Lux.4 不思議な少年

「初めまして。僕はクエラ。実は星を探してここまでやってきました。でも、僕一人ではとてもみつけられるようなものではなくて。そんなとき、この素敵な天文台がみえたので、もしかしたらと思って」


 天体観測希望者だろうか。確かにこの辺りは山のおかげで街の光も届かず、夜は目いっぱいの星空を一望することができる。そしてここの望遠鏡を使えば、ほぼ確実にお目当ての星を見つけることができるだろう。


 けれどあいにく、それは国立天文台NAOJの役割だ。


「星が好きなの? できれば力になってあげたいところだけど……けど、ごめんね。施設見学や観測体験は、ウチではやってないの」


「少しでいいんです。話を聞いてもらえませんか? この星紋の星を探しているんです」


 そう言ってクエラが差し出した手のひらの上で、虹色の霧のようなものが漂っている。


「この星紋に見覚えはありませんか?」淡く光る定規のような虹を手のひらに浮かべたまま、首を傾げるクエラ。


 星紋観測士の彼女は、自分は一体なにを見ているのだろうと目を擦(こす)り、改めてまたその虹色の光の筋をみつめた。


 彼の手にあるそれは、恐らくスペクトルだ。わずかに透過したホログラム状の光の筋――しかし、それをこんな風に手のひらに投影する技術など聞いたことがない。信じられない光景ではあったが、何度も目を擦ってもスペクトルはクエラの手のひらでほんのり発光を続けている。


 もしかしたら、これは夢なのかもしれない。普通にしていたら夜は眠れないくせに、星の観測をしていると簡単に寝落ちてしまうのだ。


(目を覚ますんだ、私――)


 けれど、男の子に気付かれないようさりげなく腰あたりをギュッとつねってみても、どうやら目は覚めそうにない。


「……やっぱりダメですか?」クエラが心配そうに言う。


「ここじゃなくて、国立天文台に行ってみたら? あそこの職員さんたちはみんな親切だから……」


「あちこち行きましたけど、どこもダメでした」


 NAOJは日本各地に点在している。〝あちこち〟ということは、この少年はここまでに相当な冒険をしてきたことになる。きっとすでに散々たらい回しにされてきているのだろう――そう思うと彼女の心は揺らいだ。なんというか、自分の不親切さに失望したのだ。確かにNAOJはこんなことには取り合わない。それをわかっていながら、自分はたらい回しに加担しようとしていた。


「この星紋は?」ささやかな罪滅ぼしも兼ねて、彼女はそう聞いた。


「大切な星紋です」とクエラが答える。一語一語、丁寧な口調だった。「星になって離れ離れになってしまった、僕の恋人の星紋です」

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