第3話
長身のあばた面は、山口一人(やまぐち・かずんど)という名前で、俺たちには「カズさん」と呼ぶように命じた。
俺たちが最初にやらされたのは、ひとかたまりにされている椅子やテーブルをホールに並べることだった。
二人がかりでやったので、あっという間に終わった。
床掃除はその時までに済まされていたが、それも俺たちがやるべき仕事らしい。
開店後はホールでのボーイだ。
客の視線をめざとく見つけて近づき、注文を取ってドリンクカウンターや厨房にそれを伝え、出来上がった品物を運ぶ。
喫茶店と変わらない。
《万華鏡》は、ハコバンが入ったライブパブだった。
ハコバンと言うのは「ハコに専属のバンド」ほどの意味で、その店で毎日演奏するバンドのこと。
十八時頃から、メンバーが集まりだした。
最初はそうと知らず、
「いらっしゃいませ」と近づいて行ったが、
「よー、違うよ」と笑われた。
バンド名が『OPA(オパ)』ということも判った。
基本的に五人編成で、その頃すでにブームは去っていたはずのサンバ・バンドである。
二十時を過ぎる頃から店には思いがけず多くの客が入りそれなりに忙しくなったが、新しいことを覚えるのは楽しかった。
早番というのが二十三時までだそうで、あっという間にその時刻になり、その時点で俺たちは上がらせてもらった。
店はちょうどにぎわっている最中で、俺は多少疲れていたものの、後ろ髪を引かれる気持ちすらした。
しかし一方の芋田はすっかりふさぎ込み、夕方の元気はどこへやらだった。
どこかで一杯やりたい気分だったが、もう電車がなくなる時刻だ。
俺は大森の寮に帰らなくてはならないし、芋田が住んでいたのは文学部裏の戸山だった。
やつは日比谷線を東へ行き、茅場町から東西線。
俺は恵比寿からJRだ。
六本木で別れるしかなかった。
別れ際、芋田は、
「俺、明日は行かないと思うよ」と言った。
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