忍び寄る恐怖

 美佐は自分の部屋の隅の壁にもたれて、両手で膝を抱え込んで丸まっていた。まるで何かから自分を必死に守るかのようにして──。


 美佐の精神は、このときすでに限界を越えていた。


 

 恐怖。恐怖。恐怖。牙。恐怖。不安。恐怖。牙。牙。恐怖。不安。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖………………………………。



 ただ、それらの負の感情のみがループ状になって、いつまでも途切れることなく頭の中をめぐっていた。



 あたし、襲われるんじゃ──。



 そんな思いが何度も何度も脳裏をよぎる。美佐はベッドに倒れこむと頭から布団をかぶった。ここからもう一歩も動きたくなかった。自分の殻に閉じ篭もって、頭から恐怖を排除したかった。


 だが美佐に追い討ちをかける事態が起きた。玄関のチャイムが鳴り響いたのである。



 来た! 『アイツ』だ! 『アイツ』が来たんだ!



 美佐は瞬間的に悟った。


 

 大丈夫……大丈夫……家の中にいれば平気よ……。家の中で静かにしていれば、『アイツ』だって気付かないはずだから……。



 美佐は布団の中でさらに体を小さく縮めると、『アイツ』がいなくなるようにと必死に祈り続けた。


 玄関の鳴り続けていたチャイムが止まった。



 やった! きっと『アイツ』は諦めたんだ! これでもう安全だわ。



 美佐の胸中に喜びがこみ上げてきたが、しかし一瞬の内に恐怖へと変わった。



 ガチャガチャ!



 玄関のドアノブを乱暴に回す耳障りな音が、階下から聞こえてきたのである。



 そんな……。まさか無理やり家の中に……入ってくるつもりなの……? 誰か……助けて……。


 

 美佐の思いを嘲笑うかのように、ドアノブを回す音は続いた。そして、ついにその時が訪れた。



 ガギュリッ!



 ドアノブが無理やり壊される音が聞こえた。続いて、玄関の重いドアが開く音が聞こえてきた。


 恐怖の形をしたモノが美佐のいる部屋へと、一歩一歩着実に近付きつつあった。だが、恐怖に震えるだけの美佐には、もう逃げる気力すら残っていなかった。


 恐怖が階段をあがってくる。美佐の部屋の前までたどり着くと、難なく部屋のドアをこじ開けた。ゆっくりとベッドに近付く。そして──。


「きゃあああああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!」


 家の中に美佐の絶叫が響き渡った。

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