第4話 密室痴漢
駅に人はいない、扉は開かない
万事休すの車内で出来る事を考えた。
「車内から出ないと..!」
満員といえど僅かながら人との間に隙間が見える。そこを伝って移動すれば事なきを得るかもしれない。
『下手に動くと触られるよ?』
「さっきは耐えろっていった癖に!」
腰を低くして隙間を縫って進む、目指すは車両間を行き来する貫通扉。
そこを開けば、次の車両へ向かうことが出来る。
「ちっちゃくてよかった、ずっとコンプレックスだったけど..こんな事に役に立つのイヤだけど。」
ミニマムがバイオレンスを制した、だが完全な根絶とはいかず、道中はやはり執拗に身体に触れられた。
『大丈夫〜?』
「あんた本当人事だと思ってるよね⁉︎
ずっとイヤな思いしてんの!
それにおかしいこのリーマン達、さっきから変なトコばっかり触ってくる」
『痴漢ってそういうもんでしょ?』
「そうだけど違うのっ!」
縮こまって進むキャンディを狙って手が延びてくるのだが、触れる場所は肩や耳たぶ、髪の生え際など特殊な場所ばかり。全くといっていい程テンプレートの痴漢に及ばないのだ。
『特殊な性癖持った奴が多いみたいだね、早く車両変えた方がいいよ?』
「だからそうするっての..!」
扉の取手に手を伸ばす。力を込めて思い切り引き、急いで閉めて封をする。
「ふぅ..脱出成功、もう安全だよ」
『ご苦労さんだわ、よう頑張った。』
「思ってないでしょ...男にはわかんないよね。電車で男に尻揉まれる恐怖なんてさ、死ぬよりイヤなんだから」
元々の現場の案件としては痴漢が多発し異常をきたした惨事になるという話だったがまさか車両全体に痴漢が蔓延るとは、誰か一人の大掛かりな犯行が肥大化しているものとばかり思っていた。潜入捜査は余りに身を削る行為であったと肝を冷やした。
「...うん。」
『どした?』
「いや、今扉閉めて電車の連結部分から向かいで元いた場所を見てるんだけど、何かおかしくてさ。」
『おかしい?』
あれだけ執着していた痴漢たちが全く追ってこない。追うどころか初めの定位置に戻り、車内のサラリーマンを全うしているのだ。
『なんだろね?
元々が変態だからわからんけど、取り敢えず安全確保したんなら車両移りなよ、電車止まってるけど。』
「簡単に言うなっての...」
振り向き車両の扉を開けた。
焦りと軽い安堵の両方が同時に降りかかり、連結部分では分からなかった。
「え…?」
隣の車両には、乗客がいなかった。
筒抜けの
「人が一人もいないよ!
奥の扉から見える限り次の車両にも多分いない、最初からワタシ一人だ!」
必死の声色でクリスに伝えた
それに対する返答は、たった一言。
『走れ。』「..え?」
背後の扉が音を立てて開く。振り向けば、アブノーマルな化身の数々。
「うぇっ..」
何を言っているのかわからない、言語なのかもわからないがモゴモゴと口を動かし舌舐めずりをしてキャンディを見つめている。
「ふざけんなクリーチャー共ォっ!」
動かない筒の中のサバイバル
一方的に追われるのみで決定打は無い捕まれば即変態の餌食。
「こんなのどうすれば..クリス!」
『…あ、ちょっと待って。』
急なキャッチにつかまった、遠隔のデメリット、一時的に回線が切断する。
「えちょっと、ちょっと!?
...放置か貴様、お前も変態かオイ!」
遂にキャンディを無視して別の相手と対話を始めた。
しかしクリスも鬼じゃない、対話の相手というのが非常に厄介なのだ。
『もしもし〜し..うん、うん
死体なら〝安置所〟に送ったよ。うん…え〜行くの〜?』
「どんどん追ってくる、何だよ!?」
『あ、そういえば知ってる?
いま電車バッチシ止まってるらしいよ
海くるぶしだね、見に行きなよ』
押し付けではなく情報伝達、回線は既にバトンタッチ。頼んだ余りのカフェオレにケチャップをぶち撒け、飲み干した後喫茶店を出る。
「んじゃ、行きますか〜。
っても嫌々行かされるんですケドね」
車内では外の景色に触れずに暴我を捌くのに精一杯だった。
「こっちくんな!」
貫通扉をいくら閉めても次の車両へ攻めてくる、目的は何だと言いたいが確実に痴漢をしたいだけ。
「彼女作れリーマン共っ!」
聞く耳を持たない、何故なら彼等の優先順位は尻にある。尻ならばまだ異常の中でも正常、だからこそ恥じらいをもって忌み嫌うのだ。
「このまんまじゃ運転手席まで行っちゃう、外に出なきゃ...窓割ろう!」
直ぐに使えそうなものを周囲で探した
硬く重みのある、手頃なものを。
「ソフトボールやってて良かった、補欠で三ヶ月半だけど。」
充分なスキルを持っても素材が無い、立ち止まっては追ってくる。これが平日午後1時の細やかな出来事である。
「仕方ない、一か八かやるか..」
モノが無いならなればいい、勢いを付けてボールになれば窓の一つや二つ破れる筈だ。たとえミニマムであろうと
「うりゃあぁぁ〜っ‼︎」
偶々袖の付いた服を着ていて良かった
虫が知らせたのか普段のノースリーブを着る気にはなれなかった。
破片が飛び散り服に刺さる、構えた腕を盾にしながら窓を破って外に出た。
「はぁ...痛った..。
黄色い線のイボイボ食い込んだ..」
腕に見映えの悪いボコつきが浮き出て痛々しく跡を残した、駅のホームには人はいない。車内のリーマン達も追いかける事はせず、キャンディの開けた穴からじとりと視線を覗かせている。
「うぅ〜...何なのあいつらぁ..!」
執着する粘着性と異質な不気味を兼ね備えた集団はやはり彼女を追わない。
「……。」
「なんか話しなさいよ、変態っ!」
リーマンの一人が、空いた穴からにやりと口角を上げ、息を大きく吸い上げ頬を膨らませ口を窄ませる。
「え、な..なに?」
「外に出たぞおぉぉっ〜!!」
車内から、駅に向かって叫びを上げる
するとゾロゾロとスーツの男達が出現しキャンディを取り囲む。
「ウソでしょ..!?」
平常を保っているだけで、アブノーマルはスタンダードよりも数が多い。みな理性の解放を恐れるあまり目を背けているだけなのだ。
人は誰しも、心に獣を飼っている。
「何よこの量..駅員は何処よ!?
駅丸ごと変態な訳ないじゃないのよ!」
理性のリミッターを外したスーツ姿の
ゾンビの中に、異なる制服の男が数人結局人に区別など無いのだ。
「ココが終着駅って訳...?
全然面白くないわそんな話。」
最早駅内は基地だ、ここから世界へ変態が放たれる。もうダメだ、逃げるのをやめぺたりと床に尻を付けたとき、変態の地位は脅かされる。
「動くな
イカレたスーツの中に素面で銃を構える男が一人。他の連中は向けられた銃口にぎょっとして後退りをする。
「警視庁捜査一課の藪雨 吾郎だ。
絶対覚えるなよ?」
「じゃあ名乗るな..てか刑事じゃん!
何でここに、もしかしてお前も...」
「違う!
ケチャパーから通報を受けたんだ、電車が止まっているから見に行けと」
「ワタシを助けに来た訳じゃないの⁉︎
ふざっけんなよアイツ!」
さっきまで脅威としていた黄色のイボイボに足踏みをし、怒りをぶつける。
放置プレイというよりは完全な放置だが、どちらにせよほったらかしだ。
「てゆーかなんでこの駅だってわかったのさ、刑事のカンってやつ?」
「捜査網だ、スキルを舐めるな。
発車した時刻地点から電車を特定し把握した。こいつらを抑える手立ても敷いてある、カンなどで動くか」
指をパチリと鳴らすと、改札口の向こうから武装した部隊が姿を現す。
「…何これ?」
「なにを持ってるかわからんからな、知り合いの特殊部隊を出動させた。」
非力なリーマン相手に盾やチョッキ、ヘルメットまで装着している。
「大袈裟だよ..」「念の為だ。」
呆れを超えて青冷めている、同じクラスになりたくないタイプだ。運動会とか物凄く張り切る。
「アンタも相当な変態だね」
「一緒にするな。」「同じだよ。」
多くのアブノーマルが検挙されたがいつからこの車両はあったのだろうか、毎回車両を停めていたのならば気付かれる筈だ。そして一番の謎が、クリスが通報を受け痴漢の事を知ったのだが一体誰からのリークなのだろう。
非通知の電話が課に直接掛かってきたのだ、名前も所在も名乗らなかった。
「連れていけ、後は俺がやる。」
「この数を一人で取り調べですか?」
部隊員ぎ驚愕して聞く。
「容易だ、気にするな」「は!」
安全が確保された後ならば話を聞くなどお手の物、数など関係の無い要素。
「てかアイツ何処いった?
ワタシを置いて向かう場所なんてロクでも無い場所に決まってる。肥溜とかヘドロ沼とか、捜査一課とか」
「最後のは余計だ。
異端かりの捜査だよ、奴のトコロだ」
「うぇ..アイツかよ、ゴミ箱じゃん」
「普段は絶対に無いが今回は賛成だ」
ケチャパー刑事は現在、中々癖の強い観光をしているらしい。
「放置されてて良かった..」
「お前も後を追うよう言ってたぞ?」
「え〜っ..。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます