第6話 竜神の手がかりを探して

 竜神の孫ドランが家に来てからしばらく経ったある日の休日。瑠希は自分の暮らしている神社の裏にある山道を歩いていた。


「なんでせっかくの休日の朝にあたしがこんな事を……」


 細い土の道を登りながらつい愚痴が出てしまう。いつもなら休日の朝は家でのんびりと過ごす時間だ。それなのに今朝は早くから山を歩いている。

 瑠希はどちらかというとインドアな方だ。子供の頃は近所の友達と一緒にこの山をよく駆けまわっていたものだが、そんなのはとうに過ぎ去った昔の話。

 時代の流れと体の成長は瑠希をすっかりと今時の面倒な遊びをするぐらいなら一人で部屋にこもって気楽にスマホでも見ていた方が楽しい若者にしていた。


「中学生にもなってこの道はきついなあ」


 年を考えてそう愚痴りながらもここを訪れたのには理由があった。


「最初にドランを見つけたのってあの辺りだったよね」


 子供の頃に初めて会ったあの場所に行ってみようと思いついたのだから。今の瑠希はドランの事を何も知らない。

 知らないのでは今の状況を判断するには材料が足りなさすぎる。

 それで初めて会ったあの場所から辿れば何か彼の手がかりが見つかるのではと考えたのだった。


「本人に聞けば教えてくれるかもしれないけど、あんまりみんなを調子に乗らせたくもないしね」


 何しろ家の者はみんなドランの味方。

 結婚するつもりのない瑠希としてはなるべく彼に借りを作りたくはないし、父と母に竜神に関心を持っている子だと思われたくもない。

 出来る事ならば誰にも気づかれないうちに自分だけで情報を集めておきたかった。

 みんなは日曜の朝から子供向けのテレビを見ていたので追いかけてくることはなかった。今のうちだった。


「まったく、スマホに情報が載っていればこんなリアルで足を使う必要なんて無いのに」


 瑠希の持っているスマホでは調べても出てくるのは昔の竜神の事だけで、その孫のドランの事までは載っていなかった。

 なんでもこの山では昔竜神が暴れ回って様々な災害を起こしていたという。瑠希の暮らしている神社はそんな竜神の怒りを鎮める為に建てられたらしい。

 自分の家の事だがそうした歴史にあまり興味を持たなかった瑠希の知識は乏しかった。


「スマホの力を過信するのもよくないんだろうけどさ。疲れるのはもう止めにしたい」


 そうこう考えている間に目的の場所が見えてきた。小学生だった頃に山の上の方でみんなで集まった開けた場所。訪れたのは久しぶりだが見覚えのある景色だ。


「確かみんなで集まったのがあそこで、あっちに歩いていったのよね。子供の頃のあたし、めっちゃ元気よね」


 幼いの頃の思い出はなんとなく場所を感じさせてくれる。瑠希は自分の感じるままに歩く方向を決めて足を進める。

 そして、草むらをかき分けて何かを発見した。土の地面の上に倒れた何かが。


「誰!? 何!? っていうかやっぱり何?」


 今度見つけたのはツチノコではなかったが。まさか何かがいるとは思わなくて、いきなりの事だったので少し思考が混乱した。

 田舎の山に落ちているようなゴミ切れとかではない綺麗な布だ。

 天女のようなふんわりした衣装を着た何者かが倒れているのかと思った。こんなのありえないと戸惑っている間に瑠希の上げた声で気づかれてそれは獣のように素早く顔を上げて来た。


「!?」


 一瞬言葉を飲み込んでしまったが、相手が同じ年頃ぐらいの女の子だったので少し安心した。

 山の草むらの中で演劇の稽古でもしていたのだろうか。それもおかしな話だがそうとしか納得できない。

 相手は戸惑う瑠希に全く物おじせずに立ちあがるとずけずけと話しかけてきた。


「あなたこそ誰ですの?」

「えっと……」


 身なりが立派だし綺麗な女の子だと思った。都会から来たのだろうか、雰囲気が瑠希の知っている芋臭い学校の同級生達とは違うと言っては友達に怒られるだろうか。

 さっきまでここの地面に伏せていたので少し土で汚れてはいたが。

 瑠希は知らない人に名前を言っていいか迷ったが、どうせこの場限りの関係なのだし、少しでも自分の欲しい情報を得ようと答える事にした。

 なにせ瑠希がツチノコだと思ってドランを見つけたのがちょうど今彼女の立っている場所なのだ。他にここを避けて目指す場所もなかった。


「あたしは瀧島瑠希です」

「瀧島瑠希……聞いたことがありませんわね」

「そりゃそうでしょうね」


 瑠希は別に有名人でもクラスの人気者でもないのだから。彼女の反応は普通だろう。だが、その口が続けた名前は知っていた。


「それよりあなた、ドラン様を知りませんか? こちらの世界に来てここまでは辿れたのですけど、この先がよく分からないのですよね。草多すぎ」

「ドランなら家に」


 瑠希が言いかけた時だった。彼女の目の色が変わった。素早く間合いを詰めてきて瑠希の両手を取ってきた。


「家に? あなたの家にいるんですの!? あなたの家になぜドラン様が!?」

「あたしの家は竜神様を祀る神社なんです」


 至近距離からの眼光に気圧されながら手短に説明した。だいたいはネットにも載っている知識だ。彼女は納得したようだった。


「神社! それは盲点でしたわ!」


 何か余計な事まで喋った気がするが、瞳を煌めかせてグイグイ来られては瑠希に拒む事は出来なかった。取った両手をぶんぶん振って訴えられる。


「では、その神社に向かいましょう。瑠希さん、あなたにドラン様の元まで案内する事を命じますわ」

「でも、知らない人を家に連れていくわけには……」


 瑠希の精一杯の抵抗。ドラン一人でも持て余しているのに、さらに面倒が増えそうな用件を神社に持ちこみたくはなかった。

 休日は一人でゆっくりと過ごしたいのだ。一人で来て一人で帰ってゆっくり過ごそうと思っていたのに。

 相手は瑠希の拒絶を平然と乗り超えてきた。


「知らないなんて遅れていますのね。わたくしはドレミ、竜王家の一族に連なる高貴な身分の者ですわ」

「へえ、竜王」


 竜神よりも格下。瑠希が思ったのはそんな事だった。だが、続く言葉には驚いた。


「ドラン様とは将来を誓い合った婚約者なのですわ」

「え!? 婚約?」


 驚きすぎて声が詰まってしまった。するとあの男は婚約者がいるのに自分に告白してきたということだろうか。神だから何をしてもいいと? 瑠希の中にふつふつとした言いしれない怒りが湧いてきた。

 ドレミの態度は堂々と自信に満ちていて嘘をついている風には見られない。瑠希は彼女の手を今度は自分から強く握って引っ張った。


「うちの神社はこっちです。ついてきてください」

「ありがとう、人間。って、そんなに急がなくても。キャー、枝が頭にー!」


 ドランに事情を説明してもらおうと。

 瑠希にとっては最近は歩いていなかったが、昔は何度も遊んだ山道だ。来る時は不慣れだったが帰りはすっかり感覚を思いだして楽に下山できていた。

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