第十五話・第四章ラスト


 逆鉾学園のプール──水着姿の九頭竜由良が、仰向け状態で沈んでいた。

 水面に向けて両目を見開き、口に細い竹の筒を咥えて潜っている由良の近くのプールサイドには、しゃがんだ金華が水中の由良を見ている。

 給油ポンプを持った金華が由良に聞く。

「本当にいいの? 入れちゃうよ……にゃは」

 由良が咥えた筒から、不鮮明な声が聞こえてくる。

「ごぼっ……ごぼっ、これも水遁の術の修行でござる……ごぼっ」

 金華は、持ってきたポリ袋の中のモノをプールサイドに並べ置いていく。


「とりあえず、咥えた管から入りそうな食べ物を買ってきた。お豆腐、コンニャク、プリン、トコロテン、炭酸飲料、ソウメンなら水と一緒に流し込めば入るかな? とりあえず、炭酸飲料を注いでみよう……にゃは」

 金華は紙コップに注いだ、炭酸飲料を給油ポンプで吸い上げて管の中に注ぐ。

「ごほっ!? けほっけほっ」

 水中から顔を出した由良がむせながら言った。

「炭酸が鼻に入ったでござる……やはり、水中での飲み食いは難しいでござる……けほっ、海が怯えているでござる、機神が近づいているでござる」


 小一時間前──アポクリファ機構総司令室。

 前面巨大モニターに映し出される、海原を上下に蛇行して進む海妖機神の姿に、アポクリファ機構内は緊張した雰囲気に包まれる。

「御使いレベルの機神、出現! 港町に向かっています! 過去に豪華客船を襲い沈めた海の機神と衛星からのデータが一致しました」

 制服の上に医療用白衣コートを羽織った姿で、渦巻きキャンディーをナメているイヴ・アイン・狩摩が言った。

「由良の両親を殺した機神か──由良が感情的にならなければいいけれど」

 アポクリファ機構の職員が言った。

「御使いレベル機神の、遥か後方から同方向へ向かう三体の機神を発見……こ、これは? まさか」

「どうした?」

「師団長レベルの機神──三体です」

「いよいよ、出てきたか……セフィロトたちに機神接近の連絡を、強制化生覚醒させなくても、今の彼女たちならやってくれる……ただ、師団長レベルの機神を相手に無理はしないように」


 総司令室にいる、紅蓮の覇者・天空のワルキューレ隊の弁財天アテナ准佐。


 深緑の機動・大地のフォンリル隊の円騎堂タケル准佐。


 紺碧の追撃・大海のミッドガルト隊のクーフー・ランスロット准佐の三人は、御使い機神に何もできない自分たちの無力感に、唇を噛みしめ拳を握り耐えていた。


 そんな三人に、サボテンの小さな鉢植えを持った狩摩断大佐が言った。

「今は悔しいだろうが耐えろ……三人の力が必要な時が必ず来る」



 機神出現の緊急アラートが町に鳴り響く。

 湾内で頭と尻尾の二つの頭部を海中から、持ち上げる機神イクチ。

 海水の水飛沫をあげる海の機神──浜で遺伝子螺旋の光りが三本上昇して、三体のセフィロト。

 セフィロト・ムリエル

 セフィロト・ファム

 セフィロト・ニューレンが出現する。


 空のセフィロト、千穂のファムが金属の鳥翼を広げて飛び立つ。

 上空からライフル型の銃火器を手にしたセフィロト・ファム千穂が、地上にいる那美たちに言った。

「あたしが空から攻撃して、機神を足止めするから陸上に引きずり上げて」

 セフィロト・ムリエル那美の両手が炎に包まれる。

「了解」

 千穂が機神に向かうと、那美がザブザブと海へと入っていく。

 浜でオドオドしている、セフィロト・ニューレン金華を見て那美が訊ねる。

「どうしたの? 海に入らないの?」

「にゃは、あたし海は苦手、膝までの深さで水遊び程度ならいいけれど」

「そっか、じゃあ浜で待機していて……陸に引っ張りあげた機神の頭を、金華は叩き潰して」

「わかったにゃ」


 千穂が空から海面の機神に照準を合わせた時──機神は輪になって水車のように回転をはじめた。

 オーロラのような光りを浴びる千穂と那美。

 千穂と那美に異変が発生する。

 千穂の体内でブースターの姫の言葉が聞こえてきた。

《ここどこ? あたし何しているの? お姉さまどこ? あれ? あたし誰?》

「どうしたの姫? しっかりしなさい、今は戦闘中よ……戦闘? あたし、空飛んでいる? ええっ!?」

 機神に記憶を吸い取られていく空のセフィロト──千穂は、バランスを崩して海に落下する。


 千穂に声をかけようとした那美は、自分の手を見て不思議そうな顔をした。

「何? この姿? あたし、どうしてこんな姿に?」

《那美! しっかり……あれ? どうして那美の中に? ボクは何をしているの? ボクは誰?》


 離れていて光りを浴びなかった金華だけが、記憶を保っていた。

「みんなどうしたの? しっかりして!」

 イクチの機神は、記憶を失いつつある那美と千穂の体に絡みつき、赤い溶解液を滴らせる。

 溶解の白い煙に包まれる那美と千穂。

「きゃあぁぁぁぁぁ!?」

「うぐぐっ」


 意を決した金華が、腰まで海に入って那美と千穂に近づこうとした、その時。

 海に四本目の金色の遺伝子螺旋が伸びて。

 セフィロト化した九頭竜由良が現れた。水面に立つ由良を見て金華が言った。

「由良!」

 化生覚醒した由良の足下に、サーフボードのようなモノが出現する。

 由良が言った。

「今の拙者は九頭竜由良ではござらぬ──【セフィロト・イムラア】でござる。拙者の体の中のワタツミ、サポート頼むでござる」

 セフィロト・イムラア由良は、サーファーのようにボードを巧みに操り海上を蛇行疾走する。

 那美と千穂から離れた、機神が再びリング状に変形して水車回転をはじめて、人間の記憶を奪うオーロラの光りを発する。

「拙者の想い出は奪わせないでござるよ……明鏡止水」

 由良が水の鏡面盾を機神の周囲に多数出現させて、光りを屈折反射させた。


 由良は出現させた巨大な水手裏剣を、機神に向かって投げつける。

「紫電一閃」

 水手裏剣は回転する海の機神を縦に裂く。

《ギギィィィ!!》

 裂かれて二つのリングになった、機神イクチから光りの粒子が由良の方に流れ、油良の体に吸収されていく。

「略取でござる」


 御使いレベルの機神を倒した由良に、海から陸へ救助された那美たちは人間形態にもどる。

 浜でワタツミを従えた、由良が言った。

「四人とも、大丈夫でござるか」

 那美の体から出たミコトが頭を振る。

「まだ、頭の中が痺れたような感じがする……記憶はもどったけれど、恐ろしい機神だった」

 姫は千穂から介抱を受けている。

 隣に岩斗が立つ金華が言った。

「にゃは、とりあえずは一安心だにゃ」

「安心するのは、まだ早いようでござるよ」

 海原の方を凝視しながら鼻をクンクンさせて、由良が言った。

「とてつもない力の匂いを、潮の匂いに混じって感じるでござる……何かが近づいて来るでござる」


 水平線から砲台を備えた巨大な戦艦空母艦が、近づいてくるのが那美の目に映った。

 千穂が耳を澄ませる。

「三体の機神……それも強大な力の鼓動」

 金華が舌を出して、不味い食べ物を口にしたような顔をした。


 戦艦空母の艦首と艦舷には、竜のような金属白骨の機械の頭と、鋭い爪を生やした金属白骨の腕が付いていた。

 空母の甲板には、機神天國・陸軍師団長の【ガンメンダー】空軍師団長の【テンペスト】

 戦艦空母と並んだ海上には、海軍師団長の【惑わしのセイレーン】が、クジラ型の機神『レヴィアタン』と一緒に泳いでいた。

 艦底が浅瀬に接触する前に停止した機神空母の甲板から、浜に集まっている那美たちを見下ろしてガンメンダーが言った。

「なんでぇ、まだ小娘じゃねぇか……こんな小娘どもに師団の御使い機神は倒されたのか」

 でかい顔に手足が付いた、ガンメンダーの言葉にムッとする那美。

 セイレーンが浜に向かって言った。

「はじめまして……今日はご挨拶のみで失礼します、わたしは機神天國海軍師団長の惑わしのセイレーン」

 続けて甲板のガンメンダーが喋る。

「同じく陸軍師団長ガンメンダー、隣にいる寡黙なのが空軍師団長のテンペストだ」

 テンペストがワシのクチバシの端を歪めて笑いながら言った。

「いずれ、貴公らとは一戦交えるコトになるであろう」

「テンペストが喋るなんて、珍しいな? 人間どもせいぜい首を洗って待っていろ……根こそぎ首を刈り取ってやる、はははははっ」

 ガンメンダーの高笑いを残して、三大師団長は去っていった。

 浜に残っている那美たちの体が無意識の恐怖に、小刻みに震える。

 しばらくして由良が、ポツリと言った。

「新たな戦いがはじまったようでござるな」


第四章【ポポル・ヴフの書】~おわり~


次回最終章【メタノイア(Metanoia) 】

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