第二十四話・創世記〔ジェネシス〕【クリタ・ユガ】発動
海が盛り上がり、人類の歴戦で沈没した人間が造った巨大空母【蒼きノア】が浮上する。
機神大神が改造を施し、自我を持たせた巨大空母の近くに、大小の戦艦や空母が次々と浮上してきた。
人間同士が起こした大戦で沈没した、各国の船──その艦首には造船された国の名前が刻まれていた。
砲身が角のようにも見える、戦艦と空母の艦尾はフレキシブルな蛇腹管で巨大空母のノアに繋がっていて。
海上に各国の戦艦と空母が鎌首のように持ち上がったその姿は、七本の首を持つ竜のようだった。
蒼きノアの甲板には、従者【マシン・バンテーラ】が立っていた。
バンテーラは、突然腹部を押さえると少し苦しそうな表情をする。
「生産される……未来の機神の子が、これが人間の命を未来に繋げる産みの行為か……うぁぁ」
バンテーラの腹部が四つに開き、中から胎児のように手足を丸めたミニチュアサイズのバンテーラが、甲板に転がり出てきた。
バンテーラの開いていた腹部が閉じる。
「生産された……我が子、バビロンと名づけよう」
目を開けた、バンテーラの子『マシン・バビロン』は立ち上がり、ガシャガシャと変形して人間なら小学生くらいの男児に成長した。
我が子の傍らに立った、バンテーラがバビロンに言った。
「我が子、バビロンよ……創世記の機神の子たちを導くリーダーになれ、おまえは一人ではない」
空から子供サイズの鳥形機神が降りてきて、海面には子供サイズの魚型機神が、バビロンの誕生を祝して浮かんでいる。
バビロンが母バンテーラに訊ねる。
「母上は、これからどうするのですか?」
「我ら旧機神は、新たな世界の礎となるべく『セフィロトの
蒼きノアから、発射された全長二十メートルほどの、楕円カブセル型をした金属物体──ノアの方舟が、メタトロン・ネフィリムの人工知能に開いた穴にハマった──まるで、最初からパーツの一つだったかのように。
機械と動植物が融合したセフィロトの機樹が、根を張る栄養豊富なアムリタ海。
絶滅人工知能と守護人工知能が融合した、メタトロン・ネフィリム。
獣人の母体となる、人間の遺伝子を持ち合わせていない人工生命体、イヴ・アイン・狩摩。
そして、人間を除いた動植物の遺伝子情報を収納したメモリーステック【ノアの方舟】
新たな時代を創世する、すべてのパーツが揃った。
バンテーラがバビロンに言った。
「もう行きなさい、あなたたち、子供の機神は融合されない……あたしは融合される運命」
バンテーラは機神に初めて発生した母性愛から、我が子をハグした。
深海師団長が人工知能と融合をはじめた、エディンムが言った。
「『第二段階に移行した。これから、セフィロトの機樹が育成され世界各地に機樹の根が胞子のように広がり育つ。人間を除く動植物と機神の融合がはじまる……まずは、人類の絶滅が行われる』」
「人類の絶滅!?」
那美がエディンムに訊ねるより早く、融合したメタトロン・ネフィリムから、特殊な波長の衝撃波が人工知能を中心に、幾層も続いて世界に向かって広がっていく。
衝撃波に触れた人間の体が白い塩化する、寄生していた人間が崩れ消えると、ラングスイルの本体は地面でキーッキーッ鳴いた。
ムリエルの体内にいる、ミコトも少し遅れて体調の不調を那美に告げる。
《那美、体がなんか変? 白っぽくなっていく……塩!? 体が干からびて塩漬けのミイラに……うあぁ!?》
ミコトの生命反応がムリエルの中から消えた。
那美は悲しみの中で、自分の体を抱き締める。
セフィロトの中にいたミコトは、塩柱になって崩れていく他の人間とは異なり、人の形を保ったままミイラに変わった。
マンティコアが言った。
「これで、人類は絶滅した……この世界に人間は必要ない」
次々と機神と融合をしていく、人工知能を包み込むように機械と植物が融合したようなセフィロトの機樹が成長を開始した。
機樹の幹の真ん中には、樹脂性のクリアーパーツに入った、体型と凹凸がはっきりとわかる薄いスキンスーツ姿のイヴ。
機樹の伸びた蔓は、両目を閉じたセフィロト・ファムの千穂の体を、機樹の上部に埋め込むように融合させ。
同じように機樹の真ん中には、セフィロト・イムラアの由良。
下部には、セフィロト・ニューレンの金華が、まるで樹木から誕生する精霊のように埋め込まれた形に融合された。
アポクリファ機構の兵器や、機神天國の機神たちも次々と、セフィロトの機樹に融合されていった。
最初に融合した【蒼きノア】の七つ首から、胞子のような根が世界各地へと広がり、そこで新たなセフィロトの機樹が形成される。
世界各地の、どの機樹にもクリアーパーツの中に培養されたイヴが入った、標準オプションが埋め込まれていた。
成長していく、セフィロトの機樹を見ていたマンティコアが言った。
「そろそろ、我々も融合するとするか……エディンムどの、よろしいか?」
うなづく悪霊将軍。
セフィロトの機樹に向かって歩きながら、マンティコアが那美に向かって呟く声が聞こえた。
「最後に、那美と話せて良かった」
マンティコアの腕のオウム機神が鳴く。
「祝福だ! 祝福だ! 新たな時代への祝福だ!」
人類絶滅波が、メタトロン・ネフィリムから発生する少し前──崖下で中破した、深紅のエリアル機のコックピットで、意識を失っていた弁財天アテナは目を開けた。
「生きている……あたし」
体は少し痛むが骨折はしていないようだ。
割れたコックピットから、外に目を向けたアテナはギョッとした。
そこには、猛禽類のような機神空軍師団長【テンペスト】がアテナのコックピットを覗き込んでいた。
(ここまでか……やるなら、ひと思いに殺れ)
アテナが覚悟を決めた時、聞き覚えがある懐かしい声がテンペストから聞こえてきた。
《飛行技術が上達したな……アテナ》
テンペストの頭の部分がコックピットのように変わり、操縦席に座っている教官の顔が見えた。
「教官……無事で、あたしこの戦いに生きて帰るコトができたら。婚約者と教会で……」
アテナが安堵の中で、続く言葉を最後まで言い終わる前に、人類絶滅波が到達して、弁財天アテナの体は塩柱になってコックピットで崩れた。
アテナが塩の塊になったのを見た、テンペストはホログラフィコックピットを閉じた。
セフィロト機樹の方に目を向ける、寡黙な空軍師団長。
セフィロト機樹の遥か上空の宇宙空間には、昼間でも輝き見える、巨大な円盤星の輝きがあった。
「トェルブも粋なマネを」
テンペストは、セフィロト機樹の頂上に融合して、世界を見守る監視者になるために、飛び立ち機樹へ向かった。
機神、セフィロト乙女、アポクリファ機構兵器と融合を続けてきた機樹に『第二変化』が訪れた。
地面に近い枝に羊膜のような果実が発生して、果実の中に人間と動物が融合したような生物が蠢いているのが見えた。
醜悪な姿の生物ではない……人間の遺伝子を受け継いでいない、イヴ・アイン・狩摩が母体となり。
イヴの顔をした、新生命体【獣人】の子供が、裂けた果実から次々と地面に産み落とされていく。
角が生えた獣人。
尻尾が生えた獣人。
耳が尖った獣人。
羽毛が生えた獣人。
鱗に覆われた獣人。
生まれてきた獣人の子供を祝福するように、機神の子供たちが獣人の子供のところに集まってきた。
「新たな時代のはじまり……創世記」
セフィロト体の那美は、獣人を産み出しているセフィロトの機樹を、いつまでも眺め続けた。
遥かな過去の思い出を、人間のいなくなった世界で獣人と機神の子供たちに語り終わった那美は、優しい笑みを浮かべながら言った。
「これで先生の話しは終わり……また何か思い出したら、話してあげるから……もう帰りなさい」
「はーい、那美先生、ありがとう」
獣人と機神の子たちが去ると、那美は輝く星の下に生えているセフィロト機樹を眺め呟いた。
「イヴ、これがメタトロンとネフィリムが出した答えなんだよね……この体が朽ちるまで、いつまでも一緒だよ……イヴ」
那美の髪が赤く乾いた
海から吹く風で揺れた。
機神惑星セフィロト〔完〕
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