第2話

 六本木交差点から溜池方面に少々下ったところに、そのビルはあった。

 十八時のオープンより三十分前に来いと言われていたらしい。

 俺たちは時間を潰した。

 店は九階にある。

 《万華鏡》という名前だった。

 ひと気のない店内。

 広いホールの真ん中に一組だけテーブルと椅子があり、あとは壁際に寄せられ、椅子がひっくり返されてその上に乗っている。

 照明は意外なほど明るい。

 芋田は芝居仕込みの通る声で、

「こんにちはー」と呼ばわった。

 突き当たりの厨房から姿を現したのは、中くらいに長い髪を真ん中から分けマオカラーのスーツを着た長身であばた面の男だった。

「面接のかた?」

 関西訛りがある。

「はいそうです」

「そこにどうぞ」と、あばた面は長い手を振り回し、一組だけのテーブルを示した。「一人じゃないねんな? 電話くれたのはどっち?」

「はい。私です」と芋田。

「そちらさんもバイト希望?」とあばたは俺を見る。

「はい。二人とも希望です」と芋田。

「あっそ」

 俺たちはともに履歴書などは持ってきていなかった。

 そんなものは必要なかった。

 簡単な経歴を聞かれた。

 芋田も俺も、ともに純喫茶でのアルバイト経験があった。

「まあ、似たようなもんや。今日から入ってもらってもええけど」と芋田を見やる。「君、芋田君の方は、ちょっと服装がアレかな」

 芋田はよれよれのボーダー柄Tシャツに七分丈のパンツで靴下も履いていなかった。

「何なら俺の服貸してもええけど。ウラセ君は、まあ、まともやね」

 俺たちはその日から、ホールに立つことになった。

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