全員集合!
「──二人とも、そろそろ静かにしたら」
その一言でコウと櫻子の際限のないくだらない言い合いはピタリと止まり、部室は静寂が支配することになった。言葉を発したのは、今まできりっと背筋を伸ばした姿勢でイスに座り、物静かに小説を読んでいた
目元がすっぽり隠れるくらいの前髪に、分厚いレンズの入った眼鏡。まるで絵に描いたような引っ込み思案の大人しい少女といった風貌であるが、その実、この倶楽部いちのしっかり者で、勉強も出来る才媛なのだった。左手首には常に意味有りげに真っ白い包帯が巻かれているが、これは病院であるのどかの家に伝わる『特殊な習慣』に基づくもので、別に本当に怪我をしているというわけではなかった。
「ありがとう、のどか。──じゃあ、静かになったところで、今度こそ話を再開するわよ」
アリスは部長の権限で強引に話を進めながら、一同の顔を順番に見回していった。櫻子、コウ、京也、のどか。
うん、ばっちり。部員は全員揃っているわね。
アリスが満足気にひとり頷いたとき──。
「ふぁああーあー」
なんとも間の抜けた欠伸の声があがった。
「あれ? みんな、どうしたの? こんな朝から真面目な顔しちゃて……?」
長机に顔を伏せて幸せそうに眠っていた
ああ、さきのことをすっかり忘れていた!
アリスはさきのワイシャツの胸元を猛然と掴むと、上下左右にぶんぶんと揺すり回した。
「まったく、もう! なんであんたはいっつもそうなのよ! みんなで話をしていたんだから、気付いてもいいでしょうが!」
アリスの罵声がマシンガンのごとく部室内を乱れ飛ぶ。
「いや、あの……アリスにはいつも言ってるだろう? ぼくらの種族は『伝統的に朝に弱い』んだから。こればっかりは、しょうがないだろう」
さきは眠気の絡みついた声で言い訳をする。常日頃からぼーっとしているのがさきなのである。
「うっさいわよ! 種族なんて関係ないの! とにかくあたしが今から大事な話をするんだから、あんたは両目を限界まで開いて、しっかり起きていること!」
「うん……分かったよ……。そんなに、大きな声を、出さなくても……聞こえるから……。ちゃんと、起きているからさ……」
さきの両目のカーテンは今にも閉じそうな気配である。
「こら! 起きろ! 起きろ! 起きろーーーっ!」
「う、うん……起きるよ……起き……起き……ふぁあーあ……」
「ふーん、あたしにそういう態度をとるわけ。そっちがその気ならば、こっちも出方を変えさせてもらうからね」
アリスは不意に声のトーンを落とした。
「これでも気持ちよく寝ていられる?」
アリスは口元に『小悪魔』的な笑みをひっそりと浮かべた。胸元からネックレスを取り出す。ネックレスの先には、小さな小瓶がぶら下がっている。この小瓶の中には、さき専用の『ある植物』の濃縮エキスが入れてあるのだ。
「ねえ、さき、どうする? 眠気覚ましに、これを顔にかけてあげようか?」
アリスはその小瓶をさきの鼻の前で左右に揺らした。
途端に──。
「はい、起きます! 起きますってば! たった今、間違いなく起きちゃいました!」
さきが文字通り飛び起きた。両目はぱっちりと開いている。
「これでよしと。今度こそ、部員全員が揃ったわね。──それじゃ、話を再開しようかな」
アリスが嬉しそうに話を始めようとしたとき、校内のチャイムが無常にも部室に鳴り響いた。
「ええーーーっ! そんなあーーっ! まだ、全然話してないのに!」
アリスの悲鳴にも似た声を無視して、部室を出て行く面々。
「ねえ、まだ昨夜の事件のことを何も話していないじゃん。こういうことは一刻も早く話さないといけないでしょ?」
「アリス、その話は昼休みにすればいいわ。その方が時間も多く取れるでしょうから」
のどかが冷静に指摘する。
「でも、のどか……」
「ほら、教室に行くわよ」
有無を言わさぬのどかの言葉に、さすがのアリスも従わざるを得なかった。
六人は部室を出ると、足早に教室へと向かって歩いて行く。閉じられた部室の扉には──。
『怪物探偵倶楽部』
そう書かれたプレートが掛けてあった。
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