助けを求める電話
美佐は学校が昼休みになるのを待って、魔王堂アリスに連絡を入れた。
「はい、魔王堂アリスですが、どちら様ですか?」
「あの……あたし……その……」
いざとなると上手く話が出来なかった。
「もしもし、大丈夫ですか? 落ち着いて話して下さい」
「──はい。あの、あたし……見たんです!」
自分でも驚くくらいの大声を、いきなり出してしまった。
「えっ、見た? 何を見たんですか? 良かったら詳しく教えてもらえませんか?」
スマホから聞こえてくる優しい声のおかげか、美佐はようやくいつもの落ち着きを取り戻した。
「はい、あの、あたし、鈴原美佐といいます。沼津高校に通っています。それであなたたちの倶楽部のことを思い出して、今電話をかけたんです」
「鈴原美佐さんね。えーと、何かを見たという話でしたが──」
「はい……あたし、昨夜、千本浜海岸で見たんです。例の『吸血鬼事件』の犯人の姿を!」
美佐が勢い込んで言うと、スマホ越しでもそうと分かるくらい、アリスの息を飲む音が大きく聞こえてきた。
「それで、あたし、始めはそのことを警察に話そうと思ったです。でも、あたしが見たものを警察は信用してくれない気がして……。だけど、あなたたちの倶楽部ならば、あたしの突拍子のない話でも、真剣に聞いてくれると思ったから……」
「──だいたいの事情は分かりました。では、美佐さんが昨夜見たことを聞かせてください」
「はい、分かりました──」
美佐は覚悟を決めると、昨夜自分の目で見たことをゆっくりと話し始めた。
「あたし、昨夜、彼と千本浜海岸でデートの約束をしていたんです。でも、彼が急にバイトの仕事が入っちゃって、来れなくなったんです。それであたし、家に帰ろうとしたんです。そのとき、熱烈に抱き締め合っているカップルがいて、視線が外せなくなっちゃったんです。そこでしばらくじっと見ていたんだけど、急に、どこか変だなって思い始めたんです」
「変? 何が変だったんですか?」
アリスがすかさず訊いてきた。
「カップルが抱き締め合っているように見えたのは、あたしの見間違えだったんです」
「どういうことですか?」
「そのカップルは抱擁していたんじゃなくて、ひとりがもうひとりの体にぐったりと寄りかかっていたんです。だから、あたし、余計に好奇心が出てきちゃって、そのカップルの姿を目を凝らして見たんです。そうしたら、そうしたら──」
美佐はそこで一旦言葉を切った。
「そうしたら、カップルの内のひとりの口元に、長い牙があるのが、はっきりと見えたんです!」
最後は叫ぶように声を張り上げていた。
「キバ? それは動物の口にある、あの牙のことですか?」
「そうです……。その、牙です……。間違いないの……。あたし、ウソなんかついてないから……。本当に、見たんだから……」
「美佐さん? 美佐さん? あたしの声が聞こえていますか?」
「どうしよう? ねえ、あたし、どうしたらいいの? だって、あたし……顔を、顔を、見られているかもしれないの……。だから、あいつが襲ってくるかも……。怖い……怖い……。早く、早く……家に来て……。助けに来て……お願い……」
昨夜のことを話しているうちに、あの鋭く尖った牙のことを鮮烈に思い出してしまい、そうなるともう駄目だった。心の中に張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れてしまった。
「あたし、怖くて、怖くて……。でも、どうしたらいいか分からないし……」
「鈴原さん? 鈴原さん? 落ち着いて! すぐにあなたの家に行くから! だから、しっかりと家の戸締りをして待ってて!」
美佐にはアリスの声に返事をするだけの余裕がもうなくなっていた。
────────────────
「みんな、すぐに出かけるわよっ!」
アリスは部員一同に向かって、指示を出した。
「ちょっと、いきなりなんなのよ?」
アリスの隣に座っていた櫻子が抗議する。
「今の電話、例の『吸血鬼事件』の犯人を見たっていう生徒からだったの」
「犯人? それって、イタズラ電話じゃないのか? オレたちの倶楽部のことを知っているやつが、面白半分に電話してきたんだよ」
コウが懐疑的な意見を述べた。
「声の調子からいって、本当みたいよ。イタズラにしちゃ、手が込みすぎているしね」
アリスはコウの言葉を制して、冷静に言い返した。
「――分かった。そういうことなら、トンカツはお預けにするしかないな」
コウはフォークをお皿に置くと、勇ましく立ち上がった。二人のやりとりを聞いていた他の四人も、同じように食事を途中で切りあげて、イスから立ち上がっている。
「鈴原美佐さんというのが、今電話を掛けてきた子よ。この学校の生徒らしくて、あたしたちの倶楽部のことも知っていたみたい。犯人の顔を見たらしくて、恐怖で怯えている感じだったわ。だから、今からすぐに彼女の家まで行って、彼女の保護をするわよ!」
アリスは部員の顔を見回した。
「よし、急いで行こうぜ!」
体力勝負が得意なコウは、今にも走り出そうな勢いである。
「そうね、怯えているならば、なおさらのこと早く行ってあげた方がいいわね」
のどかはこんなときでも冷静さを失っていない。
「それじゃ、みんな、行くわよっ!」
アリスの掛け声を合図にして、怪物探偵倶楽部の六人は食堂を駆け出していく。周りにいた他の生徒たちは好奇心を押さえられないらしく、横目でチラチラと見ていたりする。
そんな生徒たちの間から白衣を着た若い女性が姿を見せて、先頭にいるアリスの元に近寄ってきた。
「あら、あなたたち、揃ってどこに行くの?」
気さくな感じでアリスに声を掛けてきたのは、この学校の養護教諭であり、また、のどかの姉でもある、白包院ほのかだ。涼しげな目元に、銀縁の眼鏡がぴたりとハマった、知的なインテリ美人である。
「姉さん、今は説明をしている時間がないの。わたしたち、急がないといけないの」
六人を代表してのどかが姉に手短に説明をする。
「急いで行くって、そろそろ午後の授業が始まる時間よ」
「午後からの授業は、早退したっていうことにしておいて」
「早退って、あなたたち、六人揃って、どこか体の体調でも悪いの? でも顔を見る限り、血色は良さそうだし──」
「とにかく授業をサボってでも、急いで行かないといけないの。それだけだから」
のどかにしては珍しく非論理的に答えた。いついかなるときでも冷静沈着さを失わないのどかであったが、唯一、身内である姉のほのかを相手にするときだけは、ペースが乱れることが多々あった。
「分かったわ。のどかがそこまで言うのなら、きっとそれなりの理由があるんでしょうからね。いいわ。今回だけは優しいお姉さんが特別に見逃してあげる」
「ありがとう、姉さん。担任の先生には、宇宙人に連れ去られたとでも言っておいて」
のどかはこれも珍しく冗談混じりに言うと、前を行く五人の背中を追った。
「宇宙人……?」
ほのかはその場でしばらく何事か考えるかのように可愛らしく小首を傾げていたが、正確に一分五十三秒後──。
「──やだ、のどかったら。それって、姉さんをからかう冗談でしょう。面白いこと言うわね」
そうつぶやいて、ほのかはひとり微笑むのだった。
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