第5話 図書館での再会

 授業でのあの失敗の後から、シルビアは学園生徒からより一層距離を取られるようになっていた。


 

 最初は「魔術師界では全く無名の普通の娘が、なぜ王太子であるヴェイドの手引で入学してきたのか」という疑惑とシルビアを蔑むような噂ばかりだった。

 それが授業で四属性すべての魔法を使ってしまった後からは一変したのだ。

 王太子と同等の力を持っているとわかるや否や、一部の生徒は態度を一変して話しかけてきた。どこから来たのか、本当は有名な血筋の生まれなのではないか。純粋な質問であれば、シルビアも答えようという気にとなったと思うが、生徒たちの目には取り入ろうという気持ちが透けて見えた。


(私と関わっても良いことなど何もないのに)


 魔法は使えるけれど本当は闇魔法だし、学園を卒業したら領地へ帰るつもりだ。

 伯爵令嬢として社交界に出るつもりもないし、領主になったグレンを支えていければ、という気持ちしかない。

 下手にクラスメイトと仲良くなって闇魔法使いだとばれてしまって、領地へ帰れなくなるのだけは避けたい。

 シルビアは軽く挨拶をして用があるからと教室から抜け出し、その後も軽く会話を流し続けた。

 数日間はシルビアと仲良くなろうと粘る生徒もいたが、徐々に諦めていったのか、また一人の時間に戻っていった。

 


 学園に編入してから初めての週末、シルビアはマオを連れて学園へと向かった。


『今日は授業はないんだろう?』


 なぜ学園に向かっているのかわからないマオがシルビアに問うと、シルビアはにこりと笑う。


「私は魔法について知らないことが多すぎる。まず魔法の基礎知識と、やってはいけないことを知るために学園の図書館へ行くわ」

『私が常識だと思っていることと、魔法が使えない人間の常識が違うというのがわかったからか』

「あら、マオのせいではないわよ? 私がその辺を知ろうとしなかったから自業自得よ」


 あのヴェイドたちが視察に来たときにも余計なことを口にして魔法が使えるということがばれてしまった。

 結果としてグレンを学園に通わせてあげられたからそれはいいとしても、授業での失敗はシルビアにとっては失態だったのだ。

 時間が経てば消えるような噂ならよかったけれど、王太子のヴェイドしかできなかったことをしてしまったのだ。噂が学園外に流れてしまうのも時間の問題だろう。

 その時に自分で対処できるように知識をつけなければ。


(領地での失言のときにこれに気付いていたらよかったのだけどね)


 過去を悔やんでも仕方がない。

 失敗したとしても今後どうするか。失敗は悪いことではないと両親から教えられていたので、すぐに気持ちを切り替える。

 すると廊下の先に大きな扉が見えてきた。扉の上には綺麗なステンドグラスがあり、キラキラと輝いている。

 シルビアは恐る恐る扉を開けてみると、天井まで届く無数の本棚に素晴らしい細工のシャンデリア、窓はすべてステンドグラスになっており、柔らかい光が室内に降り注いでいた。


「すごい、綺麗……。まるで教会のようね」

『教会なんてろくなところではないぞ』

「ふふ、マオにとってはそうかもね」


 シルビアは図書館へと足を踏み入れる。学園が休みのおかげか生徒はほとんどおらず、ゆっくりと調べ物ができそうだった。

 司書に魔法関連の本がある場所を聞いて、何冊か手に取りステンドグラスの側の机に座る。

 シルビアは片っ端から本を読み漁っていく。その中に魔法属性について詳しく書かれている本があった。

 


 この世界にある魔法属性は火、水、風、土、光、闇。

 基本の四属性には均等に相殺する相性があるが、光と闇は四属性すべてに対して強い。

 だが、光と闇はお互いが弱点になる。

 光属性と闇属性を持つ魔術師は血筋で生まれてくるのではなく、数百年に一人という割合で突然変異で現れ、必ずしも魔術家系に現れるものではない。

 光魔法は回復魔法や防御魔法が得意で、闇魔法は攻撃や呪い系が得意。

 


「ん? 呪い?」


 シルビアはアルヴァイン領が突然豊作になったことを思い出してぼそりとひとりごちる。


「あれは回復なんじゃ……」

『領地のことか? あれは言ってしまえば「豊作になれ」という呪いだな』

「えっ、それって大丈夫なの……⁉︎」

『呪いといっても不の使い方ばかりではない。術師の使い方次第だ』

「そうなの……」


 呪いと言われるとなんだか複雑な気持ちだったが、実際領地は良くなったし、使い方次第というのは納得した。


「失礼。シルビア・アルヴァイン嬢でしょうか?」


 シルビアは突然後ろから声をかけられる。またクラスメイトみたいにシルビアに取り入ろうとする人だろうか。

 そう思って振り返ると、そこには見覚えのある二人がいた。


「ああ、やはり。私たちのことを覚えてらっしゃいますか?」

「ええ、王太子殿下と一緒に視察にいらした……ジェイス様とカイデン様ですわよね。覚えていてくださって光栄です」


 シルビアは椅子から立ち上がり丁寧に礼をする。

 あの時紹介された時は名前しか聞かされなかったので、二人の身分はわからない。それでもヴェイドと親しくしていた二人だ。失礼はない方がよいと判断した。


「ああ、顔をお上げください」


 ヴェイドが優しい口調でシルビアの礼を受け取る。

 言葉通り顔を上げると、にこりと笑って手を差し出してくる。


「改めて自己紹介を。私はヴェイド・マクラーレン。彼はカイデン・ノリス。貴女と同じく伯爵家で、同じクラスです。なので私たちのことは気軽にヴェイド、カイデンとお呼びください」

「えっ、それは……」


 シルビアが戸惑っていると、ジェイスがシルビアの手を両手で掴んで握手をする。


「シルビアが砕けてくれないと、私たちが貴女を虐げているように見えてしまうかもしれません……」


 よよよ、と明らかに嘘くさい仕草で涙を拭うジェイスを、カイデンが冷めた目で見ている。


「こいつは見た目通り胡散臭いけど、味方でいるうちは悪いやつではないから安心してくれ」

「カイデン、それは失礼ですよ! 私は場を和ませようとわざと胡散臭くしているのです」

「だとしたら、余計にたちが悪い」


 二人は旧知の仲なのだろうか。視察に来たときの二人の印象とはだいぶ違く、いまの二人はちゃんと自分と同い年に見える。


「ふふ、ジェイスとカイデンは仲がいいのね」

「ええ、そうなんです」

「やめろ、ただの腐れ縁だ」


 シルビアが笑って言うと、ジェイスとカイデンが同時に正反対の態度を取るからまた笑ってしまった。

 学園に来てはじめてこんなに笑ったかもしれない。


「シルビアは学園には慣れましたか?」


 ジェイスが着席しながら聞いてくるので、さっきまでシルビアが使っていた机を囲んで座る。


「うーん、まあまあ……ってところかしら」

「ヴェイドが誘って学園に入れたくせに、俺たち三人とも急な用事があってクラスにいなくて悪かったな」


 カイデンが申し訳なさそうに謝ってくる。

 シルビアは、いま初めて同じクラスだということを知ったのだが、むしろ最初から同じクラスにいなくてよかったと思う。

 きっと最初から同じクラスにいたら気を張ってしまって、いまのように気軽に接することができなかったかもしれない。


「そう言えば、属性を見る授業で四属性すべて使ったんですってね。私も見たかったです」

「まじかよ! そんな事できるのヴェイドしかいないと思ってた。お前すごいんだな」


 王太子の側近の二人でも驚くようなことをしてしまったのだから、あの時のクラスメイトや教師の反応にも納得だ。


「シルビアは、いまここでなにを?」

「まだ魔法のことよくわからないから、本でも読んで勉強しようかと」

「なるほど。シルビアはいままで自分が魔法を使えるということを知らなかったんですよね。わかることなら私たちでも教えられますから、遠慮なく訊いてくださいね」

「俺は火属性しか使えないけど、それでもよければ」


 ありがとう、とお礼を伝える。


「そうだ、シルビア。明日の休みは、なにか用事がありますか?」

「特には……借りた本でも読もうかと思っていたくらいで」

「では明日の午後一時に寮のロビーで待ち合わせましょう」


 ジェイスが突然にこやかに提案をしてくる。


「えっと……どこかへ行くの?」

「ああ。実はヴェイドから、シルビアに会いたいから王城へ連れてきてくれって言われててな」

「えっ⁉︎」


 シルビアは突然のことに驚いて勢いよく立ち上がってしまう。

 ここが図書館だったと気づいて、静かに椅子に座り直した。

 王太子殿下直々の王城への招待。

 なんの用があるのだろうか。

 もしかして、なにか不手際をして闇魔法のことがばれてしまったのだろうか。

 隠し事があるからこそ、嫌なことばかり考えてしまう。


「大丈夫ですよ、そんなに身構えなくても。服装も普段着で構わないそうですし」

「俺たちも付いていくから心配しなくていいぞ」


 二人は突然の王城への招待に戸惑っているのだと思って気を使ってくれているのだろう。

 不安と戸惑いはあるけれど、王太子からの招待ならば行かねば失礼になる。

 シルビアは二人に明日はよろしくと言うしかなかった。

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