IFストーリー【ジルバーノ・レザ=ラティフィ】
もしも主人公が鳥籠から救い出されず、
監禁生活が続いてた場合の話。
シャヌが密告せずに、屋敷で主人公の世話係続行中。
第9話「悪夢」の数か月後くらいのイメージ。
停滞していた割に短めです…。
***************
ジルバーノが朝晩はもちろんの事、頻繁に来るようになった。
見たくもない男の顔を長時間見るなど拷問の様ではないか。
目の前に差し出された装飾過多の1㎝程の厚みの本。それを開くと絵と文字らしきものが書かれていた。
この男は何をしたいのか絵を指さしながら何か一言ずつ喋る。
どうやら言葉を教えているらしい、というのはしばらく経ってから気づいた。
言葉を覚えさせる為の子供向けの本らしい。
男の発音を真似して声を出さなければ、指を無理やり口に入れられ舌を掴まれた。
どうしても私に喋らせたいらしい。
そのまま指を食いちぎってやろうかと思った事が何度もある。
しかし、気付いたのだ。言葉を覚えた方が、逃げられた時の為に役に立つと。
「ジルバーノ・レザ=ラティフィ」
ただ、一番初めに何度も言わされたのが男のフルネームだというのは非常に気に食わなかった。
顔を顰めながら音を紡ぐと、ジルバーノはうっとりと頬を染め笑みを浮かべた。
絵本が一冊、二冊、三冊…と積み重ねられていく。
少しずつ単語を覚え、一年ほど経った頃には身振り手振りを交えればなんとか通じるようになったように思う。長い道のりであった。
「お菓子、ほしい」
単語を並べるだけだが、意思の疎通は出来る。
「はい。少々お待ちくださいね」
シャヌはゆっくり喋ってくれるので、単語は何とか聞き取れている。
何を言っているのか分からない場合は、その人間の前後の行動を観察し、推測してみた。
今の言葉も彼女が喋ってから、菓子を持って戻ってくる行動で″待っていろ"という意味だと解釈している。そして使用人という立場から、丁寧な言葉だと思い"少しお待ちください"とかそんな所だろうと当たりを付けたわけである。
シャヌの持って来てくれた菓子を共に頬張りながら彼女の話す言葉を聞いた。
聞くことも勉強である。
「リツ、もっと食べますか?」
最初彼女は私に"様"を付けていた。それが嫌で、彼女が様を付ける度に首を横に振ったのは随分前の事である。そしてシャヌが折れて、他に誰も居ない時には呼び捨てをしてくれるようになったのだ。
言葉を少しずつ覚えるようになってから、ジルバーノが自身の名前以外の言葉を発する事が増えたように思う。喋りかけてくるので、仕方なしに相手をしてやっていた。
相手と云っても、理解できない事が多いのでただ頷いてやるだけだが。
そうしているうちに、この男との関係も少しずつだが改善してきているかもしれない。
そう思ったのは、首を絞められる頻度が減ったからだ。
誰かがペットの飼い方でも教えてやったのかもしれない。居るかどうかも分からないその誰かに感謝する。暴力を振るう飼い主ほど恐ろしいものはない。
最もきちんと人間として生活したいのだが、それは望めそうにない。
「リツ」
何時からか私の名をよく呼ぶようになった。
なので返事をしてやる。
「はい」
猫が主人の呼びかけに答えるように。ただそれだけのやり取り。
それでもジルバーノは満足そうにねっとりと笑みを浮かべる。
最近ではこの気持ち悪い笑みも見慣れ、普通の微笑みに見えるようになってきたのだから、私の頭は相当イカれ始めたに違いない。このまま首を絞めない優しい飼い主になって頂きたいものである。
しかしそう上手い事いかないのが世の常である。
残念な事に、首を絞め私が涙する様子を見るのが好きらしい変態は、頻度が減っただけでやはり絞める時は絞めてくる。
「やだ…」
微かに漏れる声にジルバーノがうっとりと頬を染める。
まさか首を絞めている最中に喋らせたい為に、言葉を教え込んだのだろうか。
だとしたら筋金入りの変態だ。意識が朦朧とする中、そんな事を思った。
「散歩?」
初めて鳥籠の外に出してくれるという。
云われた言葉を一瞬理解できず、首を傾げた。
「来たまえ」
首に枷を付けられ、ジルバーノに手首を掴まれる。
痛くはないが強めの力で掴まれている為、振りほどくことはできなかった。
日差しがたっぷりと注がれる中庭に二人で出る。
室内にいる時よりも遥かに明るい光に、目を細める。久しぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
離れた位置に脱走防止の為の使用人たちが数人いるのが見えた。
「たまには外の日を浴びせないと病気になると聞いたのだよ」
ジルバーノの大きな手が頬をするりと撫でた。
この男も意外な事とゆっくりと喋ってくれるので何となく意味は理解できる。
「そう」
一応健康状態は気にしているらしい。
中庭の花に顔を近づける。くんと嗅いだ香りは甘く優しい気持ちになった。
男の視線を感じ、そちらを向く。
「なに?」
そこには、いつものねっとりとした笑いでは無く殊の外優しい笑みが浮かんでいたのだ。
動揺した。胸がざわざわとかき混ぜられたような心地だ。
「庭が気に入ったのかね。ではまた、出してやろう」
何かが変わり始めている、そんな気がした。
空を見上げればどこまでも続く青が広がっている。
いつの間にか逃げようともしなくなった自分は、どうしようもない阿呆なのだろう。
こんな生活も悪くはない、なんて考えてふっと笑みを浮かべた。
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