第3話 やってきた少年
キーンコーンカーンコーン
今日の授業もつつがなく終わった。毎日同じ事を繰り返すのは退屈と言えるが、面倒事が起きないのは良い事だとも言える。今日も無事に帰れる。
瑠希が鞄に荷物を入れて立ち上がると、横から萌が両手を合わせて謝ってきた。
「ごめん、るっきー。たくやんと約束しちゃった。今日は一緒に帰れないの」
「いいよ、別に。家にぐらい一人で帰れるから」
「今度埋め合わせするからね」
「期待しとく」
幼い子供じゃあるまいし、無理して一緒に帰ることはないと思う。学校を出ていつもの通学路を歩いていく。
何となく道に落ちていた小石を蹴る。
「あんたがあたしの友達だ。一緒に帰ろう」
そう誓った友達は道端の用水路の中に飛び込んでいった。
「さようなら、あたしの友達。あんたとはここまでだね。はあ、何やってるんだか」
くだらない遊びにも飽きてスマホを見ながら歩いていく。
山の中腹にある神社。かつてこの町では竜神が暴れていて、その怒りを鎮めるために建てられたそうだけど、そんな時代の事は瑠希は知らない。
自分の暮らしている身近な場所がネットに載っているのは不思議な気分だ。
別に自慢できることじゃない。何も立派な事はない古いだけの神社だ。毎日石段を昇り降りするわずらわしさの方が勝っている。
「神社の神主だからって、こんなへんぴな場所に家を建てなくてもいいのに」
疲れるうえにめんどくさい。こんな場所には誰も来ない。幼い頃の自分達はよく山や神社で遊んでいたが、今時の子供達は発展した町の方へ行くようだ。
今日も誰も来ないだろうと思っていたが、階段を昇りきった境内に一人の少年がいた。
同い年ぐらいの赤毛の少年で見た事の無い人だった。何となく物珍しさに見ていると振り返って目が合った。
神社の者として軽く頭を下げると、彼はとても嬉しそうな笑顔になった。
「おお、帰ってきたか、瑠希。お前に会いたいと願っていたぞ」
「はい、あたしは瑠希ですけど何か御用ですか?」
知らない人に名前を呼ばれても瑠希の頭にはクエスチョンマークしか浮かばない。神社の関係者だろうか。親の知り合いなら下手な態度を見せるわけにはいかないだろう。
後で礼儀を知らない子供だとは言われたくない。だが、人付き合いの苦手な瑠希に出来る事は少ない。
対応を考えていると彼はさらに衝撃の言葉を口にした。
「お前を嫁にしに来た。今日からは俺と一緒に暮らすぞ」
「え? ええーーーー?」
瑠希には何も分からない。拓哉みたいに頭が良かったり、萌みたいにコミュ力があれば何とか出来たかもしれないが、瑠希には何も無かったのでただ混乱するしかなかった。
「そういうことは父と母に言ってください」
そして、結局は親を頼る事にしたのだった。
いきなり嫁とか何を考えているのだろうかこの人は。いいなずけがいるなんて聞いたことがない。
漫画では見た事のある設定だが、これは現実なのだから何かの間違いであろう。親に話せばはっきりするはずだ。
「お前の両親にはもう挨拶は済ませたのだがなあ。瑠希には驚かせたくて黙っていたのだ」
そんなわけの分からない事を言う少年だったが追い返す上手い口も見つからず、瑠希は彼を家に上げて両親を待った。
リビングに二人きりの静かな時間が流れていく。瑠希はスマホを見ながら時折彼の方を気にしたが、目が合う度に微笑まれて気まずくなって目線を下ろしてしまう。
早く両親が帰ってきてこのわけの分からない状況に終止符を打って欲しかった。
その願いが通じたのか両親は思ったよりも早く、いつもより早い時間に帰ってきた。
そして、二人は少年の前で平身低頭、頭を下げた。
「これは竜神様。帰りが遅くなって申し訳ありません」
「よいのだ。俺もいきなり来るってテレパシーで伝えたのだからな」
「こら、瑠希。何をボケッとしてるの。竜神様を迎える準備をなさい」
「ええーー!?」
瑠希はわけも分からず立ち尽くすことしか出来ない。両親から竜神だと呼ばれた少年はソファに座ったまま笑って言った。
「瑠希はいいのだ。今日から俺の嫁になるのだからな」
「結婚式はいつになさいましょう。竜神様との祝いですから盛大にしなければなりませんな」
「でも、瑠希でいいんですか? 自慢ではありませんけど、この子は何も出来ませんよ」
「いいのだ、俺が嫁にすると決めたのだからな」
「勝手に決めないでyoーーー!」
瑠希はやっと口を挟めた。いきなりだったのでつい口がラップのように上滑りしてしまった。
みんなが驚いて少女を見る。瑠希は注目を集めている事に口をもごもごとさせながらも、言うべき事は言うしかないと諦めた。
思いきると思ったよりはっきりと言えた。
「知らない人と結婚なんてありえないでしょーーー!」
「いや、俺はお前の事を知っているぞ。お前も俺を知っているはずだ」
「え……?」
だが、思い当たる事がない。考えていると少年は昔を懐かしむように言った。
「まあ、あれから何年も経っているからな。だが、俺は忘れてはいないぞ。あの時、俺を手当てしてくれたお前の優しさをな」
そう言って少年が見せた手に巻かれた布は瑠希も知っているものだった。子供の頃に山で見つけた動物に巻いた。
「あの時のツチノ……」
「覚えていてくれたのか!」
「おめでとう」
「おめでとう」
すかさず拍手する両親。照れくさそうに喜ぶ少年。竜神なら動物から人にぐらいは変化するだろう。
瑠希は神社に暮らす娘としてだいたいの事情を理解するが、別に喜べる事ではなかった。
だって、人が神に捧げられるなんて、そんなの人身御供と変わらないじゃないか。中学生には早すぎる。
毎日退屈な生活ではあったが別に世界がひっくり返るような刺激は求めていない。
だが、断る言葉が思いつかなくて状況に流されるしかなかったのだった。
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