第十三話・夜の海に映る忍ぶ月の女神


 両親が豪華客船の機神災害で亡くなってから数年後……祖父に引き取られて育てられた、九頭竜由良は成長して小学三年生〔満九歳〕になっていた。

 由良はヒマな時には、ちょくちょく近所の海岸に行って海を眺めるのが日課になっていた。

 今日も由良は、祖父がどこからか連れてきて由良に与えた子犬と一緒に、海岸で潮騒を聴きながら防波堤の上に座って水平線を眺めていた。


 由良から『ワタツミ』と名づけられた子犬は、由良の近くに伏せて時おり潮風の中で尻尾を振っている。

 由良がワタツミの頭を撫でながら言った。

「今日の海は怯えていないな」


 由良には実は、年上で高校生の血気盛んな親戚の兄ちゃんが、数年前に同居していた。

 いつも首につけている、金属片のレプリカ軍隊認識票〔ドッグタグ〕が、印象的な由良が慕っていた、お兄ちゃんだった。

 機神災害で両親が亡くなった翌年の夏休み。

 銛を手にした親戚のお兄ちゃんが、家族団らんのテレビ番組を観ながら寂しそうな表情を浮かべている由良に向かって言った。

「海の機神はオレが倒して、由良のおじさんとおばさんの仇をとってやる!」

 そう言い残して、親戚の兄ちゃんが夜の埠頭に向かう姿が目撃され──その日を境に、親戚の兄ちゃんは行方不明になった。

 由良のお兄ちゃんが行方不明になった数ヶ月後に、埠頭で銀色の等身カッパの機神が、徘徊している姿が、たびたび目撃されていたと……由良は後に噂で聞いた。


「お兄ちゃんは、もう帰ってこないような気がする」

 祖父に育てられた由良は、いつの頃からか忍者風の奇妙な言葉使いをするようになっていた。

 由良は愛犬のワタツミに語りかける。

「ワタツミ、知っている……父と母が乗った豪華客船を襲って沈めた機神は、今も同じ海域の底に潜んでいるるみたい……いつかは、拙者が退治する」

 立ち上がった由良は、鼻をクンクンさせると岬の洞窟を指差した。


「誰? 拙者を呼んでいるのは……一緒に来てワタツミ」

 そう言って小学生の由良は、岬の洞窟に向かって歩きはじめ、子犬のワタツミは後を追った。



 歳月が流れ、高校生になった九頭竜由良は、那美や千穂や金華が通う【逆鉾学園】に転入してきた。

 口元を黒いマスクで覆った由良が、那美たちのいる教室で自己紹介をする。

「九頭竜由良です……本日、転入してきました。制服は前の学校の制服で通します……拙者もセフィロトです……部活は水泳部を希望します」

 由良の自己紹介を聞いたミコトが、小声で隣の席の那美に話しかける。

「あの自己紹介いいの? 自分がセフィロトだってバラしちゃって?」

「いいんじゃない……アポクリファ機構が管轄している学校だから、四人目のセフィロトかぁ──また、個性的な子が」



 下校時刻──帰宅する九頭竜由良の後ろから、少し距離を開けて。

 天津那美

 裾野命

 八咫千穂

 玉依姫

 土雲金華

 石鎚岩斗の六人は。

ゾロゾロと歩いていた。

 立ち止まった由良が振り向いて、那美に訊ねる。

「拙者に何か用?」

 那美が言った。

「イヴが、四人目のセフィロトと親睦を深めるために、自宅に遊びに行けって」

「そうでしたか……イヴさまの指示ならば、従うのは当然ですね

アポクリファ機構からは、拙者も生活の面で助けてもらっている恩義もありますから……拙者の家に遊びに来きますか?」

「ありがとう、忍者さん」


 那美の言葉に血相を変えた由良は、どこからか取り出したクナイを握りしめて構えた。

「どうして、拙者が忍びだとバレた?」

「いやぁ、どうしてって言われても……いろいろと、反対にどうしてバレないと思ったのか知りたいけれど」

 落ち着いた由良はクナイを、制服の中に隠す。

「拙者も修行が足りないですね……ところで、拙者の家はどこですか?」


 数十分後──由良から聞いた住所から、那美たちは由良の自宅へと由良を連れてきた。

 由良の家は、日本の古い屋敷だった。

 屋敷の前で由良が言った。

「迷惑をかけて、すみません……拙者、【逆鉾学園】の地区には用事が無いので行ったコトがなくて……今朝の登校は祖父の大型バイクで送ってもらったので、帰り道は覚えていなくて」

 金華が由良に質問する。

「どうして由良は、自分なコトを拙者と呼ぶのに語尾は『ごじる』じゃにゅいのかにゃ?」

「それは、流石に語尾にござるは恥ずかしすぎるから」

 由良は友だちになったばかりの金華の「にゃは」に関してはスルーした。


 屋敷の前に停まっている、大型バイクを眺めながらミコトが言った。

「しかたがないよ、いろいろな学校から集まったんだから……同じ市の中でも行ったコトがない地域だってあるよ」

 金華が言った。

「にゃは、それにしても見事なくらい。みんなバラバラの制服だね」

 那美とミコトの制服は赤っぽいエンジ色、

 千穂と姫の制服は空色のブレザー。

 金華と岩斗の制服は黄土色だった。

「拙者の制服は、今日は母上の形見の黒いセーラー服に、水色のグラデーションスカーフでござる……まるで、戦隊モノみたいですね」 

 那美が時代劇にでも出てきそうな、日本家屋の屋敷の門を見上げながら由良に訊ねる。

「大きな屋敷だね……時代劇の撮影に使えそう」

「実際に過去に撮影が、数回行われた屋敷ですよ……屋敷には祖父と拙者と一匹しか住んでいないので……ささっ、拙者の家に入ってください」

 そう言うと由良は、塀の表面に少しだけある人為的な凹凸に手足をかけて、まるでボルダリング をしているように登りはじめた。

 少し登った由良は、唖然と見ている那美たちに訊ねる。

「どうしたました? 拙者が自作した修行用の忍びの入り口が低すぎて、気に入りませんか?」

「いや、あたしたちできるコトなら普通の入り口から」


 門横の木戸から由良に案内されて、屋敷内に入る那美たち。

 千穂は門の端に置かれていた『わんぱく忍者道場』の手書き看板に気づく。

「やっぱり、ここは忍者の屋敷?」

 一歩踏み出した、金華の足が横に張られていた釣糸のようなモノに触れて切れ、木の板が鳴るような音が響く。

 屋敷の庭の隅から、両側に木製の刀を付けた棒のようなモノを咥えた、大型犬が走ってきて。

 那美たちを威嚇するように唸る。

 しゃがみ込んだ由良が、闘気をみなぎらせている大型犬の頭をなぜながらイヌに語りかける。

「ワタツミ、この者たちは、怪しい者では無いから吠えないで……拙者の大切な仲間だから」 

 由良の言葉が通じたのか? 首にバンダナを巻いたワタツミは咥えていた両側木刀を地面に置くと、由良に尻尾を振った。

 由良が那美たちに愛犬を紹介する。


「拙者と幼き頃より一緒に育った、忍びのイヌ──ワタツミ、賢い【ブースター】です」

 金華が驚きの声を発する。

「にゃは!? イヌがブースター!?」

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