方が一枚も二枚も上手みたいだな。これは少しばかし対応策を考え直す必要がありそうだな」


 京也が両腕を組んで、重たい声で言った。


「おいおい、そんなこと言っていたら、後手にまわるばかりで、いつまでたっても犯人の尻尾は掴めないぞ。いっそうのこと、今から優希のやつをとっちめてやるっていうのはどうだ?」

 

 優希を何とかしたくてウズウズしているコウが、握り締めた拳をこれ見よがしに前に差し出した。


「証拠も何もないのにそんなことしたら、間違いなく、あんたの方が停学処分を受けることになるわよ?」


 いつもの如く、コウに突っ掛かっていったのは櫻子である。


「証拠なんて、あとからいくらでも探せるだろう!」


「それで証拠が出なかったらどうすんのよ!」


 言葉がいつも以上に荒いのが、二人の今の心情を如実に物語っていた。


 部室内がいつになく重苦しい空気に包まれる。


「ねえ、こんなに空気が暗いと、そのうちみんな泣き出しちゃうわよ。──『CRYクライ』ってね」


 くだらないダジャレで一瞬で重い空気を取り払った主は、ごく自然な足取りで部室につかつかと入ってきた。


「ほのか先生、いったいどうしたんですか?」


 アリスは突然現われた救い主に視線を向けた。


「さっき病院から池口さんのことで連絡があったの。アリスちゃんたちにもそのことを伝えた方がいいかなと思って」


 襲われて足を怪我してしまったミユが治療を受けたのは白包院病院なのだ。


「それで姉さん、池口さんの容態はどんな感じなの?」


 のどかがさっそく姉に確認する。


「池口さんは足に擦り傷を負っているけど、他に目立つような外傷はなかったそうよ。それから喉は噛まれていないし、催眠術を掛けられた形跡もなかったみたいね。ちょうど運良く他の通行人が来て、犯人が逃げ出したみたいなの」


「良かった。とにかく、大きな怪我がなかったことだけでも安心した」


 ほのかの報告を聞いたアリスはほっと胸を撫で下ろした。


「池口さんはもう病院から帰ったけれど、襲われたという事実に恐怖で怯えていて、今は自宅で安静しているらしいわ。しばらくの間、学校も休むそうよ」


「参考になる話をありがとうございます」


 アリスはほのかにお礼を言った。


「それじゃ、私はこれで保健室に戻ることに──あっ、そうだった。もうひとつ話すことがあるんだった」


 話を終えて部室を出ようとしかけていたほのかが、そこで思い出したように付け加えた。


「あのね、池口さんだけど、どうやら犯人を見たらしいの──」


 一番重要な話をうっかり忘れるほのかなのだった。ほのからしいといえばらしいが……。


「えっ、犯人をですか?」


 アリスは慌てて訊き返した。


「アリスちゃん、そう焦らないで。──池口さんが見たのは走り去る犯人の後ろ姿だけみたいなの。あのね、池口さんが言うには──犯人の髪の毛は『金髪』だったとのことよ」


「金髪!」


 アリスは胸の鼓動が一気に早まるのを感じた。最近学校に転校してきた男子生徒が、まさに金髪なのだ。


「おい、金髪といったら……。やっぱり犯人はヤツで決まりだな!」


 コウの上げた大きな声に、授業開始五分前を告げるチャイムが重なって聞こえてきた。

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