第6話 闇魔法使い
王城に呼ばれたからには何か大事な話があるのだろうか。
シルビアは身支度をしながら考え込む。
鏡の前でぼうっとしながら胸元のリボンを結んでは解いているのを見て、マオはやれやれとシルビアの肩に飛び乗った。
『おい、私も行くぞ』
「えっ?」
『なにかあった時、私がいればアドバイスくらいならできるだろう』
マオの言葉には直接手助けはできないけれど、という含みを感じる。
しかしシルビアはマオの気遣いが嬉しくて、マオを抱き抱えてお腹にぐりぐりと顔を押し付けた。
「ありがとう、マオ! マオがいれば心強いわ!」
『やめろ! ほら、そろそろ時間なんじゃないのか』
シルビアはそう言われて時計を見ると、もう少しで待ち合わせの午後一時だった。
慌てて鞄を掴んで部屋を出る。
つい数日前までは貧しい領地で畑を耕していて、王城なんておとぎ話かというくらい遠い世界の話だったのに、いまそこへ向かおうとしている。
魔法も使えるようになって、学園に通えて、王城へも行けるだなんて、過去の自分に言っても信じないだろう。
軽やかに階段を駆け下りると、もう寮のロビーでジェイスとカイデンが待っていた。
二人も普段着のようで、動きやすそうな格好をしている。シルビアは、ブラウスにリボン、スカートにブーツで大丈夫だろうかと不安だったけれど、二人の身なりと釣り合えそうで安心した。
「お待たせしました」
「いいえ、時間通りですよ」
「じゃあ早速だけど行くか」
カイデンに促されて外に出ると、寮の入口に白馬が繋がれた豪勢な馬車が停まっていた。
「え……っと、これに乗るの?」
「ヴェイドが用意したんですよ」
「これでも地味な方なんだぜ」
二人の口ぶりからも、この馬車は少し大袈裟だと伺える。
それでもわざわざ用意してくれた馬車を無視することはできないので、三人はしぶしぶ乗り込んだ。
寮から王城までは馬車で大体十分ほどだそうだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「ヴェイドに緊張するだけ無駄だぞ」
「王城見学だと思って気軽にどうぞ」
シルビアが緊張して硬くなってしまっていたことに気づいたジェイスとカイデンが、くすくすと笑いながら緊張を解そうとしてくれる。
シルビアは大きく深呼吸をして、ありがとうと礼を述べ窓から外を見た。
徐々に王城が近くなっていく。
あそこに行くのだと再び気合を入れ直した。
「さぁ、気負わず楽にしてくれ」
「……はい」
王城の片隅にある、とても綺麗な薔薇園の中にあるサロンでシルビアはなぜかヴェイドとジェイスとカイデンの四人で机を囲んでお茶会をしていた。
(気負わずに、なんて無理よ!)
あのあと王城に着いた途端メイドに案内されて、あれよあれよとここまで連れてこられた。
二人は慣れているのか、そのまま座りだす。
シルビアも二人に習って座ると、城の中から正装を着たヴェイドが現れた。
「やあ、ようこそシルビア嬢」
「えっ、あ、ご招待ありがとうございます、ヴェイド王太子殿下」
シルビアはその場に立ち上がり、軽く礼をする。
「私たちは無視なようですよ」
「酷い扱いだな」
隣に座っていたジェイスとカイデンが耳元で囁いているそぶりをしているが丸聞こえである。
「お前たちもなかなか酷い扱いじゃないか?」
「ヴェイド王太子殿下が王太子たるものはその服装だけだと思っているもので」
こくこくと頷くカイデン。
この三人の会話だけ聞いていればただの学生の集まりだった。
(本当に仲がいいのね)
シルビアは着席を促されて、席へ座る。すると遠くで控えていたメイドが近寄ってきてお菓子やお茶を用意してくれてまた少し離れていく。
「シルビア嬢は学園には慣れましたか?」
「ええ、なんとか。まだ不慣れなことも多いですが、勉強は楽しいです」
「ヴェイド、聞きましたか? シルビアも貴方と同じで魔法を四属性すべて使えるそうですよ」
「すげぇよな、ジェイスですら三属性までなのにさ」
「ジェイス、カイデンやめて、大袈裟だわ」
突然褒められてシルビアは戸惑った。こっそり魔法を習得して領地へ帰るつもりなのに、そんなにすごいと言われると複雑な気持ちになる。
「シルビア嬢のその猫は使い魔なのですよね」
「はい、マオと言います」
マオをちらりと見ると、シルビアの側でまったりと丸くなりながら日向ぼっこをしている。
「使い魔を常に出している魔術師は珍しいんですよ。常に出していると疲れるので、いざという時に出す魔術師がほとんどです」
なるほどと思うと同時に、そんな使い魔の事情も知らずに常にマオといたことに、まだまだ勉強しなければと思う。
「マオは気合を入れて省エネでやっているのです!」
「おいシルビア、省エネはないだろう」
「まったくおかしな人ですね」
シルビアの省エネ宣言に、ジェイスとカイデンが大笑いする。
「ヴェイド王太子殿下の前で、そんなに笑わなくてもいいじゃない!」
シルビアが二人を睨みつけるがまったく笑いが止まらない。
そんな三人を静かに見ていたヴェイドが口を開く。
「三人は、その……なんだか仲がよいのですね?」
「ええ、シルビアには気さくに話してもらうようにお願いしました」
「あれはお願いというより脅しに近かったような気がするけれど」
「はは、違いない」
今度は脅しという発言に二人は笑い転げている。なにがそんなに面白いのかわからないシルビアは、二人を放っておいてお茶を飲む。
香りが豊かでとても美味しい。さすが王城で出る紅茶だ。
「シルビア嬢、ぜひ私のこともあの二人のように気さくに名前で呼んではもらえないか?」
「えっ⁉︎ いえ、そんな恐れ多い……!」
シルビアは驚きのあまり飲みかけの紅茶を吹き出すところだった。
まさか王太子ともあろう方からも名前で呼んでほしいと言われるなんて。
「そうか、あの二人はよくて私とは友達になれないと……」
あからさまにしょんぼりとして見せるヴェイドを見て、図書館でのジェイスを思い出す。
この二人は結構似たもの同士なのかもしれない。
「あ〜〜わかりました! ただし呼び捨ては学園内だけですよ!」
「いまここで一度だけでも呼んでくれないか? 明日まで待てない」
「ええ〜……どんなわがままなんですか」
「ほら、ほら」
王太子として領地で話していた時の印象とはまったく違う。いまのヴェイドはまるで普通の同い年の男性だ。
いつのまにかに笑い終わっていた二人は、紅茶を飲みながらニヤニヤとヴェイドとシルビアのやりとりを見ていた。
「みんな意地が悪いわ! ジェイスもカイデンも……ヴェイドも!」
そう言うとぐいっと残りの紅茶を飲み干した。
シルビアの様子を見ていた三人も満足げに紅茶を飲む。
「新しく一杯淹れさせよう。彼女の淹れる紅茶はメイド一美味しいんだ」
ヴェイドが手を挙げてメイドを呼ぶ。
ヴェイド直々に美味しいと言うのもわかるほど、先ほど淹れてもらった紅茶も美味しかった。
今回の紅茶はなんだろう。シルビアはわくわくしながらメイドを見る。
メイドはヴェイドの後ろで紅茶を準備していたが、ポットにナフキンを当ててこちらに近づいてきた。
そのメイドを見たマオが、シルビアに向かって叫ぶ。
『このメイド、ナイフを隠し持ってるぞ!』
マオの言葉はシルビアにしかわからない。シルビアもメイドを見るとナフキンの中がキラリと光った。
メイドはヴェイドのすぐ背後に立ち、素早い動きでナイフを振り上げる。
ヴェイドの向かいに座っていたジェイスとカイデンもメイドの異変に気づくが、もう遅い。
このままではヴェイドは刺されてしまう。
そう思ったらシルビアは心の底から叫んでいた。
「だめ……‼︎」
シルビアの瞳が紫色に変化する。メイドが振り下ろすナイフより早く、メイドの足元から黒い霧が溢れ出て、ヴェイドを守りながらメイドの手のナイフを吹き飛ばした。
メイドはチッ、と舌打ちをして素早く風魔法で空を飛んで逃げようとする。
『このままアイツを逃したら、お前が闇魔法使いだと広がるかもしれん!』
マオのアドバイスを聞いたシルビアは、とっさに黒い霧を飛ばしてメイドを縄で縛るようにして拘束した。
高いところからそのまま落ちないように、ゆっくりと地面へと下ろすと、メイドは気絶しているようだった。
ふと横を見ると、ジェイスとカイデンがヴェイドの前に守るように立って唖然とシルビアを見ていた。
咄嗟のことで闇魔法を隠すということをしなかった。
この三人には、ばっちりと闇魔法を使っているところを見られてしまったのだ。
「あの……お怪我はありませんか」
それでもまず怪我の有無を確かめた。闇魔法を咄嗟に使っても守れなかったのでは意味がない。
「ああ、私はなんともない」
ヴェイドが驚きつつも返事をしてくれた。
よかった、と思ったのも束の間、ヴェイドがジェイスとカイデンの肩を掴んで、二人の間から一歩シルビアへと近づいてくる。
「いまのは、間違いなければ闇魔法か……?」
せっかく友達になれたのに。
シルビアはそう思って口籠もる。
『直接見られてしまったのだ、ここで下手にごまかしたりすれば逆に怪しく見える』
そうマオが脚にすり寄りながらアドバイスをくれた。
シルビアも同じ考えだったので、重い口を開く。
「……つい最近、突然闇魔法が使えるようになったの。闇魔法使いだってばれないようにしていたけれど、決して悪いことに使うつもりなんてないわ!」
シルビアは素直な気持ちを伝えた。
それでも、領地で光る柱が現れた魔法を使ったことと、次期魔王だということ、マオが前魔王だということは黙っていた。
いまこの状況では信じてもらえないだろうと思ったからだ。
「確かに歴代闇魔法使いは悪事を働く奴が多かった。それでも私を暗殺しようとしたのがシルビアだったなら、いま助けはしなかったのではないか」
「ヴェイド、そんな都合のいい解釈をするな」
ヴェイドがシルビアにまた一歩近づきながら言うが、カイデンが肩を掴んで止める。
「あの時二人が気づいたのは私が刺される直前だった。絶対間に合わなかっただろう。放っておけば私は死んでいたかもしれないのに助ける意味はあるのか」
「しかし、助けて貴方を懐柔するつもりだった可能性もあります」
シルビアは三人の会話を聞いているだけだ。自分から言いたいことはもうすべて伝えた。
それを聞いたこの人たちが、どう思うのか。
それを待っていた。
まるで処刑される罪人のように。
「確かにそういう手段も考えられるかもしれない。でも、シルビアはそんなことはしない」
ヴェイドはまっすぐにシルビアの瞳を見て言い切った。
自分は危害を与えるつもりはまったくないと思いながら、シルビアもヴェイドの瞳をまっすぐに見つめる。
「うん、彼女の瞳がそう言っている」
ヴェイドはそう断言してシルビアの手を握ってお礼を言った。
「ありがとう、君は命の恩人だ。シルビアは闇魔法使いだと隠したいんだよね?」
「はい、いらぬ誤解を与えたくありませんので」
「わかった」
ヴェイドはそういうとカイデンとジェイスを振り向いて、二人の友達のヴェイドではなく、王太子のヴェイドとして支持をする。
「この暗殺者を捕らえたのは二人ということにして連れて行き、首謀者が誰か吐かせろ」
「はい、王太子殿下の意のままに」
二人は片膝をついて騎士の礼をする。ジェイスが拘束を変わるというので、闇魔法の拘束を解きジェイスが風魔法で拘束をしなおす。
二人は気絶しているメイドを城内へ連れて行った。
二人が見えなくなった頃、ヴェイドが振り向いてシルビアの手を取る。
「改めて礼を言う。君が咄嗟に動いてくれなかったら、私は死んでいたかもしれない」
そう言ってヴェイドはシルビアの手の甲にキスをした。
家族ではない男性にこんなことをされたのが初めてだったシルビアは、驚きと恥ずかしさで固まってしまう。
「実はね、シルビアと初めて会った時、君が輝いて見えたんだ。だから私は君が実は光魔法の使い手で、伝説の聖女なんじゃないかって思ってたんだ」
「……正反対ですね?」
シルビアはふっ、と笑う。
自虐ではない。素直にそう思ったのだ。
「ヴェイド王太子殿下!」
すると先程メイドを連れて行った二人が慌てて走って戻ってきた。
「大変です」
ジェイスがヴェイドに耳打ちをする。
「なに⁉︎」
ジェイスの伝言を聞いたヴェイドが驚いた顔をする。
「シルビア、今日のお茶会はお開きにしてもいいかな?」
「はい。あの……大丈夫ですか?」
もしかしてさっきのメイドになにかあったのだろうか。
シルビアが不安そうな顔でいたことに気づいたヴェイドは、一瞬なにかを考えたが、シルビアに向き直った。
「……君には話しておこう。光の魔法使いが現れた」
ヴェイドが誰かに送らせるからと言う申し出を一人で帰れるからと断ると、すまないと言い残して三人は城内へと走り去っていった。
ひとり庭園に残されたシルビアは力なくその場に座り込む。
闇魔法の使い手に続いて、光魔法の使い手が現れるだなんて。
「——もしかして、聖女……?」
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