第七話・第二章ラスト
那美とミコトの入院中──アポクリファ機構本部の地下司令室。巨大モニターに映し出される光景を、机に観葉植物やサボテンや雑草の鉢植えを並べた、狩摩断が腕組みをして眺めていた。
那美とミコトの転入手続きを終えたイヴが、司令室に入室してきて断の隣に立つ。
モニターには那美が倒した水クモ機神に群がる、重機や軍人たちの姿が映っていた。
断に訊ねるイヴ。
「あの人たち、ナニをしているの?」
「軍の施設に倒された機神を回収して研究するらしい……表向きは研究だが。結局は、軍事兵器に使うつもりだな」
運搬用のブルーシートを被せられ、軍の人間たちからワイヤーを巻かれているクモ機神を見てイヴが呟く。
「可哀想に」
断が、機神に同情しているイヴに訊ねる。
「機神側からの視点で見て、このまま機神たちが仲間の骸を人類の研究材料にされるのを黙認していると思うか?」
「おそらく、機神は勇猛に戦い散った同胞を人間が冒涜している状況を、放ってはおかないと思う」
イヴがそう言った。次の瞬間、モニターに映る軍の人間たちが体を叩いて、何かを払い退け慌てている様子が映し出された。
軍の人間たちの体には、無数の白い虫のようなモノが足元から登ってきて体に付着していく。
クモ型機神を弔い鎮魂するために、海から次々と上陸してくる【フナムシ型】の小型機神だった。
フナムシ型機神は、軍の人間たちの姿が見えなくなるほど浜に溢れ、同胞を冒涜した人間たちの皮を破り、肉を裂いて喰い尽くしていく。
無音だが人間の断末魔が聞こえてくるような光景だった。
フナムシ型機神たちは、同時にクモ型機神の機体を海へと運び、海中で金属片に分解して自然に還した。
小型機神が去り、砂浜に放置された重機と、点在する白骨をモニター越しに見ていたイヴが一言。
「あれが機神たちの鎮魂歌」
と、呟く声が聞こえた。
アポクリファ機構の医療施設を退院した那美とミコトは、新しい学校の屋上にイヴに呼び出された。
支給された学園制服を着ている那美とミコトにイヴが言った。
「なかなか似合っているわよ」
すかさず、イヴに怒りをあらわにする那美。
「冗談じゃないわよ! 勝手に転入手続きして、転入させて! いったい、あなたなんなの!」
「ネフィリムの人類メッセンジャー」
「そんなコト、聞いているんじゃない!」
イヴは那美の質問を無視すると、那美に近づき那美の制服の袖口をめくって腕を見て言った。
「セフィロトの目は出ていないわね……拒絶反応もなく、完全に同化した」
那美はイヴの腕を振り払う。那美とミコトから少し離れてイヴが言った。
「伝える事柄がある、三体のワンオリジン・セフィロトが覚醒して活動をすでに開始している……敵になるか味方になるかは『魂核』次第、いずれセフィロト・ムリエルの前に現れる」
ミコトがイヴに質問する。
「ワンオリジン・セフィロトって、確かイヴさんの説明だとセフィロト・ムリエルの素体から分離したっていう」
「よく覚えていたわね、機神天國が本格的に人類滅亡の進撃を開始する『審判の日』にセフィロト・ムリエルが化生覚醒しなかったら、消滅する運命の存在……ワンオリジンは、独自に『魂核』と『ブースター』を選び化生覚醒する」
ミコトが何かを気づいた口調で言った。
「ちょっと待ってください、それってなんかおかしいですよ……まるで機神天國が、那美のセフィロトが覚醒する期限を決めていて。それまで『審判の日』を待っていてくれたような意味合いにも」
「さすが【知】と【心】のブースター……気がついたか。人類滅亡人工知能【メタトロン】と人類守護人工知能【ネフィリム】は人類を滅亡させるか、存続させるかの二択を人類自身に選択させている……とりあえず、セフィロトが覚醒したから、機神天國からの一方的な攻撃は避けられた……それと、これはまだ言っていなかったけれど──セフィロト・ムリエルが倒されて死亡すれば……ワンオリジン・セフィロトも……」
イヴが言い終わる前に、校舎に機神襲来を告げるアラートが鳴り響く。
空の一角から沸き上がる黒雲が、こちらに向かって恐ろしい勢いで近づいてくるのが見えた。
太陽の光を遮り暗闇を作る黒雲を見てイヴが言った。
「機神襲来、しかも御使いレベルの機神……那美、セフィロト・ムリエルに化生覚醒よ」
「いやよ、なんであなたから命令されなきゃいけないの!」
「那美とミコトには、拒否権も選択権もない」
イヴは取り出したスマホに向かって言った。
「アポクリファ機構本部、那美をセフィロト・ムリエルに強制的に化生覚醒」
那美とミコトの体が二重螺旋の光に包まれる、校庭に巨大な二重螺旋の光が立ち昇り。
全長五十メートルの、巨神生体機神【セフィロト・ムリエル】が出現する。
強制的に機神化させられた那美に向かって、イヴが冷淡な口調で言う。
「生きたかったら、戦って機神を倒せ」
屋上に立つイヴを今にも拳で叩き潰す勢いで、那美は怒鳴る。
「いい加減にして! 人間をなんだと思っているの!」
「あたしは人類を存続させるコトしか考えていたない、一個人の感情や事情など人類存続に比べれば、ちっほけなものだ」
那美が迫り来る暗黒の雲を睨みつけながら、手の平に炎拳を打ちつける。
「その言葉忘れないで、この戦いに勝って人間サイズにもどったら、額にデコピンしてやる! ミコト、ブースターの戦闘サポートお願い」
《了解》
押し寄せた黒雲は、セフィロト・ムリエルが立つ地域を包み込み。
光を遮る暗黒を作り出す。ライトや照明の光りも遮断される真の闇が広がった。
セフィロト・ムリエルの燃える拳の炎でさえも、周囲を照らすコトもできない闇の霧だった。
機神が作り出した闇の中で、炎の拳を燃え上がらせる那美。
(何も見えない、何も聞こえない……機神はどこから攻撃を?)
次の瞬間、セフィロト・ムリエルの腕に鳥類の爪痕のような傷が生じた。
(!?)
セフィロト・ムリエルの体に次々と生じていく爪痕。
「この暗闇の中に、敵は潜んでいる……ミコト、敵の位置は?」
《わからないよ、気配もない……動き回っているのは、間違いないけれど》
闇の中で姿が見えない敵に恐怖する那美。
ふっと、那美の総合格闘力の直感が背後に何かを感じて振り返る。
闇の中に猛禽類のような目が二つ、那美を背後から見ていた。
猛禽類の目は、すぐに消えて代わりに耳障りな音が闇の中に響く。
両手で頭を押さえて、苦悶の表情を浮かべる那美。
(頭が割れそう! 超音波?)
那美の体内にいるミコトも苦しそうに頭を押さえて、必死に敵機神の弱点を探しだそうとパネル操作をする。
「なにか、打つ手は……機神の能力さえ奪ってしまえば」
【略取・不可能】の文字が現れる。愕然とするミコト。
「略取不可能ってナニ……そんなのあり?」
頭を押さえた、那美がミコトに訊ねる。
「略取できないって、どういうコトよ」
《もしかしたら、セフィロトには略取できる能力の属性があるのかも》
「それじゃあ、どうやって倒せっていうのよ!」
一段階オクターブ音域が上昇した、頭を押さえた那美はついに地面に片膝をつく。
「ぐあぁぁぁ! 頭が割れる!!」
その時……黒雲を突き破って、光の弾道が降り注いできた。
弾道は闇の中に潜んでいた、両肩にスピーカーを装備した【フクロウ型機神】に命中して、その姿を捉える。
《フギィィィィ》
雲の隙間から差し込む光のスジが、フクロウ型機神を照らす。
天使の梯子の中を、紡錘型に高速回転するナニかが、フクロウ型機神に向かって急降下してきた。
高速回転して落ちてきた物体は、フクロウ型機神の頭を足で踏みつける。
急降下してきたのは、背中から金属製の鳥の翼を生やし。
銃身が長いライフル銃をフクロウ型機神に向かって構えた──ロングヘアーの美少女だった。
首から下は那美と同じように甲冑のようなモノで覆われている。
(二体目のセフィロト?)
銃を構えた美少女セフィロトは、チラッと那美の方を見てから。足の下のフクロウ型機神のスピーカーに照準を合わせて言った。
「これは、あたしの獲物……【略取】」
至近距離からの光の銃弾が、フクロウ型機神を撃ち抜く。
《ビキィィィィィ!!》
撃ち抜かれた箇所から、光の粒子が空から来たセフィロトの体に吸収され──フクロウ型機神の両目から光が消え活動を停止した。
黒雲が晴れ、陽の光りがさす──ロングヘアーのセフィロトはフクロウ型の機神に祈りを捧げた後、那美を一瞥すると。
「弱い、脆すぎる、これがゼロオリジン?」
呆れているような口調呟いてから、空中へと飛んだ。
飛び立つ前に、那美が二体目のセフィロトに向かって叫ぶ。
「せめて、名前を教えて! あたしは那美! セフィロト・ムリエルの魂核!」
那美の声が届いた、ロングヘアーの美少女セフィロトは、空中停止をすると。
「【セフィロト・ファム】」と、だけ伝えて飛び去っていった。
立ち上がった那美の中にいるミコトが、今聞いた名前を繰り返す。
《セフィロト・ファム……天のセフィロト》
屋上を何気なく見た那美は驚愕する。
屋上ではフクロウ型機神の超音波攻撃を受けてしまった、イヴが仰向けに倒れて絶命していた。
「そんな……そんな」
瞳孔が開いたイヴの姿を見て、泣き崩れた那美の巨体を化生解除の螺旋光が包み込んだ。
第二章【ゴグ・マゴグ】~おわり~
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