第2話 目覚めたのは……闇魔法⁉︎

「姉様⁉︎ こんな早くにどちらへ?」


 いても立ってもいられなかったシルビアは、朝日が昇ったと同時に軽く身支度を済ませ、朝早くに厩へ向かう途中でグレンに声をかけられる。


「グレン。また夜更かしして本でも読んでいたの?」


 グレンは勉強も読書も好きで、一度なにかを読み出すと寝食を忘れてしまうのだ。


「ええ……あ、母様には内緒にしてくれますか?」


 寝食を忘れるこのグレンの癖に母は「本を読むのは良いことです。ですが寝食の方がもっと大事ですよ!」と常日頃から口煩くしていたのだ。


「ふふ、わかったわ。じゃあグレンも私がこんな時間に外に出るのを内緒にしていてね?」


 口元に指を当てて内緒ね、とウインクをする。なぜか少しでも不安を悟られてはいけないと思ったのだ。


「ちょっと森へ朝の散歩に行ってくるわ。畑仕事までには戻るから心配しないで」


 グレンの頭をくしゃりと撫でて、「グレンは一度寝なさい。この顔でお母様に会えば、寝ていない事がすぐにバレてしまうわよ」と言うと慌てて自室へと戻っていった。

 その背中を見送ると、シルビアは急いで厩にいる愛馬のミレに飛び乗り、颯爽と駆け出した。

 


 アルヴァイン伯爵家の東側にあるうまやから、すぐのところに森への入り口がある。

 この森は奥深くに行くほどに強い魔物が出るので、狩りなどで立ち入る際は、すぐ手前の日の光が射す場所までしか立ち入ったことがない。それでもちらほらと小型の魔物に出くわすからだ。

 この魔物の出る山を三つ越えれば隣の国で、この森は両国不可侵の魔の森という国境なのである。

 


 しかしそんな森の奥へ進んでいるけれど、一度も魔物の姿を見かけない。

 むしろなぜかシルビアは呼ばれているような気すらしている。

 迷うことなくミレを小一時間ほど走らせると、拓けた土地に出る。

 早朝なのに朝日がちらりと当たることもない不思議な場所で、その中央に今まで見たことのないくらい大きな木があった。

 シルビアはミレを近くの木に繋ぎ、ミレの朝食用に持ってきた野菜を近くに置いて休ませて、中央の木に歩み寄っていく。

 不思議な木だった。枯れているように見えるが、力強く生きているようにも見える。木の幹に沿って周囲を散策すると、反対側の幹にシルビアの腰丈くらいのうろがあった。

 しゃがんで中を覗き見てみると、中には紫色に鈍く輝く石があった。


「すごい、綺麗……」


 そう言いながらシルビアがそっと石に触れると、石の中側がゆっくりと光り、頭の中に声が聞こえだす。


 ——まさか、次期魔王が直接会いにくるとはな。

 

 あの夢で話しかけてきた声と同じだと、シルビアは目を見開いた。

 答えてくれる保証は無いが、ここまで来たのだからあの夢のことを聞いてみることにする。


「今日、貴方が出てくる夢を見たの。あれは本当に起こる事なの……?」

 ——あれはお前の力が覚醒しだした証の予知夢だ。このままでは近い未来だろう。

「そんな……」


 思ったよりすんなりと問いかけに答えてくれたけれど、それは喜ばしい内容ではなかった。

 自分が魔王になるなんてことは全く実感がない。

 でも昨夜見た夢のように、大切な家族と領民が死んでしまうことは絶対に嫌だ。

 シルビアは、石に触れている手を力強く握り締めた。


「どうすればいいの……?」

 ——少し予定より早いが、私の力を取り込んで魔王として復活すればいい。

「えっ……?」


 魔王という人物が突然放った言葉が理解できなかった。


 ——私の力はお前にしか使えない。


 そう頭の声が言うと、石の光が強くなり、シルビアは眩しくて目を開けていられなくなる。


 ——ここに居るのも退屈だと思っていた。力を与えてやるから、退屈な私を楽しませてみろ。


 石に触れている手から熱いものが体内に流れ込んでくるのがわかる。全身くまなく流れ込んで、自分自身と馴染んでいく。

 シルビアが熱さを感じなくなった頃には、石は輝きを失い、ただの黒い塊になってしまった。


「えっ、魔王は……?」


 どこへ行ってしまったのかと口からぽろりと声が出てしまったシルビアだが、直接頭の中にあの声がする。


 ——私は魔王の力とともにお前の中へ移った。

「そうなの……」

 ——声に出さなくとも心の中で会話できるぞ。


 それは便利だな、と思うシルビアだったが、顔を見て話せないのも寂しいと感じてしまう。


「たとえば、あなたを魔法で別個体として私から出したら、あなたは悪さをする?」


 シルビアは魔法でそんな事ができるのかもよくわからなかったが、魔王に訊けばわかるかと思って質問してみる。


 ——もう魔王としての力はお前のものだ。私のことは魔王の力の使い方を教える先生みたいなものだと思えばいい。

「なるほど。先代魔王だけど、もう魔力は私に譲渡してしまったから、魔法は使えないということね?」


 それならば、自分さえ魔王の力を使わなければこの世界に害はないだろうと確信して、シルビアは前魔王に問う。


「魔法の使い方を教えてくれる?」

 ——この魔法には呪文はいらない。集中して、どうしたいのか頭の中で考えろ。


 呪文とかがいらないことは、シルビアには一安心だった。そんなに急に魔法という未知の存在の呪文など覚えられない自信があったからだ。


 ——どうしたいか念じる力が強ければ強いほど、その力は答えてくれる。


 前魔王を自分から分離して固体化するのに、どのような形にしようか考える。


(常にそばに置いても大丈夫で……周りにも馴染むように可愛い感じの……あ、いいかも)


 シルビアは考えがまとまると、両手を前に出して強く念じる。

 


 前魔王が、別個体として存在しますように。

 


 すると手のひらにどこからともなく黒い霧のようなものが集まって凝縮していく。

 その霧が晴れた手には、少し小柄のシュッとした猫がいた。

 瞳の色は綺麗な緑色で、体は普段は黒く見えるが、光に透けるとあの石の紫色のように見えた。


「成功……かな?」

『成功だが、なぜ猫なんだ⁉︎』


 前魔王が手のひらからトン、と身軽に地面に降りてまじまじと自分の体を見て言った。


「猫、可愛いと思って。誰も前魔王が猫だなんて思わないでしょう?」

『……まぁいい。固体としての身体を持つのも何万年ぶりだ』


 クシクシ、と毛繕いを始めた前魔王を見て、シルビアは意外と猫が板についてるなと思う。


「ところで、なんか目が熱いんだけど……」

『ああ、魔王は魔法を使うと瞳の色が紫に変化する。私が入っていたあの石の色だ』


 そう言われたシルビアは、慌てて持っていた小さな手鏡で自分の目を確認する。

 普段は深い紅色の瞳があの石と同じ紫色になっていた。


『この色は魔王の魔力の色だ。魔法を使い終わってしばらくすれば元に戻る』


 ちょうどそう言われたところで、すぅっと瞳の色が元の紅色に戻っていった。


「魔法を使う時は気をつけないと……」


 手鏡をしまいながら「そうだ」とシルビアは前魔王の前にしゃがみこむ。


「あなたの名前は?」

『ない。生きていた時も魔王としか呼ばれなかったからな』


 うーん、とシルビアが考え込む。名前が無いと呼ぶ時に不便だと思ったからだ。


「じゃあ……【マオ】はどう?」

『お前まさか、それ【魔王】の【マオ】か……?』

「ごめん、私こういうセンスなくて……」


 安直な名前の付け方を素直に謝る。

 子供の頃からこういうセンスがなくて、愛馬のミレもグレンに名前を付けてもらったのだ。


「嫌なら帰ってから弟に付けてもらうから!」


 慌てて提案をするが、ぴょんとシルビアの肩に飛び乗り、しっぽで顔を一度ぺしんと叩く。


『いや、マオでいい。お前が……シルビアが付けてくれたからな』


 さっきのしっぽは照れ隠しだったのかな、と前魔王だったことを忘れるくらいの可愛さだ。


「よろしくね、マオ」


 シルビアはマオの頭をひと撫ですると、マオは喉をグルグルと鳴らした。

 

 


 

 ミレに乗ってマオも一緒に家に連れて帰る。

 家族全員動物好きだから、自分が突然猫を飼うと言っても問題ないだろうとシルビアはマオに説明する。


「もしかしたら、猫みたいな可愛がられ方をするかもしれないけれど、それは耐えてね」


 マオはげんなりした顔をしたが、渋々了承してくれた。


『ところでお前は魔法についてはどれくらい知識がある?』


 約一時間の帰路で、マオは最低限の知識をシルビアに教えることにした。


「まったく知らないわ。自分で使うまで見たこともなかったもの」


 今の世界では魔法が使える人は、ほぼ王都にいるということを説明する。


『ならばよくわからないかもしれないが、なんとなくわかればいい』


 マオはそう切り出してざっくりと説明をしていく。

 


 魔王の力は特殊で、他の魔法使いには見破られることはない。

 シルビアの持つ魔王の力は基礎量が膨大で、少なくともアレングラード王国では間違いなく一番だろうということ。

 一般的な魔術師は、火水風土の四属性を使うこと。

 魔王の力はその四属性のどれでもなく【闇】属性で、闇は他の四属性よりも強く、どの属性の力に近いこともできるということ。

 


「それは具体的にはどういうこと?」


 シルビアがマオに尋ねる。


『そうだな……例えば、火属性の魔術師は火は起こせるが風は起こせない。風の魔術師も風は起こせるが火は起こせない。しかし闇属性はこのどちらもできる、ということだな」

「へぇ、便利ね?」

『まぁな』


 ということは、闇属性のシルビアの力は領地のために使うのに、属性の偏りが出なくてとても良さそうだと思ったのだ。


『ただし気をつけろ。闇魔法は血筋で術師が生まれるのではなく、突然変異が多い。なんでもできるということで、過去闇魔法使いは悪事を働く事がほとんどだった。お前も人前で使えば、悪事を働くつもりだと思われるかもしれない』


 マオが真剣な顔でシルビアを見上げて、気軽に魔法を使うことに釘をさしてくる。


「ふふっ」


 そんなマオにシルビアは笑った。


『なんだ、なぜ笑う』

「だって、夢では『魔王の力を使って世界に復讐を』って言ってたのに、今は私のことを心配してくれているから、つい」

『それは……まだ未熟なうちに捕まって、魔王復活前に処刑などされては私が面白くないからな』


 マオは頭をぷいっと前へ向けて、しっぽをブンブンと降った。


(前魔王だというけれど、この人じつは相当人が良いのでは?)


 シルビアはマオのことがもう可愛くて仕方がなかった。その要因として外見が猫というのもあるというのはわかっているけれど。

 そんな話をしていると、森の先が太陽光で明るくなってくる。だいぶ領地に近い場所まで来たようだ。


「そうだ、ミレ止まって」


 手綱を引いてもう少しで領地、というところで止まる。


「ねぇマオ。夢の中で、アルヴァイン領が痩せていたのは魔王が封印されてたからって言ってたんだけど、それは本当?」

『そうだな、私の力が大地に封印されていたから痩せていたが、その力もお前の中に移った。これから徐々にだが持ち直していくだろう』

「よかった、それを聞いて一安心だわ」


 元々両親や領民の命を救いたかったのだ。領地が豊かになれば、まず両親が国王に謁見しに行く必要もなくなる。


「でも徐々にかぁ……。今でも結構ギリギリなのよね……」


 うーん、とシルビアは手を顎に当てて考え出す。


「……ねぇ、魔法を使えば今すぐどうにかなったりする?」


 シルビアはちらりとマオを見る。

 マオは猫の顔なのに、ニヤリと不敵に笑ったのがわかった。


『なんでもできるって言っただろう?』


 この辺りならば人目につくことはないだろうと、ミレから降りて少し離れる。ミレに乗ったまま魔法を使って、何か影響があったら嫌だったからだ。

 さっきマオに教えてもらった使い方を思い出しながら、シルビアは胸の前で手を組んで、まるで祈るように瞳を瞑る。

 


 このアルヴァイン領が、住む人々に豊穣を与えますように。

 


 シルビアが祈るように魔法を使うと、突然シルビアを中心にして光の柱が現れ、その柱は瞬く間に領地全てへと広がっていった。

 光が通った後の大地はキラキラと輝いていて、すぐにただの砂地だった場所からもぴょこぴょこと新芽が生え出した。


『大成功だな。まだ二度目なのに大したものだ』


 マオは感心しているが、シルビアは頭を抱えた。


「ちょ、ちょっと⁉︎ こんなに目立つなんて聞いてないわ! 瞳の色が変わるだけじゃなかったの⁉︎」


 マオの脇に手を入れて勢いよく抱き上げた。


『お前の願う力が強かったんだ。言っただろう、どうしたいか念じる力が強ければ強いほど、その力は答えてくれると』


 シルビアの領地を想う気持ちが強かったために、すごい量の魔力を使ってしまったのだ。


『魔力の量が最大値なのに技術がないから、ちょっとだけ出すつもりで蛇口をひねったつもりでも、凄い勢いで出てしまうんだ。まぁ、この辺の調節は慣れるしかないな』


 マオはそう言ってシルビアの手から軽く逃れて、呑気に毛繕いを始めた。

 目立たないようにしないと、と思っていたのに、まさかこんなに目立つような魔法を使ってしまうとは!

 シルビアは、もう少しちゃんと練習するまで魔法は使わないことを心に決めた。


(それにしても大丈夫だったかしら? すごい光ってしまったけれど……)


 昼間だし気づかれてないことを祈りながら、シルビアはマオと一緒にまたミレに乗って領地へと向かった。

 

 

 

 

「ジェイス、北の大地が魔法の力で光っただと⁉︎」

「はい、観測不能な強大な魔力が一瞬観測されましたが、今はもう感知できません」


 アレングラード王国の王城西側にある魔術観測塔。

 ここは王国全土の魔力観測をするのが仕事であり、今まで数百年観測し続けて初めての観測不能の魔力を感知した。

 そのことで観測所内はパニック状態である。


「ウェイド殿下、いかがしますか」

「うむ……」


 ウェイドと呼ばれた青年は、金色の髪と透き通った蒼の瞳を持つアレングラード王国の王太子殿下である。

 魔法に長けているので、若くしてこの魔術観測塔を任されていた。


「光った土地は地図ではどのあたりだ」


 ウェイドが振り向いて「カイデン」と声をかけると、カイデンと呼ばれた体格の良い剣士が、さっと机の上に地図を広げた。


「……そうですね、この辺りでしょうか」


 ジェイスが地図に赤丸をつける。その場所ははるか北の領地のアルヴァイン領だった。


「ここは……なぜかずっと土地が痩せているあの領地か」


 ウェイドはジェイスとカイデンに向かって指示を出す。


「よし、すぐに書をアルヴァイン領主へ。私が直々に確認しに行く」


 くるりとマントを翻し、ウェイドはジェイスとカイデンと共に塔の階段を降りて行った。

 

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