第5話

 ライブは、二十一時・二十二時半・二十四時と、一時間半おきだった。

 客の入りに応じて、多少前後することもあった。

 バンドメンバーは普段はホールの一角にたむろしていたり、馴染みの客の席についたりしていたが、演奏が始まるまでどこにいるか判らない人もいた。

 まずバンマスが、ボーカルのヘンリーさん。

 名前は外国人だが、しゃべると北関東の訛りがある中年のおじさんだ。

 大きな頭がパーマでさらに大きくなっていて、ナス型の濃いサングラスをかけている。

 真っ白くて綺麗に揃った歯をしているが、黒い肌はでこぼこだ。

 スルドとやらいう大太鼓を肩から斜めにかけ、歌いながらそれをマレットで叩く。

 マレットを握る手はごつくて毛深く、指輪をたくさん填めている。

 ギターが佐藤フジオさん。

 虹色に染めた頭をポニーテールにしている。

 薄く色の入った屈折の激しい近眼メガネをかけていて、この人も東北の訛りがある。

 ベースはやっちんと呼ばれる大人しい人だった。

 クイーンのブライアン・メイのようなカーリーパーマをかけていて、いつも白い服を身につけていた。

 演奏が始まる直前まで店に現れることはなかった。

 ドラムが富ちゃんという人で、メンバーでは一番若かったと思う。

 普段はニコニコ温厚なのだが、ちょっとしたことでヘソを曲げると、演奏にそれが現れるらしい。

 一本気で生真面目なだけに、気むずかしいこところもあったようだ。

 キーボードがキーさん。

 東京の下町の言葉で、調子よくしゃべる人だった。

 小柄でガリガリに痩せていて、いつも真っ黒くて大きなサングラスをかけていた。

 そう、つまり『OPA』は、お世辞にもお洒落なバンドとは言えなかった。

 演奏時間が近づくと、バンドメンバーは暗いステージに陣取り、プロのハコバンらしく、ごく小さい音で短い音合わせをする。

 フジオさんの合図で俺が厨房の脇からステージの照明を上げる。

 おきまりのイントロが八小節演奏され、それがキマると一瞬の間。

 ヘンリーさんが、挨拶をする。

「こんばんわ。オパです」

 客が口笛を吹く。

 サンバやボサノバの名曲が演奏され、ヘンリーさんの野太いが哀愁のある声がポルトガル語を歌う。

 演奏は、手慣れているとも言えるしダレているとも言える。

 ギターソロではフジオさんがありきたりのフレーズでSGを泣かせ、キーボードソロになるとキーさんがあえて調子っぱずれのフレーズを奏でた。

 富ちゃんはそうした紋切り型を激しく憎んでいるようで、やりすぎかと思われるほど情熱的で技巧的なドラムソロを叩き、やっちんのベースソロはいつも着実で短かった。

 名曲シリーズの後は、オパのオリジナルソングになる。

 実はこのバンド、かつてNHKの「みんなのうた」で流れていた『おさかなサンバ』というヒット曲があったらしいのだが、それが演奏されることはなく、俺も未だかつて聴いたことがない。

 しかしそれ以外にも数枚のレコードを出しているらしく、その中からいくつかのレパートリーを演奏した。

 リズムはなんとなくサンバやボサノバだが、メロディーや歌詞は《ムード歌謡》というのが適切だったように思う。

 それでも客の中に常連ファンがいるときにはそれなりに盛り上がった。

 俺がちょっと忙しくなるのは、そのあたりだ。

 盛り上がりにうまく具合を合わせて、客のテーブルに《シェイカー》を配るのである。

 何のことはない、ビールの五百ミリリットル缶に生米を入れ、ガムテープで蓋をしただけのものだ。

 慣れた客はてのひらを上にそれを横にして持ち、音楽に合わせてリズミカルに動かす。

 上手な人が使うと、それなりにいい音がしたものだ。

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