第10話

 俺とゴルゴがまかないを終えてしばらく経ち、チャーリーの番に入ってきたのは女性の二人連れだった。

 チャーリーは待機場所から飛び出して行き、例のように中腰になって二人の注文を聞いた。

 カクテルの中身でも訊かれているのか、それがとても長い。

 俺はゴルゴの顔色をうかがった。

 目を細めて首を横に振っている。

 やがて戻ってきたチャーリーは、カウンターの中にいるカズに、

「ジントニックとグラスワインお願いします」と言った。

「赤白どっちや」とカズ。

「えと、あ、白です」

「ほんまか?」

「えと、あ、もっぺん聞いてきます!」

 これはいかん。

 俺は横足でゴルゴに一歩近づき、

「後でちょっと注意しとくよ」と言った。

 俺たちの通常業務のひとつに、ポップコーン作りがあった。

 二十キロ入りの茶色い大袋の中に、乾燥されたコーンの粒が入っている。

 これを計量カップでポップコーンマシンに入れ、大量のバターの塊を加えてから蓋をし、スイッチを入れるのだ。

 ただこれだけの作業なのだが、作る人によって、あるいはその日の調子で、まったく味が変わってくるというなかなかのクセモノだった。

 チャーリーが二人組の女性に飲み物とフードを運び終えて一息ついた頃を見計らって、

「チャーリー、ポップ頼むよ」と言った。

 チャーリーは、怪訝な顔をした。

 今いる客は一組で、しかもチャーリーの客だ。

 ポップコーンを作らされるいわれはない。

 だがとにかく、チャーリーは厨房へ入った。

 それを追うように、俺も入る。

 これは不自然な動きではなかった。

 というのも、チャーリーのポップコーン作りは非常に下手だったので、常に見守る必要があったからだ。

 チャーリーは計量カップでコーンを掬ったが、まずそこで間違っていた。

 几帳面なカズなら指できっちりすり切り一杯にするし、俺でも横から見てしっかり平らにするところだが、チャーリーのは山盛りだ。

「チャーリー、コーンはきっちり計らないと駄目だよ」

「あ、そか。そだよね」

 正確に計った二杯をマシンに入れる。

 マシンはいわば時計の文字盤をホットプレートにしたような構造で、真ん中から突きだしたアームがゆっくりと回転するしかけになっている。

 ここにバターの塊を入れるのだが、この分量も難しい。

 チャーリーのはいつも少なすぎた。

 じっと見ている俺の目を意識してか、あまりに多くのバターを入れようとするので、ここでも注意しなくてはならなかった。

 そこで半球型をした透明なオレンジ色の蓋をかぶせ、スイッチを入れる。

 後はアームが回転するのを観察しながら、コーンが弾けてくるのを待つだけだ。

「なあチャーリー」

「なに?」

「接客の話なんだけどさ」

「うん」

「あんなにも、腰を低くしなくてもいいんだよ」

「低いかな、俺」

「低いよ」

「どうしても、中腰になっちゃうんだよ。耳がちょっと遠いんだよね、俺」

 たしかにそれはそうだと、俺もゴルゴも気付いていた。

「物理的な姿勢のことじゃないんだよ。ゴルゴなんかは、膝ついたりもしてるだろ」

「あ、そか」

「注文は、さっと聞いて、さりげなく確認して、キビキビとさ」

「俺、キビキビしてない?」

「うん。正直、チョコマカしてるよ」

「チョコマカか〜」

「ちょっとそこんとこ、自分なりに考えてみてよ」

「わかった」

 最初のコーンが弾けた。

 後はどんどん弾ける頻度が上がっていく。

 今度は、やめ時が肝心だ。

 最後のコーンが弾けるのを待っていては、全体が台無しになるばかりか、焦げ臭くなったマシンを丁寧に掃除しなくちゃいけないはめになる。

「はい、そこでいいよ」と助け船を出してやった。

 チャーリーは、ポップコーンを駄目にする名人だからだ。

 マシンごとひっくり返すと、蓋がちょうどボウルの役目を果たす。

 うまく行ったときには、ちょうど蓋に一杯のポップコーンが出来上がる計算だ。

 ヒーターを元に戻したあと、最期の関門が待っている。

 大きなステンレスのボウルにポップコーンを移し、塩を加えて振り混ぜるのだ。

 ちょっとだけ目を離した隙だった。

「あっ」と俺が声を挙げるのと、チャーリーがてのひらいっぱいの塩を加えてしまうのが同時だった。

「やばかった?」

「入れすぎだよ」

 その部分を慎重に取り除き、いちかばちか振り混ぜて味見をしてみたが、しょっぱくて食えたもんじゃなかった。

 カズに見つかってどやされる前に、生ゴミの箱に棄てた。

 チーフがニヤニヤ笑いながら見ていた。

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