ランチタイムは会議の時間
『 女子高生、また襲われる!
喉を噛まれ、血を吸い取られる!
犯人は一体何者?
変質者か? それとも……? 』
アリスが両手で広げた新聞には、センセーショナルな見出しが大きく躍っていた。
そもそもの事件の始まりは、今から一週間前に遡る。夜中に友達に会いに行く為外出した女子高生が、何者かに襲われたのが最初だった。被害者は喉元を噛まれており、そこから大量の血液を奪われていた。しかし、事件現場には被害者の血液がわずかしか残されておらず、犯人がなんらかの道具を使い被害者の血液を奪ったとの見方が示された。この事件が世間で『吸血鬼事件』と呼ばれる所以が、そこにあった。そして昨夜、千本浜海岸で再び同じような事件が起こったのだ。
「これで二人目の犠牲者が出たことになるわね」
アリスは事件の記事を目で追いながら、重い声でつぶやいた。アリスが今朝、部室で話そうとしたのが、この『吸血鬼事件』のことだったのだ。
ランチタイムで賑わう食堂の隅っこのテーブルに陣取った怪物探偵倶楽部の面々。周りのテーブルや廊下からは、チラチラと好奇心剥き出しの視線が飛んできている。
「みんなはこの事件についてどう思う? あたしはどう考えても『人外の存在』の犯行だと思うんだけど」
アリスは自分たちに向けられている視線を一切無視して、部員の顔を見回した
「いや、普通に考えれば、変質者が犯人としか思えないだろう?」
事件のことよりも明らかに目の前の大皿に載ったトンカツに夢中になっているコウが、トンカツの切れ端をもぐもぐ噛み締めながら答えた。
「でも、被害者は喉元を噛まれているんだよ? しかも大量の血液もなくなっているし。いくら変質者でもそこまでするかな?」
「オレに変質者の気持ちを聞かれても困るんだけどな。ただ、世の中にはおかしなヤツはいくらだっているだろう?」
「それはそうだけどさ……」
コウの意見に反論出来ないアリスだった。
「アリスは被害者の血が採られている点に、必要以上に拘り過ぎているんじゃないの?」
櫻子が口を挟んできた。今回の事件について余り興味がないのか、それとも美への向上心の方が大事なのか、髪にやった手を熱心に動かし続けている。
「そんなつもりはないんだけど……」
アリスは少しだけ不満げに首を傾げながらつぶやいた。
「ねえ、京也とのどかの二人はどう思う? コウや櫻子と同じ考え方なの?」
質問する相手を変えて話を振るアリス。
「おれはこの事件は少しばかり怪しいとは思っているんだけどな」
京也が慎重な口振りで言った。
「怪しいと思っているということは、京也もやっぱり『人外の存在』を疑っているわけでしょ?」
「いや、さすがにそれはないと思うけどな」
「京也、静かに食事に戻ってくれる」
自分と意見が違う部員のことは即座に会話から外し、優しく食事に戻してあげる、心の広いアリスなのである。
「ねえねえ、のどかはどう思う? もちろん、あたしと同じ意見だよね? まさか違うだなんて言わないでしょ? しっかり空気を読んで答えてね」
アリスは脅迫染みているとしか言えない物言いで、のどかに必死になって迫った。
「犯人が変質者にしろ、またはそうじゃないにしろ、結論を今ここで早急に出す必要はないんじゃないかしら」
のどかは慎重に語彙を選んで、アリスに言い聞かせるような口調で言った。
「えっ? のどかまで否定的な意見を──」
「アリス、早合点しないで。この事件について調査する必要がないとは言ってないわよ」
「それって、どういう意味で──」
「つまり、事件を調査してみて、その結果として犯人が人間なのか、それともそうじゃないのか分かれば、それでいいわけでしょ?」
「ああ、そういう意味ね。さすが、のどか! 昔からのどかは他のメンバーとは違うなあって思っていたのよ!」
アリスはのどかのことをこれ以上ないくらいに褒めちぎった。
「わたしたちが住んでいるこの街で、怪奇な事件が起きているのだけは確かなのだから、わたしたちが行動を起こしてもいいんじゃないかなっていうのが、わたしの意見よ。なにせ、わたしたちは『怪物探偵倶楽部』の部員なんだからね」
「そうだよね! のどかの言う通りだよね! いよいよ『怪物探偵倶楽部』として行動するときが来たってわけだよね!」
アリスは何度も頷きながらうれしそうに声をあげた。
「──思えば、あれは桜の花が咲き誇る今年の4月だった──」
アリスはなぜか遠くの方を見つめるような切ない視線で、不意に斜め上方の天井を見上げるのだった。
「熱い思いで結ばれたあたしたち6人は、学校側の強力な反対を押し切って、日本でここにしかない怪物探偵倶楽部という秘密組織を創設したんだよね。あの頃のあたしたちはまだ若かったなあ」
「そりゃ、学校側だって、名称に怪物なんて付くおかしな探偵倶楽部を、生徒に言われたからといって、はいそうですかと簡単に認めるわけにはいかないからな。ていうか秘密組織が学校公認の倶楽部って、どんだけオープンな秘密組織なんだよ。それから、怪物探偵倶楽部なんていうとんでもない倶楽部が、日本のあちこちにあったら、それこそ世も末だぜ。ついでに言っておくと、今でもオレたちは若いぞ。いや、そもそも、熱い思いで結ばれた覚えはないけどな」
コウの非難と批判めいたぼやきは、残念ながら自分の世界に入り込んでいるアリスの耳には届いていなかった。
「苦節一ヶ月。とうとう待ちに待った、初めての探偵らしい活動が出来るこの日を迎えることになったんだね。なんか、慨深いものがあるなあ。あれ、なんだろう? 目じりに熱いものが……。あたしの気のせいかな?」
「今までくだらない依頼しかなかったんだから、活動しようにも活動出来なかっただけでしょうが。ていうか、涙の欠片すらも見えないんだけど。ここまでくると、気のせいというよりは、気が変と言った方がいいわね」
櫻子が悪態をつくが、部長として感動状態にある、うっとり顔のアリスの耳には届いていなかった。
怪物探偵倶楽部に持ち込まれた調査依頼というのは、実はこの一ヶ月の間にあるにはあった。ただし、その依頼内容といえば──試験の解答を秘密に教えて欲しいという動機不純なものや、校内に迷い込んできた犬の世話のお願いという可愛らしいものや、果ては、部活の試合相手のチームに下剤を飲ませて欲しいという犯罪スレスレのものまで、種種雑多あったが、所謂、事件の調査という本格的な依頼は一件もなかった。
もっとも、それはそれで平和であるということの裏返しであり、喜ばしいことでもあるのだが、怪物探偵倶楽部の部長のアリスとしては、気の抜けた毎日だったことも確かだった。
そんな日々に、突如降って湧いたように起こった『吸血鬼事件』。部長として、この事件を見て見ぬ振りは出来なかった。今こそ、自分たちの出番だと強く思ったのである。
「ということで、今から怪物探偵倶楽部の第一回調査会議を始めるわよ!」
アリスは呆れ顔を浮かべている数名の部員を無視して、明朗快活な声で調査会議開始を高らかに宣言するのだった。
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