第3話 視察からのまさかの展開

 シルビアが、アルヴァイン領の為に魔法を使ったその日。

 森から領地に戻ると、両親やグレン、領民のみんなが目の前で突然すくすくと育っていく苗たちを見て唖然としていた。

 自分でやったこととはいえ、シルビアもぽかんとしてしまう。


『はは、すごいな。これは明日にはすぐ収穫できるんじゃないか?』


 マオはシルビアの肩に乗りながら、育っている野菜や麦を見ながら楽しそうに笑う。


「あの、お父様……?」


 シルビアはおずおずと父に話かける。


「お、おおシルビアか。これはどうしたことだ……? みなで畑に出たら突然すごい速さで育ってるんだ」

「これは、すごいわね……」


 父も母もどうしていいかわからず畑を見ているだけだったが、グレンだけは嬉々として育つ野菜や麦を見て回っていた。


「あ、姉様! 見てください、これ! すごいですよね、神のお恵みでしょうか」


 どこからか完璧に熟したトマトなどの野菜を採ってきて「ほら!」と両親とシルビアに見せた。

 こんなに大きく綺麗な艶をした野菜がなる事なんて過去一度もなかったので、みんなで感動する。

 シルビアもみんなの顔を見て、ちょっと調節を失敗してしまったけれど、あの魔法はあれでよかったのだとそう思えた。


「さぁ、お父様もお母様も収穫しましょう! 私たちもグレンに負けてはいられません!」


 シルビアはシャツを腕まくりして大きなカゴを持って畑に入っていく。

 今日収穫した野菜でたくさんの食事が作れる。今日はみんなお腹いっぱいになるほど食事を摂れる。

 領民全員考えることは同じようで、領民の半数は収穫を、もう半数は肉を獲りに森へ行く。

 この夜は不思議な現象での恵みに感謝しながら宴を開いた。

 


 

 シルビアは畑が気になって、翌朝早くから外へ出て畑を見て驚いた。

 もうさすがに昨日のようなスピードで育ってはいないが、昨日収穫したはずのトマトやキュウリなどの野菜がまたなっているのだ。


「す、すごい……」


 いつもの収穫量では領民が食べていくだけで精一杯だったが、ずっとこのスピードで成長していくのであればむしろ有り余る。街へ出て野菜を売れれば領地の蓄えにもなる。

 最初は魔王の力なんてどうしていいのかわからなくて戸惑ったけれど、領地を救うことができたことがとても嬉しかった。


「おぉ、こりゃすごい」

「今日もまた朝から忙しくなりますね!」


 みんなも畑がどうなったのか気になっていたのだろう。早朝なのに、もうたくさんの人が集まって畑仕事に精を出し始める。


「マレス爺、それ重いでしょう。私が持ちますよ」


 マレスが籠いっぱいのジャガイモを運ぼうとしているのを見て、シルビアが慌てて近寄る。


「いんや、大丈夫ですぞ」


 そう言って数キロありそうな籠を軽々と持ち上げた。


「昨日収穫した野菜を食べたら、なんだか今日は力が漲ってますのじゃ」


 マレスがそう言うと周りにいた人たちも「俺も」「私も」と驚くほど体が軽く、力が漲っているという。

 そう言われればシルビアもそうだ。

 昨日はいろんなことがあって疲れたはずなのに、朝はスッキリと目が覚めたし、いつもより体が軽く、さっきも重たいものも軽く持ち上げられた。


「……ねぇ、マオ。これってもしかして昨日のあの魔法のせい……?」

『いや、それしかないだろ』


 マオはシルビアの肩でしっぽをブンブンと振るう。ペシペシとシルビアの顔にしっぽが当たって地味に痛い。


『どう願ったのか知らないが、こんなこと魔法の成果としか言いようがないだろ』


 あの時シルビアは「このアルヴァイン領が、住む人々に豊穣を与えますように」と願って魔法を使った。

 ということは、この成長が早い野菜たちはその願いを叶えてくれているのだろう。だがその野菜を食べた領民たちが、力が漲り、より一層元気になったのはなんなのだろうか?


(豊穣の力のおまけ……なのかしら?)


 まぁでも元気になるんだったら別にいいかな? とシルビアは楽天的に考えた。

 それよりこのたくさんの野菜を収穫することを考えなければ!

 シルビアはまた気合いを入れてシャツを腕まくりして収穫を再開する。

 するとそこに、領主である父親の元青い鳥が飛んできて、父親の手元でふわりと書状の形へと変化した。

 普通の手紙は人が運んでくるのだが、あの鳥は違う。

 王都からの緊急連絡用の魔法だ。しかも色で緊急度がわかる。白、黄、青の順で緊急度が上がるのだ。

 さっきのは青い鳥だった。

 そんな緊急な知らせが王都から来るなんて、シルビアは夢を思い出して冷や汗が出た。

 なにか、悪い知らせだったら……。

 そう心配して父親を見ていると、書状を読んだ父がすごい驚いた形相で近くにいた母親に手紙を渡し、シルビアとグレンに気づいてこっちに青い顔をしながら近づいてくる。


「シルビア、グレン!」

「はい、父様どうしました?」

 グレンはさっきの鳥を見ていないので、父親に呼ばれて普通に返事をする。


「さっきの書状は何が書いてあったんですか?」


 シルビアはできるだけ動揺をしないように父親に駆け寄りながら尋ねる。


「二人とも落ち着いて聞くんだ。王都からヴェイド王太子殿下がこのアルヴァイン領に視察にいらっしゃる」

「えっ⁉︎」


 こんな何もない領地への視察など、今まで一度もなかったのに、しかも視察に来るのが王太子直々だという。


「い、いついらっしゃるのですか?」

「それが……今日の昼頃には到着なさるそうだ」


 シルビアもグレンも目を見開いて驚く。母親も慌てて畑仕事を領民に任せ、シルビアの元へきた。


「早く支度をしなければなりませんよ! まずみんな湯浴みをして泥を落とさなければ!」


 領民に見送られ、領主一家は急いで屋敷に戻る。父親とグレンとは別に支度をする為に一度別れた。


「シルビア、先に湯浴みをなさい。私は屋敷のチェックをして先にメイドに指示をします」


 貧乏領主家だ。メイドと執事はそれぞれ一人しかいない。屋敷の掃除や片付けなど、いつも母親とシルビアも手伝っていたのだが、今日はそうはいかない。

 シルビアは急いで風呂へと向かう。

 なんで、こんな急に王都から王太子直々に視察なんて……。

 そう思ったシルビアは、はっとマオを見る。


「えっ、これもしかして……」

『まぁ、昨日お前が使った魔法が感知されたんだろうな』

「あ〜〜やっぱり⁉︎ とりあえず知らぬ存ぜぬを貫けばいいよね?」

『そうだな、お前が魔法を使えることは感知はされない。余計なことを言わなければお前はただの領主の娘だな』


 マオにそう言われて、シルビアはわかったと返す。

 王都からの客人が帰るまでは、余計なことは口にせず静かに大人しくしていよう。

 そう心に決めて、急いで身支度を始めた。

 

 

 

 

「突然の訪問、失礼します。私がヴェイドと申します」

 

 約束の昼頃に、アルヴァイン領へ馬が三騎やってきた。

 王太子が直々にやってくると聞いていたので、たくさんの従者や騎士を連れてくると思っていたアルヴァイン家は、警備がこんなに手薄で良いのだろうかと唖然としてしまった。


「こちらはジェイス。王城にある魔術観測所の副管理官だ」


 ジェイスと呼ばれた青年がぺこりと頭を下げる。

 青色のロングヘアを後ろで一つに縛り、シルバーの丸メガネをしている。副管理官をするだけあって頭が切れそうな雰囲気で、手元には魔道書らしきものとメモを取るための紙を携えている。


「そしてこちらはカイデン。若くして王城騎士団の第一兵団団長補佐だ」


 カイデンと呼ばれた青年は、ソファに座っているヴェイドとジェイスの後ろに立っていて軽く会釈をした。

 赤茶色の短髪で、ヴェイドとジェイスとは違ってがっしりした体躯をしている。視察だからか防具は装備しておらず、大ぶりの剣を腰に携えている。


「年は二人とも私と同じで、まだ国立学園の魔法学科に通う学生です。気を楽にしてください」


 ヴェイドは、突然の王族に緊張して硬くなっているアルヴァイン家に対してふんわりと優しく言葉を紡ぐ。

 威圧感を与えないようにしてくれているのだと感じた。


「突然の視察訪問を打診したのはこちら側ですし、あまりぞろぞろとこちらへ伺うと領民のみなさんが驚くかと思い、少数精鋭で参りました」


 この二人がいれば大丈夫だとヴェイドは笑う。

 シルビアは初めて王太子を見るが、すごい。雰囲気がとても優しいのだ。


「そういえば、こちらの屋敷に入る前にちらっと畑を見ましたが、とても見事ですね?」


 ヴェイドのこの問いは素直にそのままの意味と、ずっと土地が痩せていたのにどういうことだ、という意味があるのだと思う。


「それが……原因がわからないのですが昨日から突然よく育つようになりまして。でもこれで領民は食べ物に困ることはなくなりそうです」


 父親が、素直に原因不明だけれども嬉しいという旨を伝える。するとヴェイドの隣に座っていたジェイスが片手で眼鏡を持ち上げながら「いいですか」と話に入ってくる。


「昨日突然にとの事ですが、なにか変わった事でもあったのでしょうか」

「それが特には……なぁ?」


 父親は母親にも声をかけるが、心当たりのなかった母親も首を振った。

 両親は本当に何も知らない。どう見ても嘘をついているようには見えないだろう。

 この反応で満足して王都へ帰ってくれれば……とシルビアが思っていると、ばちり、とヴェイドと目があった。


「ご令嬢やご令息は、なにか気づいたことはないですか?」


 突然自分も話に参加させられたことに驚いたシルビアは、自分が魔法を使ったからこうなったということがバレないように冷静に、嘘っぽくならないように。そう心がけながら慎重に答える。


「そうですね、あちらの森の方から何か光った以外はとくになにも……」


 そう答えると、この場にいる人が全員驚いた顔でシルビアを見た。


「え?」


 なぜそんな目で見られているのかわからないシルビアの肩にマオが飛び乗った。


『阿呆。魔法が光って見えたということは、魔力があるという証拠だぞ。お前は今「魔法が見えた」と言ってしまったんだ』

(えぇー⁉︎ そんな大事なこと、最初に教えておいてよ‼︎)


 シルビアは頭の中でマオを責めた。

 さっきの両親とグレンの顔は「なんだそれは?」という表情で、王太子たち視察隊の顔は「魔法が見えたと言った」という驚きの顔だったのだ。


「そちらのご令嬢は、もしや魔法が使えるのですか?」


 ヴェイドがちらっとシルビアを見てから両親を見る。


「いえ、家系で魔法が使える人間など過去おりませんでしたし、シルビアは普通の娘です」


 父親がシルビアに目線を送る。シルビアは父親の横まで出て行き、一礼しながら名前を名乗った。


「でも魔法が光って見えたのであれば、潜在能力はあるかと思います」


 ジェイスがヴェイドに進言すると、うむ、と少し考え込んでヴェイドが口を開いた。


「どうですか、シルビア嬢を王都の国立学園の魔法学科へ入学させてみては?」

「えっ」


 父親もシルビアも突然の申し出に声を揃えて驚く。


(そんな、闇魔法とか珍しい魔法を使うのがバレてしまっては困る!)


 シルビアはヴェイドに丁寧に頭を下げ、そのままの姿勢で話し出す。


「王太子殿下。有り難いお気遣いですが、ご存知の通りそのような学費を出せるほど我が家は余裕がございません。それに学校に通わせるのでしたら、私ではなく時期領主の弟を通わせてあげたいと思っております」


 実際アルヴァイン家には余裕はなく、シルビアとグレンは毎日家にある本や歴史書で自主勉強をし、月に数度家庭教師を頼んで勉強を教えてもらっていた。

 勉強が好きなグレンを学校に入れてやりたいと、両親もシルビアも本当に思っていたのだ。


「ではこうしましょう。将来への期待、ということで学費は免除、ご姉弟共に学園へ通えるようにいたしましょう。ただ弟君には魔力はないようですので、普通学科になってしまいますが……」

(なぜ、そんな破格の条件を……⁉︎)


 シルビアは、そんないい条件を出してもらえる要素なんて何もないのに、と不信に思う。

 自分が魔王だとばれていて、王都に置いておいた方が何かあった時に安心だと思われているのかもしれない。

 そんな突拍子も無い考えにまで飛躍し、自分は残って弟だけ学校へ通わせられないかと考える。


「お恥ずかしながら、痩せた土地を耕すために、家族全員で畑仕事を手伝っております。そんな中、人手が二人も減っては困りますので、ここは弟だけでも……」


 そう言うと、ヴェイドは「なるほど……」と考えこむ。

 これで一安心なのではないか、とシルビアが内心喜び出すと、今まで黙っていたカイデンが、ちらりと窓の外を見て口を挟んできた。


「人手はもう心配しなくても良さそうだが?」


 その言葉を聞いた全員が窓の外を見る。

 外では領民がすごいスピードで収穫をしており、もう今日の収穫は終わりなようだった。


(あ〜、昨日の野菜を食べて力が漲ってきたって言ってたな⁉︎)


 元気になった領民には、普段の収穫量の数倍だったとしてもあっという間の作業だったようだ。

 どうやってごまかそうかと考えようとしたところで、父親が勢いよく立ち上がりヴェイドに頭を下げた。


「王太子殿下! 先程のお話、お願いしてもよろしいでしょうか」

「お、お父様⁉︎」

「私たちは親として、お前たちを学校へ通わせてあげられないことと、社交界デビューをさせてあげられていないことが、ずっと悩みだったのだ。そのうちの一つが王太子殿下のお気遣いで叶おうとしている」

「そうよ、シルビア、グレン。領地のことは心配しないで。領民の皆と私たちで守っていけそうですもの」


 本気で学校へ通わせたかった両親にそう肩を抱かれて説得されてしまえば、シルビアは両親の気遣いや愛情を否定するように感じてしまい、もう断ることなんてできない。


「シルビア嬢はご両親と領民のことを、とても大切に思っているのですね。魔術師になれれば、きっと領地のためにもなることでしょう」


 王太子のヴェイドにそこまで言われてしまっては、お礼を述べることしかできなかった。


「王太子殿下、ありがとうございます。姉弟共々、領地のため、国のため、学ばせて頂きたいと思います」

 


 話し合いが終わったのは夕方だったが、学園の件は追って詳細を書状で送ると言ってヴェイドたち視察隊は、馬に乗って王都へ帰っていった。

 学園へ通えることになったことを領民も大変喜んでくれたし、グレンもすごく喜んでいて、魔法が見えたと口を滑らせてしまったことがむしろ良かったのかもしれないと思えた。


(魔力を感じられるけど魔法はあまり使えない、という感じでいけば大丈夫かな……?)


 シルビアもそう前向きに考えることにした。

 


 数日後、ヴェイドから学園への入学についての書類が届き、準備もあるだろうから入学は二週間後、ということになった。

 学園に入ればシルビアもグレンも寮に入ることになる。

 この大好きな人たちのいるアルヴァイン領ともしばらくの別れになるのは、シルビアには少し寂しかった。

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