プロローグ2

夜の目撃者

 なんなのよ、あいつ? いったい何者なのよ!



 鈴原美佐すずはらみさはたった今自分の目で見た光景を疑った。



 黒い人影に喉元を咬み付かれている少女の姿!



 その光景を見た瞬間、美佐は走り出していた。逃げようとする意思よりも先に、気付いたら両足が動き出していたのだ。



 あれは……あたしの見間違いよ……。そう、見間違えただけよ……。



 走りながら何度もそう自分に対して言い聞かせた。しかし、さきほど見た光景が鮮明に目蓋の裏に蘇ってきては、その度に言い知れぬ恐怖で体に震えが走り抜けていく。


 

 ひょっとして、『アイツ』が『あの事件』の犯人なの?


 

 美佐は今、沼津市内を騒がしている一連の怪奇な事件──通称『吸血鬼事件』のことを思い出した。



 もしも『アイツ』が犯人だとしたら……これって凄くヤバいんじゃない? だってあたし、犯人を見ちゃったんだから! さっきの『アイツ』は間違いなく『吸血鬼』よ! だって口に牙があるなんて、人間ではありえないから!



 そのとき、頭の中を乱れ飛んでいた思考が、あるひとつの疑問に思い当たった。



 あたし、『アイツ』に顔を見られていないよね……? 



 だ、だ、大丈夫よ……。だって周りはすごく暗かったかし……。でも、もしも『アイツ』に顔を見られていたら……?



『顔を見られた以上は、このまま生かしておくわけにはいかない。悪いが死んでもらう』


 

 美佐の脳裏に、サスペンス映画によくある悪役のセリフが思い浮かんだ。



 もしかしたら、これってマジでヤバい状況かも……。どうしたらいいの? あたし、『吸血鬼』なんかに絶対に咬まれたくないからねっ!



 美佐はひとりでは背負いきれないほどの恐怖と不安を胸に抱えながら、闇の中をただ家へと急ぐしかなかった。

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