第9話

 俺たちは好きな時間に《まかない》──つまりは食事を摂ることができた。

 腹が減ると、仲間に一言断り、厨房に入る。

「まかないお願いします」と言えば、チーフが素早く用意してくれる。

 この食事は、店で出すメニューとははっきりと一線が引かれていて、残り物を食わされることもなければ、味見代わりに新メニューにありつけるということもなかった。

 多かったのは、冷凍食品のシュウマイや餃子、あるいは揚げたてのフライなどだった。

 クリームシチューやカレーのこともあったが、これもまた店でのメニューとは違う。

 おかずと汁を用意してもらっている間に、自分で大釜を開けて、好きなだけ飯を盛る。

 飯はいつでも黄色くて、いい米を使っているとは思われなかったが、これは店で使うものと兼用だった。

 まかないに入るのはたいてい一時に一人なので、話し相手はおのずとチーフということになる。

 チーフはたいていスポーツ新聞か競馬新聞を読んでいた。

 よくもまあそんなに読むところがあるなと思うほど熟読していたものだが、俺たちがまかないに入ると、それを待っていたように椅子を寄せてきて、よもやま話をするのだった。

「ソースは、ブルドックって決まってるんだ」

「他はダメなんですか?」

「ダメだな。俺っちの業界では、ソースと言えば、ブルドックだ。で、ケチャップはカゴメな」

「デルモンテはダメですか」

「ダメダメ。ケチャップはカゴメって決まってるんだ」

 その伝で、マヨネーズはキューピーと決まっているらしい。

 俺がギャンブルに興味がないと知っているチーフは、そんな調子の話をするのだったが、相手がゴルゴの時には競馬やパチンコの話をしていたようだ。

 チャーリーがチーフと何を話していたのかは知らない。

 ある日、あまりに店がヒマだったので、俺とゴルゴが一緒にまかないに入った。

 詳しく言えば、俺がまかないに入るタイミングでゴルゴが、

「ヒマだから、いっしょにいいかい?」と言ってきたのだ。

 断る理由はなかったので、ホールはチャーリーに任せた。

 飯が用意されると、ゴルゴはあえてチーフを遠ざけるように背を向け、俺に近づいた。

 何か言いたいことがありそうだったが、しばらくお互い無言で食った。

 やがてゴルゴが、

「チャーリーのことだけどさ」と言った。「ハリー、どう思う?」

「どうって?」

「あいつの接客だよ。悪いやつじゃないのは判ってるんだけどさ。ああしてヘコヘコしてちゃ、店の品格もなんにもなくなっちゃうよ」

 元から品格がどうという店でもなかったが。

「ハリーさ、リーダーとして、あいつにちょっと指導した方がいいよ。何なら俺がやろうか?」

「いや、今度なんかあったら俺が言ってみるよ。それで直らなかったら、ゴルゴに頼む」

「次の客で様子を見ようぜ」

「わかった」

 銀座で接客をやっていた彼がどうして六本木のライブパブに流れてきたのかは判らなかったが、ゴルゴにとってはよほど目に余るものがあったのだろう。

 ともかくも、やつが真剣に俺に話したかったのは、そんな内容だった。

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