第33話 芽生える

 何てことのない日々が過ぎていった。パルマの絵はアラムの手によって居間の壁に貼られた。

絵を見た二人に延々とこれでもかと褒め称えられ、非常に照れてしまったのは記憶に新しい。

身内フィルターがかかっていたのかもしれないが。

個性は無いが絵は上手い、絵画の先生の言葉が蘇る。

あれはあれで褒めてくれていたのだろうか。終ぞ個性は手に入らなかったが。

外をちらりと見て伸びをする。

カフワの窓から見える空は今日も青く澄み渡っている。

カチャカチャと小さな音を立てて客が去った後の食器を片付けていく。

皿の下に小さな紙が挟まっているのを発見した。

裏面には知らない文字が躍っている。何だろうと首を傾げる。

「何のメモだろ?」

後ろから手が伸びてきて紙を掻っ攫われた。

ジーンがぴらりと紙を振りながら苦笑する。

「ほらほら、早く片付けないと。次のお客さん待ってるよー」

そのままジーンは踵を返し厨房の方へ向かった。

慌てて食器を持ち上げてテーブルを拭き上げ、客を案内すべく準備した。

サージェはとんでもなく忙しいらしく、店に来る頻度がぐっと減った。

彼がいつも座る席に視線を向ける。ぽっかりと心に穴が開いたように寂しかった。

 営業禁止の日まであと2日。やはりパレードと関係があったようで、ちょうど祭りのある日と重なっていた。アブダッドは連合会に相談し、一階のオープンテラス部分で手土産用の紅茶と焼き菓子を売る許可を得たらしい。粘りに粘ったと言っていた。一階が使用可能だったら、二階を使わなければ良いだけではと思ったがそうもいかないらしい。

ジャマールが焼き菓子を一種類作り、輸入菓子も二種類用意する。菓子の袋詰めなどは他の三人で行う予定だ。

当日の店番はアブダッド一人でも問題ないとの事だったので、従業員は予定通り休日扱いである。

せっかくならパルマと一緒に祭りに行けば良かったのに、と思ったがこれは私が言う事でもないだろう。

「リツ、ちょっと買い物頼まれてくれないか?」

「何を買うのでしょう?」

アブダッドから包装用の包みなどを買うように頼まれ、少しの間店を離れる事になった。

すぐ近くだからと、従業員の制服のまま外へ出かける。

休日以外で昼間に外出するのは久しぶりである。

アブダッドに教えられた店への道順を確認しながら進む。念のため地図も書いてもらったので安心だ。

予算以外は特に決められず、好きな柄を買って来いと言われている。

「この店かな?」

箱や袋などを売っている雑貨店の前に立つ。地図を確認し間違いないと頷く。

綺麗に整頓された商品を一つ一つ見ていく。

ビニール製の袋は無いものの、紙でできた小袋や箱など種類は豊富だ。

カラフルな店内は見ているだけでも楽しい。

模様はやはりアラベスク文様が多いようだ。目移りしてしまう。色々考えてから青系、赤系、黄系とそれぞれ気になった柄を選ぶ。三色共防水の魔法が掛けられているらしく菓子にはぴったりだと思う。

紅茶用の麻袋と何色かリボンも購入した。

手提げの紙袋は存在しない。街中で見かける袋といえば麻袋や持ち手のない紙袋だ。

紙と糊さえあれば自分でも作れるので今度アブダッドに提案してみるのも良いかもしれない。

「ありがとうございました」

店員に見送られ、店を出る。

思ったよりも時間をかけすぎてしまった。店の混み具合を思い浮かべ足早にカフワへと向かった。

案の定カフワの前に客が数人並んでいた。

失礼、と言いながら扉を開ける。こういった時に従業員用の裏口があると便利なのだが。

「リツ、戻ったか!」

「お待たせしました」

購入した物を厨房の端に置き、まだ回収しきれていない皿等を片付けに向かった。

慌ただしく厨房と客との間を行き来する。

客の話題は専ら祭りの事だ。特に貴族らしき女性の会話を聞いていると行進ルートが分かった。

スタート地点は北側の大通りから始まり、西へ向かいUターンしてから東、そして最終的には宮殿へ向かうらしい。どの位置が良く見えそうだと予想する様子は楽し気だ。

ジーンが興味深げにその会話に混じっており、誰かと一緒に祭りに行くための下調べのように見えてならない。仕事しろ、という視線を投げかけ厨房へ向かう。

ジャマールがせっせと料理を作り、カウンターに完成した料理を乗せていく。

「今日の帰りまでに日持ちする焼き菓子を作って、明日も少し早めに来て色々やる予定らしいよ」

「私も手伝うので、何かできることがあったら、言ってください」

「ありがとうね、果物切るの手伝ってもらおうかな」

忙しい筈なのにどこかワクワクとした様子のジャマール。祭りに向け客も私たちも心が浮足立っているようだ。私の場合は久々にサージェに会える事に喜んでいるのかもしれないが。

「これ5番テーブルね」

「了解です」

両手に料理を持ち再び客の中へと向かって行った。

 閉店後、菓子を袋詰めする作業を全員で黙々とこなす。

紙袋では中身が見えない為、菓子の種類別に袋の色を変える。ジャマールが作った菓子と輸入菓子二種類。青系の袋にはピンクのリボン、赤系の袋には緑のリボン、黄系の袋には茶色いリボンを結んでみた。

並べると結構写真映えすると思うのだが、如何せんカメラが存在しなかった。残念。

中の菓子が見えずに、どんな菓子か客からは少々分かりにくい。帰ったら試しに菓子の絵でも描いてみようかと思いつく。じっと全種類の菓子を観察する。毎日運んでいる菓子もあるので描けそうな気がする。

本当に描けるか分からないので、今は言わずに明日持ってこよう。採用されたらされたで、駄目だったらまた持って帰れば良い。

今日は下書きだけして、明日の朝早く起きて色付けをしようとこっそりと決めた。

作られた菓子を全部詰め終わりほっと息をつく。

思ったよりも早く終わった。

袋詰めしたものを全部大きめの箱に並べ入れ、厨房の端に寄せる。

「皆お疲れさん、明日も頼む」

アブダッドが満足げに微笑み、今日は解散となった。

明日はフルーツティーの袋詰めだ。

ジーンと雑談しながら藍色の空の下を歩く。

「明日もするって言ってたから早めに行かないとねー」

「朝から行くんでしょうかね?」

「いやー、早すぎても鍵開いてないかもよ」

時計があったら便利なのだが、無いものは仕方ない。

「時間が分かったら良いのに…」

私の呟きにジーンは面白そうな表情を浮かべる。

「どういう風に?」

「数値化するとか…あー…なんて」

時計はこの世界に無い物だった。うっかり答えかけ、誤魔化すように笑みを浮かべる。

時間を可視化した物、それがあれば今までの生活が変わるであろう。

「斬新な考えだね、面白そう」

「…明日、とにかく早起きしないとですね」

むりやり話題を捻じ曲げて笑う。

ジーンは何か言いかけて、口を噤んだ。




 ふっと目が覚め、ぼんやりと天井を見つめる。そうだ、起きて色を塗らなければ。

むくりと起き上がりまだ薄暗い外を眺める。時間はたっぷりとありそうである。

顔を洗い終え、音を立てないように静かに画材を持ち運ぶ。

先に身支度をしておいた方が良いだろうと思い、髪もとかして結っておいた。

部屋の中で一番明るい場所に腰を下ろし、昨日下書きした絵を見て頷く。あとは色を塗るだけである。

目を閉じ、菓子の色を思い浮かべる。

筆を握りしめ無心で色を乗せていった。三種類の菓子が徐々に色づいてくる。

菓子は半分に切られた状態の物を描いてある。中の果実ペーストの瑞々しさも表現していく。

なんとか全て色付けを終え、満足げにため息をつく。

「おはよう、リツ」

パルマの声ではっと顔を上げた。もう皆が起きる時間なのか。

部屋の中はいつの間にか明るくなっており、パルマが微笑みながら立っていた。

「おはようパルマ」

「絵を描いていたのね、あら美味しそう!」

彼女は床に広げてあった完成したうちの一枚を手に取り微笑む。

「店で使って貰えるかなって…頼まれては無いけど」

「凄く上手だわ、今にも食べられそうだもの。きっと飾って貰えるわ」

褒められ、気持ちがふんわり温かくなる。

「ありがとう」

 絵をそっと持ち、そわそわしながらカフワへ向かう。

パルマの言葉に少しだけ自信を持ったが、やはり余計な事をしただろうかと心配になる。

やはり見せるのは止めようか…うじうじと悩んでいたら、カフワの前へ着いてしまっていた。

ごくりと唾を飲み込み、そっと扉を開ける。

「おはようございます」

アブダッドとジャマールが厨房から振り返りニッと笑う。

「おはようリツ」

「早いな、今日も頼むぞ」

取り合えず更衣室で着替え、絵をもう一度見つめる。

「せっかく描いたのだし…とりあえず見せるだけ」

深呼吸をし、厨房へ向かった。

「店長、明日販売する、お菓子の事なんですが…」

「なんだ…?」

首を傾げるアブダッドにゆっくりと絵を広げ見せる。

彼の目が大きく見開かれ、絵をそっと手に取った。

無言に耐えられず、もごもごと続ける。

「袋の中が見えなかったので、描いてみたのですが…」

「えっと、必要なかったら…使わなくても、」

大丈夫ですと続けようとした言葉はアブダッドの大きな声にかき消された。

びくりと肩が震え緊張で固まる。

「お前が描いたのか!とんでもない才能持ってるな!」

アブダッドの表情が驚きから笑顔へ変わる瞬間を見た。

「目の前にあるようじゃねぇか!」

「本当だねえ、凄いよリツ!本物みたいで美味しそうだ!」

ジャマールもアブダッドの後ろから顔を出し、目を輝かせた。

二人とも本心から言ってくれている様子である。

「気に入って頂けた、という事で?」

恐る恐る尋ねると、ばしばしと肩を叩かれた。

「当たり前だ!是非飾らせてくれ」

言われた言葉を噛みしめ、徐々に口元に笑みが浮かぶ。

アブダッドは商売に関して厳しい、そんな彼が良いと言ってくれたのだ。

じわじわと喜びが心の奥から滲み出る。

「ありがとうございます!」

認められたことがあまりに嬉しく、私は満面の笑みを浮かべこっそり泣いた。

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