第11話

 引き継ぎは、きりがなかった。

 というのも、俺自身が毎日のように新しいことをカズから教わり、発見もしていたからだ。

 《イベント》というのがあった。

 週末などに、なんやかや理由をつけてはイベントの日をでっち上げ、何日か前にお客に告知しておくのだ。

 普通よりはいくらか客の入りも多くなった。

 バンドの協力で座を盛り上げ、ビンゴやスクラッチくじを使って、賞品を配る。

 賞品と言っても、外から買ってきた物はなく、酒屋のノベルティがもっぱらだった。

 俺から見るとマシなほうだと思ったのは、チキンバスケットやフライポテトなどの食べ物だったが、客が一番喜ぶのが、バーボンやスコッチのボトルだった。

 だがこいつには仕掛けがあったのだ。

 イベントが近づくと、カズはトイレに続く曲がった廊下の途中にあるクロゼットに俺を呼んだ。

 そこには客がキープしたボトルがぎっしりと詰まっている。

 几帳面なカズのことだから、おおむね時系列に並んでいた。

 I.W.ハーパーや、カナディアンクラブ、そしてバランタインのボトル。

 この中から、期限の切れたものや、もう二度と来ないと思われる客のものをより分けろというのだ。

 何をするかと言えば言わずと知れたこと。

 銘柄ごとに分類し、残りを集めて一本をでっち上げる。

 これが、客の喜ぶくじの賞品になった。

 ただ、この作業も、思いのほか簡単ではない。

 というのも、残り少なくあまりに時間が経ったものは、味や香りが明らかに劣化していてるので、合成ボトルを台無しにしてしまうのだ。

 なので、怪しいボトルに関してはあらかじめ匂いを嗅いだり、ショットグラスで味見をする必要があった。

 横には、未開封のボトルも一本ずつ置いてある。

 酒の量を合わせるためのゲージだ。

 俺はこの狡賢い作業がけっこう得意だったし、カズも俺を信頼していたので、もっぱら俺に任せるのだった。

 ある時、これも引き継ぎの一環と、チャーリーに任せたことがあった。

 イベントが進行し、ある客に、ハーパーが当たった。

 俺はちょうど客のそばにいたが、チャーリーが持ってきたボトルを見て「まずい」と思った。

 というのも、ボトルの首ギリギリまで、茶色い液体が詰まっていたのだ。

 さいわいその時は、バレずに済んだ。

 しかし中には、一口飲むなりニヤリと笑い、

「俺はこのボトル、いらねえ」と言う鋭いお客もいた。

 もしかすると、ボトルを持って来るなり開封する(ふりをする)俺たちの手つきが怪しまれたのかもしれない。

 とにかくチャーリーには、その仕事を任せるわけにはいかなくなった。

 とはいえゴルゴはやはり、

「俺はその手のゴマカシは嫌いなんだ」と言って、作業を手伝おうとしなかった。

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