万華鏡のころ
浦瀬 剛
第1話
文学部の学生食堂で、カレーの食券を買っているとき、声をかけられた。
芋田英一だった。
一浪の俺に先んじて現役で一文に入っていた、高校時代の同級生だ。
高校時代にやつは、人民服に人民帽で通学していた。
その日さすがにそんな格好はしていなかったが、エキゾチックに骨張った顔とニキビは相変わらずだった。
「何だよ、もっと早く会っててもおかしくなかったよねえ」と、満面の笑みで芋田は言った。
たしかにもう夏が近づいていた。
やつは演劇専修に進むと同時に《七転舎》という劇団に所属し、つい先ごろ新人公演を終えたそうだ。
「見てもらいたかったよ」
「俺も見たかったよ」
どんな芝居かは知らないながら、調子を合わせた。
「ところで今日はこれから予定あるの?」と芋田。
予定も何も、二文は、朝の授業もあるにはあるが、午後三時からがメインだ。
「何か面白いことでもあるのかい?」
「いや、バイトの面接に行こうと思ってさ」
芋田は丸めた求人誌を手にしていた。
開いた頁に、印がしてある。
「何のバイト?」
「水商売。六本木のパブさ」
「それで俺に、どうしろってさ」
「いっしょに行ってみない?」
その日の授業は、もうどうやらついて行けそうにないことが判りかけてきた第二外国語のフランス語だった。
「いいともさ。いっしょに行くよ」
俺たちは地下鉄を乗り継ぎ、六本木駅にほど近い、ある店を訪れたのだった。
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