第一章 初めての調査依頼

朝の部室にて

「大変よ! 大変よ! チョー大変よ! 本当に大変なんだから!」


 その日の朝、沼津高校ぬまづこうこうの部活棟の三階渡り廊下をけたたましい声を張り上げながら走る、ひとりの少女の姿があった。

 

 大きな足のスライドとともに、ショートカットに切り揃えた髪が、これでもかといわんばかりに大きく前後左右に揺れている。首に付けているネックレスも今にも飛んで行きそうな勢いだった。


 魔王堂まおうどうアリス。


 それが、この少女の名前である。ボーイシュッさと可愛らしさとが見事に融合し合った、美少女と呼ぶにふさわしい容姿をしている。アリスは右手に握り締めた新聞をホームランバッターのようにぶんぶん振り回しながら、部室へと駆け込んで行った。


「みんな、大変よ! ビッグニュース! 絶対に驚くこと間違いなしよ!」


 興奮を隠し切れない声をあげながらドアを開け放ち、部室に入ったアリスの前に、いつもと変わらぬ面々の姿があった。揃って何事かという表情を浮かべて、アリスを出迎える。


「何よ、アリス。朝からうるさいわね。高校生になったんだから、もう少し上品に朝を迎えられないの」


 最初に反応したのは、猫目櫻子ねこめさくらこだった。ごく普通の学校指定のブレザーの制服を、まるで外国のハイブランドの服のごとく華麗に着こなしている、天性のファッションセンスを持ち合わせた少女である。櫻子は『血筋譲りの猫のような切れ長の目』を、読んでいた雑誌からアリスへと向ける。


「それで、いったい何をそんなに騒いでいるの?」


「だから、大変なんだってば! 昨日、また例の事──」


 アリスが言い終わる前に、話に割り込んできた者がいた。


「大変大変って、大変の大安売りだな」


 やれやれといわんばかりの声の主は、犬神いぬがみコウ。太い眉にギラギラと光る猛々しい瞳の持ち主で、精悍な二枚目といった感じである。昨夜は『お月さん』がしっかり夜空に輝いていたので、今朝はすこぶる機嫌が良さげに見える。


「だって、本当に大変なんだからしょうがないでしょ! あのね、昨日──」


 再度言い掛けたアリスだったが、言い終わる前に、結論を先回りした者がいた。


「また『例の事件』が起きたんだろう?」


 口を挟んできたのは、百九十近い身長と、ボディビルダーのような筋肉質の肉体を器用に丸めて、漫画週刊誌を読んでいた巨人京也おおひときょうやである。外見こそ『人並み外れた体格』をしているが、内面は穏やかで誰とも仲良くなれる、そんな不思議な魅力を持った好青年である。


「ちょっと京也、先に言わないでよ! わたしが持ってきた特ダネだったのに!」


「悪い悪い。話が全然前に進まないから、つい口を出しただけだから、勘弁してくれよ」


 頭に手をやりながら謝る京也の顔には、悪気はいっさい感じられない。こういうところが京也の魅力なのだ。


「とにかく、みんな、この新聞を見てよ。どうせコウと櫻子は今朝のニュースなんか見てないでしょ」

 

 アリスは部室の真ん中にどんと置いてある長机の上に、手に持っていた新聞をぱっと広げた。


「あのな、オレだってニュースぐらいは見るぞ。スポーツニュース専門だけど……」


 コウが不満そうにつぶやいた。


「あんたね、たまには教養のあるニュースぐらい見たらどうなの?」


 櫻子がすかさずコウに容赦ないツッコミを入れる。


「なんだよ。そう言う櫻子はどうなんだよ? ちゃんと教養のあるニュースを見てるのか?」


「当然じゃない。あたしたちはもう立派な高校生なのよ。遊んでばかりいた中学時代とは違うんだから。毎朝のニュースをチェックするのは当たり前よ! あたしなんて、ちゃんと習慣になっているぐらいだし」


「それじゃ聞くけど、今朝の大きなニュースは何があったか、教養の足りないオレに教えてくれよ」


「えっ? それは……その……つまり……」


 途端に口ごもる櫻子。


「その、なんだって?」


 形勢逆転と見て取るや、撃って出るコウ。


 まさに一触即発の状態か、というと、実はそいうわけではなかった。この二人の口ゲンカは毎度のことなのだ。犬猿の仲という言葉があるが、二人は差し詰め『犬猫の仲』といったところだろうか。

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