第三章【ティタノ・マキア】
第八話『アーケロン川』
「金華どこにいる!」
「岩斗、いたら返事して!」
娘と息子の名を叫ぶ父親と母親の声が、炎の中で響く。
山村の夜空が燃え盛る炎で紅蓮色に染まっていた。
山村の谷間を、ゆっくりと移動していく巨大な銀色の山の影──自動車や家屋が、見えない力で次々と圧し潰されていく。
人も家も潰れる……不思議なコトに、人間を除く動植物だけは無傷だった。
数時間前に山村一帯を通過していった緑色の光の線と、目撃された緑色の小型宇宙人。
直後に山全体が揺れて、地中から銀の小山が現れ村が潰れ燃えはじめた。
山村を見下ろす小高い丘の神社に、中学生くらいの小柄な姉と年子の弟が並び立って燃える村を眺めていた。
姉の横に立つ弟の岩戸が、不安そうに姉の手を握り締める。
弟から手を握られた、小柄な姉の金華は弟の手を強く握り返した。
岩斗が言った。
「お姉ちゃん……あの炎の中に、お父さんとお母さんが」
無言で燃える家を眺める金華の目からは、涙が溢れている。
金華と岩斗の両親は半年前に離婚した。金華は引き取られた父方の姓『
金華と岩斗が、こっそり連絡をとり合って再会したその日……父の住む村が機神に襲われた。
岩斗を探しに村に来た母親も機神の襲来に、巻き込まれた。
炎に照らし出される小山のような地中の機神は方向転換して、金華と岩斗がいる神社の方に向かってきた。
弟を抱き締めた金華は小柄な体で弟を守りたい一心から、思わず大声で唸り声を機神に向かって発した。
「うぅぅぅぅあぁぁぁぁ!!」
その獣のような、咆哮に機神の動きが止まり。金華と岩斗がいる神社の裏手にある岩山が淡い光を発する。
機神は金華と岩斗から離れるように、Uターンして山蔭に消えた。
金華は、後方で発光している岩山を見上げる。その昔、武将が大口の巨人を封印したと伝えられる神山『大口牙山』
その山の中腹にある神縄が張られた洞穴から、淡い光りは強く出ていた。
呟く金華。
「呼んでいる……ボクを」
金華は岩斗の手を引いて苔のような樹木が生えている岩山に向かって一歩踏み出す。
「行こう岩斗……お姉ちゃんが岩斗を守る、お姉ちゃんはもう泣かないから、岩斗も泣かないで……笑おう──にゃは」
岩斗は淡い光りを放つ洞窟を見ながら、うなづいた。
数年後──アポクリファ機構地下本部。
強化プラスチックの円筒カプセルに満たされた液体の中に、全裸のイヴ・アイン・狩摩が両目を閉じた状態で立って入っていた。
まるで生物標本のようになったイヴの裸体には、随所に銀色管の配管フレキがくっついていて、隙間から白い泡が出ている。
カプセルの前には、天津那美とアイマスクをした裾野命がいた。
アイマスクをズラして、イヴを見ようとしたミコトを那美は制する。
「見ちゃダメ! 女の子の子が裸で、甦生治療受けているんだから」
那美とミコトが居るのは、守護人工知能『ネフィリム』の医療エリアだった。
狩摩断とイヴ以外に、入室が許されていない特別なエリアへの立ち入りを許されたのは『ネフィリム』が、特例で認めたのと那美の熱望があったからで。
フクロウ型機神襲来の犠牲になって、死亡したイヴは助かると狩摩断から那美に伝えられたのは三日前のコトだった。
「医療班の診断だと鼓膜が破れ、脳神経の一部が破損しているが……ネフィリムの説明だと再生可能でイヴは生き返る──普通の人間とイヴの体組織構造は違うからな、詳しくは分からないが胎児と同じ再生力があるらしい」
一呼吸開けて、断は話し続けた。
「セフィロト細胞を体に取り込んだ者も、同等の再生力があるらしい」
那美はイヴが生き返ると知り、病院で面会する感覚で断に強く頼み認められてココにいる。
(病院の集中治療室みたいな場所を想像していたけれど……まさか、こんなコトされているなんて。渡されたアイマスクってこのためだったんだ)
《甦生再生完了》の文字がカプセルの上部表面に表示される。
配管フレキがイヴの体から外れカプセル内の液体が抜かれ、カプセルの前面一部がウィング状に開くと、濡れた裸体でグッタリとしたイヴが横座りでカプセル底部に座り込み。
ゆっくりと目を開けたイヴは、自分の手を眺めながら他人事のような口調で言った。
「あっ、甦生再生成功したんだ」
那美はイヴを抱き締める。ハグされてキョトンとした表情をしているイヴに那美が言った。
「生き返るって良かった」
「那美? どうして、ここに?」
いきなり那美はイヴの額にデコピンをする。デコピンされた額を押さえるイヴ・アイン・狩摩。
「痛っ、いったい何を?」
微笑む那美。
「生きて帰ったら、デコピンしてやるって誓っていたから」
那美は、もう一度イヴを強くハグする。
「今度、死んだら承知しないから」
「??? わかった」
少しだけ微笑みながら、イヴも裸で那美をハグする。
アイマスクをしたミコトは、那美とイヴのやり取りに背中を向けて赤面した。
翌日にはイヴは何事も無かったように登校していた。
昼食タイム──一人、中庭隅のベンチに座って、グルグル模様のキャンディーをナメているイヴの姿があった。
イヴが座るベンチにランチボックスを持った、那美が近づいてきて訊ねる。
「いつも、そのキャンディーばかりナメていて飽きない?」
「別に……生命活動に必要な栄養素は、すべてキャンディーに含まれている。昔からずっとコレで栄養摂取を行っているから飽きるコトはない」
「だから、そういう意味じゃなくて……それ、どんな味するの?」
「食べてみるか」
イヴは制服のポケットからケースに入った、真新しいグルグル棒キャンディーを取り出して、那美の方に差し出す。
「スペアの栄養補給キャンディーだ……昨日、心配してハグしてくれたお礼にやる」
イヴから渡されたキャンディーを一口ナメた、那美は顔をしかめる。
「よく、こんなもん毎日ナメていられるわね」
「いらなかったら返せ」
「一度、ナメちゃったモノを返せるわけないでしょう……もらって最後までナメるわよ」
キャンディーをナメている那美にイヴが呟く。
「食べきれなかったら、ミコトにあげて、食べてもらってもいいんだぞ」
イヴの感覚のズレた言葉に、一瞬絶句して赤面する那美。
「なっ!? 何言っているのよ、そんなコトできるわけないじゃない……やっぱりダメだ、普通のモノも食べさせないと感覚がズレている」
那美は持参したランチボックスを開けると、ピックを刺したウィンナーをイヴに差し出した。
「食べて、あたしが作ってきたお弁当」
宇宙人ウィンナーを受け取った、イヴはピックに刺さったウィンナー
を眺める。
「栄養補給ならキャンディーだけで……でも、せっかく作ってきてくれたなら」
イヴはウィンナーを一口食べて言った。
「おいしい……これ、那美が作ったのか」
「少しだけ早起きしてね……帰りにクレープ屋さんに寄っていかない、美味しいクレープ知っているんだ」
「寄り道か……今日は特に予定もないから、それも悪くない……ね」
那美とイヴが顔を見合わせて笑っている光景を、少し離れた樹の下に立って見ている他校制服の女子高校生がいた。
長身で黒髪の女子高校生が、不機嫌そうな口調で呟く。
「あれが人間体のゼロ・オリジンセフィロト──あんな弱いヤツに世界が守れるの」
長身の女子高校生の背後から、同じ他校制服の女子高校生がいきなり抱きついてきた。
「お姉さま、見っけ! 探しましたよ」
背後から抱きつかれた長身の女子高校生は、少し嫌そうな顔をする。
「ちょっと姫、そんなにくっつかないでよ」
姫と呼ばれたトライテール髪の女子高校生は
、さらに強く抱きつく。
「だって、あたし。お姉さまの天空セフィロト『ブースター』ですよ……離れません」
姫が、ベンチで談笑している那美とイヴの方に目を向けて言った。
「挨拶しなくていいんですか?」
「今日は明日からの登校に備えての下見だけだから……まったく、アポクリファ機構って強引よね、勝手に学校変えらた方の身にもなってもらいたいわ」
「お姉さまは、この学校でも女子サッカー部に入部するんですか?」
「思案中、帰るわよ姫」
「あ~ん、待ってください! お姉さまぁ」
長身の女子高校生とトライーテールの女子高校生は、スタスタと歩き学園敷地から出て行った。
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