第4話 ついに学園への入学

『おい、起きろ』


 マオが肉球でぺちぺちとシルビアの頬を叩いて起こす。

 シルビアは眠たい目を擦りながら外を見ると、まだ空は暗く朝日の光すら見えないような時間だった。


「マオどうしたの、まだ夜中じゃない……」

『朝になってしまっては人目につくかもしれないだろう。学園とやらに行くまであと二週間しかないんだ。闇魔法と気づかれずに最低限の魔法を使える方法をお前に教える』


 マオにそう言われて、シルビアはがばりと起きた。

 そうだ、なぜか王太子殿下直々に学園への入学を勧められたのだ。

 国で学費を出していただくからには、魔力を探知できるけど使えないという設定では失礼に当たるかもしれない。

 そう思ったシルビアは、マオから最低限の魔法を習うことにした。簡単に身支度を整えて、シルビアの部屋でこっそり練習を始める。


『好き勝手に魔法を使えば、また感知されてしまうだろう。まず結界を張る』

「結界……どうやったらいいの?」

『前にも言ったが、闇魔法の中でも魔王の力は特別だから呪文などはいらない。逆にいえば、お前の念じる力に合わせて強く結果が出るのだ。この領地を広く豊かにしたように』


 念じる力の強さで魔法の強さが決まる、というのはこのアルヴァイン領の昨日の様子を見ればシルビアでもわかる。

 ずっとどうにかしたいと思い続けていたのだ。それがあの光の柱が現れるほどの力になった。


「じゃあ私が強く願えば願うほどちゃんとできるということよね」

『まぁそういうことだ』

「わかった、やってみるわ」


 シルビアはそう答えると、部屋の真ん中に立ち胸の前で祈るように手を合わせた。

 何事もなく平穏無事に王都で過ごして、この領地のためになることを学んで帰ってくるんだ。

 その為にはこの力を使いこなさねば。


 

 ——誰からも干渉されない結界を。

 


 シルビアがそう願うと同時に、部屋の中がなにか違う空間で囲われた感覚があった。

 鏡を見ると瞳の色は紫に変わり、自分がほのかに光っている。


「どうしよう、うまくいったかしら」

『見ていたが、お前が光る前に結界が部屋の中を覆った。これなら気付かれてないだろう』

「ほんと? それなら良かった」


 シルビアは胸をなでおろす。

 魔法らしい魔法を使ったのは今回で三度目だが、初めてちゃんと調節できた気がした。


『三度目にしてはセンスがいいな。これなら学園に行くまでには調節できるようになってるだろう』


 マオも同じことを思っていてくれたようで、ちゃんとできたことを褒めてもらえたみたいで嬉しかった。


『じゃあ無事結界を張れたから、魔法の使い方を練習するぞ』

「はい、先生」


 シルビアが嬉々としてマオに返事をすると、少々呆れたような顔で見られた。


『やることは単純だ。まず魔法を使う前に「瞳の色が変わらないように」という魔法を使う。これは厳密に言えば、自分の瞳に幻術を掛けて、周りの人間には瞳の色が変わったように見えなくなるということだ』

「なるほど。まず先にそれをすればいいのね」

『そしてそのあと、闇魔法で他の四属性の魔法を真似つつ魔法を使うんだ』

「……えっと、つまりどういうこと?」

『見せてやれれば早いんだが、もう私は使えないからな……。よし、結界もあるし実技訓練としよう。まずそうだな、手にろうそくの火をイメージしてみろ』

「わかったわ」


 シルビアは手のひらを目線の高さまで上げて、じっと見つめながらろうそくの火をイメージする。すると手のひらから数センチ浮いたところに黒い霧のようなものが集まってポッと火が灯った。


「できたわ!」

『やっぱりセンスがいいんだな。ただ学園ではそれでは駄目だ』

「どうして?」

『さっき火が灯る前に黒い霧のようなものが集まっただろう。あれが闇魔法使いの特徴なんだ』


 そういえばマオを形作る時も黒い霧のようなものが集まっていた。領地に豊穣を、と願った時は出なかったので、なにか形作るときとかに出るのかもしれない。


『あの黒い霧を出さないで闇魔法を使うのは不可能だ。だからあの霧を隠すように火で覆いながら火を作るんだ』


 シルビアは言われたようにやってみる。まだ完璧に隠しきれずに所々火の隙間から黒い霧が見えるが、覆いながら魔法を使うことはできた。


「難しいわね。すぐには無理そうだわ」

『当たり前だ。過去、闇魔法使いだということを隠しながら闇魔法を使う奴なんていなかったはずだからな。相当面倒くさい魔法の使い方をしているんだ』

「そうなの? でも私はいままで魔法が使えなかったから、面倒くさいと言われてもピンとこないわね。これが私の普通にしてしまえばいいってことよね」

『シルビアは変にポジティブだな』


 マオは呆れながらも笑った。

 この日から毎日シルビアは様々な属性の魔法を練習して、学園に行く頃には普通に闇魔法を隠して使えるようになっていた。

 

 

 


 シルビアとグレンが学園へと入学する前日。学園は全寮制の為、二人は入学前日に寮へと向かう。

 両親や領民はシルビアとグレンが国立学園へ通えるということを心から喜んで見送ってくれた。

 ずっと一緒にいた人たちと別れるのは寂しかったけれど、ここまで喜んでもらえたならしっかりと勉強しようとシルビアもグレンもお互いに誓い合った。

 


「うわ、すごい……!」


 領地から出ることが初めての二人は、ヴェイドが出してくれた馬車に乗って王都へと行く道すがらの風景ですら楽しかった。

 王都に近づいていくほど、どんどんと建物が高く密集していき、王都へ着けばもうほとんど空なんて見えないくらいの建物に囲まれる。どの道を通っても人がたくさんいて、こんなにたくさんの人を見るのは初めてだった。

 数時間の移動の末、馬車が国立学園の寮の前で停まる。

 馬車から降りた二人の目の前には、見たこともない立派な建物があった。歴史を感じる外観だが古くは感じない。ちゃんと手入れが行き届いているのがわかった。

 自分たちの実家の屋敷の何十倍もあるのだろうこの建物には、この国立学園に通っているすべての人間がいるのだ。

 寮をじっと見上げていると、中から年配の女性が出てきて名簿のようなものを見ながら案内をしてくれる。


「グレン・アルヴァインさんはこちらをこのままお進みになられて、一般学科の男子寮への手続きをなさってください」


 女性が手を上げると、中から一人の男性が出てきてグレンの荷物を持って、寮まで案内してくれるようだ。


「では姉様、先に失礼します」

「ええ、お互い頑張りましょう」


 そう言って握手をする。

 馬車の中で一通りの別れの挨拶は済ませてあった。たとえ学科と学年も違くても同じ学園内だ、全く会えない訳ではないだろうし、お互い長期休みには領地に帰るのだ。

 グレンは男性に「お待たせしました」と一礼をして付いて行った。


「ではシルビア・アルヴァインさんはわたくしがご案内します」


 年配の女性が荷物を持とうとするが、シルビアはそれを断り自分で持った。大した荷物は持ってきていないので、大きめの鞄ひとつくらいは自分で持てる。


「あちらの茶色い建物が普通学科の、こちらの青い建物が魔法学科の寮でございます。入り口はひとつですが、左の階段が女子寮、右の階段が男子寮へと続いております」


 シルビアは青い建物の入り口をくぐる。青と言っても落ち着いた紺色のような壁で、とてもセンスが良い。


「このように魔法がかかっていまして、違う性別の方の階段へは上がれないようになっておりますので、お気をつけ下さい」


 女性はそう言うと、男子寮の方の階段へと手を伸ばすが、パチリという音がして手が弾かれる。


「シルビアさんのその肩に乗っている猫ですが、申請のあった使い魔ということでよろしいでしょうか」

「は、はい!」


 学園寮に入るにあたって、マオのことはどうしようかと思っていたのだが、ヴェイドからの資料に使い魔は一匹までなら登録可能とあったので、使い魔として申請していたのだ。


「ではお部屋までご案内いたします」


 シルビアが案内された先は、四階建ての寮の最上階の階段から一番遠い角部屋だった。

 案内してくれた女性には、一番遠い部屋で申し訳ないと言われたが、シルビアからすれば一瞬なぜ謝られたのかわからなかった。

 一般的なご令嬢からすれば、あまりたくさんの階段は上りたくないのだろうし、部屋も管理人が常にいる中央入り口から遠いのは避けたいのだろう。

 でもシルビアからすれば、何かあった時に人を巻き込まなくて済みそうなこの部屋は、むしろ好都合だった。

 案内の女性に部屋の使い方を一通り聞いた後、お礼を言って別れる。

 やっと部屋で一人になったシルビアは、ベッドへと勢いよく飛び込んだ。


「すごいわ、ベッドもふかふかよ! 学園で勉強している間にメイドさんがお掃除してくれるなんてすごいわね」

『お前の家が特殊なんだぞ』


 呆れながらもマオもベッドへと飛び乗ってきて、シーツをふみふみとしている。

 ついに明日から学園生活が始まる。

 シルビアは楽しみなような、緊張のような気持ちで胸がいっぱいだった。

 

 

 

 綺麗で広い教室に、一人一つずつの机。シルビアの席は窓際の一番後ろ端だった。

 授業が始まるまでまだ少しあるが、シルビアは一人席に座ってマオを撫でながら外を見ている。


(……想像はしてたけど、やっぱり歓迎はされてないみたいね)


 シルビアが転入先の教室に入ると、一斉に注目が集まった。

 でも誰一人、直接シルビアへ声をかけてくるような人はおらず、代わりに小声で話をしているのが聞こえてくる。


「あれが王太子殿下が直々に学費免除で編入させた方?」

「辺境の貧乏伯爵家の令嬢らしい」

「なぜあのような普通の娘が……」


 クラスメイト全員が、突然魔法学科へと編入してきたシルビアの様子を伺っているようだ。

 普通、魔法は血筋で使えるか決まってくるので、学園に通っている家系は大体決まってくる。その中へ突然イレギュラーに編入した上に、そのきっかけが王太子であるヴェイド直々の誘いとあれば、シルビアでもこうなるのは頷けた。


(私の突然の編入の噂で持ちきりってことは、グレンは平和に過ごせているかしらね)


 グレンが学園で平和に過ごせて大好きな勉強ができるなら、こそこそと何を言われても気にならない。

 そう思っていると、チャイムが鳴り教師が入ってくる。


「今日は編入生もいることですし、みなさんの魔法の属性を見させていただきます」


 一人ずつ前に出て、自分が使える魔法を披露する授業のようだ。教師が名前呼んだ生徒が前に出て魔法を使う。

 使われる魔法は四属性さまざまで、シルビアは自分の使う魔法しか見たことがなかったので、貴重な魔法が見られるのは純粋に楽しい。

 見ていると、大抵の生徒は一つの属性の魔法を使うが、たまに二つの魔法を使う人もいた。


「では次、シルビアさん」


 シルビアは席を立ち、前へと出る。

 使える魔法を見ると言っていたが、これは使える属性は全部使うべきなのだろうか。

 使えるのに使わないのは失礼になるのではないか。

 そう考え込んでいると、生徒たちがざわめき出す。


「やっぱり魔法なんて使えないのではなくて?」

「アルヴァインだなんて魔術師聞いたこともない」


 悩んでいたが、段々と悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたシルビアは、手のひらに火を灯した。

 きっかけは偶然だが、せっかく通えるようになった学園なのだから、領地のためになることを学びたい。そのためにマオと一緒に二週間も練習してきたのだし、クラスに馴染めなくてもマオと二人で楽しく過ごそうと決めた。

 手のひらの火がふわりと風に囲まれて消えて、その風の中から水が生まれる。そしてその水が徐々に土に変わっていって、さらさらと空中に舞うように消えた。


(練習の成果をうまく出せたわ!)


 シルビアは席で待っているマオに嬉しくなって視線を送るが、また呆れたような顔をしていた。

 なぜだろうと思った瞬間、静まりかえっていた教室が一斉にざわめき声で溢れる。


「いま四属性すべて使った⁉︎」

「嘘だ、そんなこと彼しかできなかったのに!」

「無名な家系でなぜ⁉︎」


 急にざわめきだしたクラスメイトを見て、どういうことだと教師に目線を送ると、はっと正気を取り戻した教師がシルビアの肩を掴む。


「シルビアさん! あなた四属性すべて扱えるのですか⁉︎ そんな人は国中探しても、ヴェイド殿下しかいらっしゃらないと思っていたのに!」


 教師の目が爛々と輝いていて、口調から興奮しているのがわかる。

 教室内がざわめいている中で、マオが軽やかにシルビアの肩へと乗ってきた。


『私はまた常識だと思って言い忘れていたみたいだ。普通の人間は多くても二属性までしか使えない。四属性も使ってしまっては注目の的だぞ』


 静かに普通に過ごしたかったのに、シルビアはまた変に目立ってしまったのだ。


(うそ、ちゃんと聞いておけばよかったわ……!)


 後悔してももう遅い。

 この出来事は授業が終わった途端、クラスメイトや担当教師から魔法学科すべてへと出回ってしまったのだ。

 王太子殿下が呼んだ生徒は、王太子殿下と同等の力を持っている、と。

 

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