第六話『機神天國四天王』


 目覚めた那美の目に最初に映ったのは、病室の白い天井だった。

(あたし、いったい? そうだ、巨大化してクモの怪物と戦って倒したんだった、その後に意識を失って……あれは夢?)

 那美の近くでイヴ・アイン・狩摩の声が聞こえてきた。

「初戦にしては、まあまあね。雑な戦い方だったけれど」

 パイプ椅子に座って渦巻きキャンディーをナメているイヴを見て、怒りをあらわにベットから上体を起こそうとする那美。

「あんたねぇ! ぐっ」

 全身に走る痛みに、ふたたびベットに横たわる那美。

「まだ、体が馴染んでいないから……起き上がらない方がいいわよ」

「いったい何なのよ! 人と話す時くらいキャンディー食べるのヤメなさいよ」

「これは、生命維持に必要な栄養素を配合した、あたしのエナジー……あたしは、このキャンディーだけで栄養を摂取して生きている」

「キャンディーだけ食べて生きているって? 偏食にもほどがある」

 その時、イヴを挟んだ反対側のベットに寝ていたミコトが言った。

「那美、イヴさんは守護人工知能『ネフィリム』 から作り出された人工生命体だから、優しく接しないとダメだよ」

「ミコトも無事だったの……何、急にペロペロキャンディー女に味方して」

「『機神』のコトとか『機神天國』のコトとか『アポクリファ機構』のコトとか、那美が眠っている間にいろいろと教えてもらった……那美とボクが戦わないと人類が滅びる」

「なに、手なずけられているのよ。帰るわよミコト」

 痛みが薄れた那美は、ベットから上体を起こす……入院着の背中側から脹ら脛〔ふくらはぎ〕にかけて、菌糸の白い筋のようなモノがびっしりと那美の体とベットのマットに根を張っていた。

 内股と腕の一部に伸びていた菌糸の中に、連なった目のようなモノがあって。

 ギョロと生々しく動いて那美の方を見た。

 那美の脳内に、那美の目と太股の目と腕の目が見ている視界が交互に入れ替わる。

 不気味な視界の入れ替わりに、さすがの男勝りの那美も悲鳴を発する。

「きゃあぁぁぁぁ!?」

 イヴが那美の体から生えている菌糸を手で振り払うと、ポロポロと剥がれ落ちる。

 腕と内股に並んだ目も閉じて、傷口のようになって消えた。

 顔面蒼白の那美にイヴが言った。


「セフィロトの素体が、完全に肉体に吸収されないで表面に出てきたカサブタみたいなもんだから気にしないで。一度出てたら化生後に人間形体にもどっても、もう表面には出ないから……あ、ちなみにあなた死んでいるからね、戦闘機の翼が飛んできて研究所の建物に激突した時の肉体のダメージが大きすぎて、助けるためには、ゼロオリジン・セフィロトの素体と化生処置するしかなかったから……その擬体の中にはセフィロト・ムリエルが丸ごと凝縮されて細胞レベルで融合されているからね」


 一方的に喋るイヴの説明を、思考が麻痺した那美は茫然と聞く。

 言いたいコトだけ喋って病室を出ていこうとしたイヴは、いい忘れていたコトを思い出したように振り返って言った。

「言い忘れていた、ミコトと那美には、あたしが通う学校に転入してもらうから……あなたちに拒否権はないから、転入手続きは終わっている。同じ学校の方が何かと都合がいいから」

 病室を出たイヴを、小さなサボテンの鉢植えを持って、壁に背もたれした狩摩断が立って待っていた。

 イヴに断が言った。

「友だちができて良かったな」

「別に」

 イヴは断と同じように壁に背もたれ立つと、渦巻き模様のペロペロキャンディーをナメた。


【機神天國】──岩盤に埋め込まれた、巨大な金属の機械人面があった……その顔はメタトロンを作った科学者の顔をしていた。

 イルミネーションが輝く機械人面の前にある円柱広場には、機神天國の四天王のうち三天王がメタトロンの機神大神に敬意を示してひざまずいていた。

 人間をベースにした蒼白い顔をした半身機神、四天王の一人【ディラハン伯爵】が岩の顔に向かって言った。

「我らが同胞、御使いのクモ型機神がセフィロト・ムリエルに略奪され倒されました」

 機械人面から電子音と、パイプオルガンの音色に似た音が響く。

 機神大神の言葉を聞いた、半身人間形態のディラハンが言った。 

「わかりました、勇敢に戦い散ったクモ型機神の勇者には、機神全体で追悼をするように伝えます……引き続き、次の御使いの出撃準備を進めます。次は空軍師団長『テンペスト』が総率する機神空軍の精鋭の中から」

 機械人面の明かりが消えると、ディラハン伯爵が二天王に向かって言言った。

「四天王の一人、デジタル機神の【式神美兎】は、まだ来ていないのか?」

 

 からくり公家で朱色の貴族衣裳を着て、人間の皮で作った肉面を被る【花鳥】が、口元を扇で隠しながら言った。

「まだ来ていないでおじゃる……美兎のアイドルごっこにも困ったものでおじゃる」

 花鳥が人皮面を外すと、仮面の下から歯車が回る機械の素顔が現れる。

 箱形頭部で四面に顔がある、銀色をした一見レトロなロボット玩具風の機神。

【闘将スクナ】の知性回路『智機』が穏やかな口調で言った。

「美兎は人間のファンを増やして、家電機神を人間社会に潜り込ませようと画策しています……彼女には自由にやらせておきましょう」

 ビスやボルトが箱形の胴体にあり、背中にはゼンマイネジ。

 丸いハサミ型の手、蛇腹チューブの腕が生えている。

『智機』の顔に変わって狂気回路の『狂機』の顔がクルッと頭を回転させて前面に現れる。

「ひゃひゃひゃ……美兎の計画は、まどろっこしいぜぇ人間なんざ、虐殺だ! 破壊だ! ひゃひゃひゃ」

 頭がクルッと回って、武人回路の『武機』が現れる。

「『狂機』よ、口を慎め。機神大神さまの名を汚す卑劣な行為は許さぬぞ、正々堂々と人間に勝負してこそ、誇り高き機神」

「ひゃひゃひゃ、武機は真面目すぎるぜ……『冷機』は、どう思う?」

 冷血回路の『冷機』が口から白い冷気を吐きながら冷たい声で答える。

「オレは捕らえた人間どもを実験に使えれば、それだけで満足だ……ふっ」

『智機』『狂機』『武機』『冷機』が頭をクルックルッ回転させていると、デジタル画像の走査線が円柱広場に出現して、実体を持たない、データのみのデジタル機神の四天王。

 黒いステージ衣装を着た【式神美兎】が現れた。美兎が媚びるアイドル口調で言った。

「みんなぁ、お待ちかね! みんなのアイドル美兎ちゃんの登場だよぅ!」

 花鳥が扇で扇ぎながら言った。

「遅いでおじゃるよ、美兎」

 途端に、美兎の目つきが悪くなる。

「けっ、相変わらずノリが悪いやつらだな」

 智機が美兎に訊ねる。

「人間のデータ化計画は進んでいますか? 美兎」

「おうっ、ちょろいぜ……人間なんざ、所詮は肉体も心もデータ数値に変換可能だぜ。今、データ化した心の書き換えが可能かどうかを、ファンを使って実験中だぜ」

 美兎の顔が口が耳まで裂けた悪魔顔に一瞬変わり、ふたたびアイドル顔にもどる。

「いけない、いけない、美兎ちゃんファンに夢を与えるアイドルだった。怖い顔見せちゃってごめんなさい……てへっ」


 ディラハン伯爵が言った。

「機神将軍たちの軍団も、それぞれが独自に動き出した……軍団機神の数体が、すでに別のセフィロトに略取されて倒された」

 機神天國では、メタトロンを筆頭に四天王・各種師団軍・各種将軍軍団が存在していて。

 それぞれが、互いに支障を与えない程度の範囲で機神同士で連絡をとりあって、人類滅亡に向けての自由行動を行っている。

 智機がディラハン伯爵に質問する。

「別のセフィロトとは?」

「現時点で確認されているのは、ゼロオリジン・セフィロトを除いて三体……『天のセフィロト』『地のセフィロト』『海のセフィロト』の三体だ……特に天のセフィロトの略取成長率が高い」

「それはまた、厄介でおじゃる……おほほほ」

 デジタルアイドル機神の美兎は、新たなセフィロトの出現報告に肩をすくめた。

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