第二十三話【アムリタ海】


 重機動陸母車両【ベヘモス】が、餓鬼型機神に貪られていた頃──陸上の少し離れた場所では、ベヘモスから降車して電磁レールガン砲戦車隊を指揮していた、円騎堂タケルの戦車隊が前方に整列している。

 機神陸軍小隊と対峙する形で停止した。

 ドクロ顔の機神兵士が並ぶ後方には、四脚重機戦車の機神戦車が控えていた。

 機神整列の一番前で、一体だけ前方に抜きでていたのは、小型タンクに乗った陸軍師団長【ガンメンダー】がいた。

 ガンメンダーの姿を見たタケルが一人、電磁レールガン砲戦車から降りてガンメンダーの方に歩む。

 顔に短い手足がついたガンメンダーも、小型タンクから降りてタケルの方に歩みながら、後方の機神陸軍兵士に言った。

「おまえたちは、手を出すな……これは、機神と人間の対マンだ」

 互いに十メートルほどの距離まで近づくと、タケルは通常火器と弾丸の小銃を構え。

 ガンメンダーは、ボクサーのように拳を握り締める。

 ガンメンダーが言った。

「通常の弾丸で、機神のオレとやり合うつもりか……おもしれぇ人間だな、人間にハンディを与えてやるオレは火器は使わねぇ拳で勝負だ、接近して拳をてめぇの体にぶちこんでやる」

 タケルが言った。

「拳銃に一発だけ対機神用の弾丸を仕込んである、オレが機神を倒せるチャンスは一度だけだ」


 対峙しているタケルとガンメンダーの近くを、虫のような機械脚を生やした人類守護人工知能【ネフィリム】が、乳灰色のアムリタ海に向かって進んでいく。

 ネフィリムの一部には、クリアーパーツの中に両目を閉じて入っている裸のイヴ・アイン・狩摩の姿があった。


 ガンメンダーが言った。

「撃ってきな、へなちょこ弾丸を」

 タケルがサブマシン銃を連射する、ガンメンダーに当たった弾丸はひしゃげて落ちる。

 ガンメンダーが弾丸を浴びながら言った。

「気持ちがいい弾丸のシャワーだ、今度はこっちの番だ」


 ガンメンダーは短い足からは想像できない俊足で、タケルに急接近していく。

 ガンメンダーの拳がタケルの脇腹に命中するのと、タケルが放った拳銃の対機神弾丸が、ガンメンダーの片目を撃ち抜く。 

 片目を撃ち抜かれたガンメンダーが笑う。

「見事だ、おまえの勝ちだ」

 ガンメンダーの爪先には、一輪の小さな花が咲いていた。

 ガンメンダーの撃ち抜かれた片目から火花が散る。

「うっかり、お花を踏んじまうところだったぜ……命は大切にしねぇとな」


 あと半歩前で、ガンメンダーの拳がタケルの体に命中していれば……タケルは即死していた。

 後方に倒れる陸軍師団長、ガンメンダーに強打された肋骨の辺りを押さえながら、見下ろしているタケルにガンメンダーが言った。

「タケルとか言ったか……おまえ、なんで人間になんかに生まれちまったんだよ……機神に生まれていれば、良質なオイルを呑み交わす、いい戦友になれたものを」

 タケルが返答する。

「そっちこそ、なんで機神に生まれた……人間に生まれていれば、美味い酒を飲んで語る友になれたものを……ガンメンダー」

 ガンメンダーの電子アイから光りが消えて、機神の陸軍師団長は機能を停止した。

 吐血したタケルも、折れて肺に刺さった肋骨を押さえながら倒れ、動かなくなった。

 ドクロ顔の機神兵士たちが、ガンメンダーを讃える銃口を天に向けて軍隊式の敬礼をしているところに。

 円騎堂タケルの仇を討つ名目で、電磁レールガン砲戦車隊からの一斉砲撃が、軍隊式敬礼をしている無抵抗な機神兵士たちに向かって浴びせられた。


 セフィロト・ムリエル化した天津那美は、次々と死にゆくセフィロトの仲間たちと、破壊されて転がる機神軍を眺め立っていた。

 歩行移動で、乳白色のドロドロしたアムリタ海に入った【ネフィリム】は、そのまま動かなくなった。

 静寂の時間が流れる。

「いったい、これから何がはじまるの?」

 背後に気配を感じた那美が、慌てて体の向きを変える。

 ムリエルの喉元に向けられる剣の切っ先、

 そこには那美にまったく気配を感じさせずに、那美の後ろに近づき立って、剣を抜いた恐獣将軍【マンティコア】がいた。

 マンティコアの斜め後方には悪霊将軍【エディンム】がいる。

 エディンムの体にある鏡面には、セフィロト化した那美の姿が映し出されていた。

 マンティコアが那美に言った。

「もう、争いはやめよう……『創世記〔ジェネシス〕』条件の一つが揃った、機神と人間が争う必要が無くなった」


 剣を鞘に収めるマンティコア。

 マンティコアは、人類守護人工知能ネフィリムが、移動をやめた地に目を向けて言った。

「見よ人間の娘、機神大神……人類絶滅人工知能【メタトロン】さまが現れる」

 ネフィリム近くの凝固した撹拌地面が割れて、ネフィリムより一回り大きい、メタトロンが出現した。

 メタトロンとネフィリムが抱き合うように、機械融合していく。


 エディンムの足元にいる、海側に背を向けて立った人間の女性の首筋に寄生した、ヒル型の機神従者【ラングスイル】 がエディンムの言葉を那美に伝える。

「『メタトロンさまとネフィリムさまは、元々一体の存在……元の姿にもどられた……生体巨神機神セフィロトに、その身を委ねた人間の娘。お主、名をなんという?』」

 エディンムに名を訊ねられた那美は、マンティコアと一緒に生物が撹拌されて、栄養豊富なアムリタ海を眺めながら自然な口調で答える。

「那美……天津那美」


 アムリタ海で融合した人工知能を見ながら、那美の返答に対してマンティコアが言った。

「那美か……良い響きの名だ、那美、これから起こるコトを、よく見て未来で語り継いでくれ……四天王の花鳥さまが、最終決戦前に言っていた『人間側の生体機神は、次に化生覚醒してセフィロトになれば二度と、人間の姿にはもどれない』と……セフィロトの者たちは、それだけの覚悟を持って最終決戦に挑んできたのだろう?」


 マンティコアの言葉に那美は唇を噛み締める、イヴからも言われていた言葉『次に、セフィロトに化生覚醒すれば二度と人間の姿に、もどるコトはできない、親しい者に別れを告げよ』と……。


 今度は那美が、マンティコアに質問する。

「あなたの名前は?」

「ん?」

「あなたたち……機神の名前をほとんど知らずに、あたしたちは戦ってきた」

「そうか、オレは恐獣将軍【マンティコア】こちらの霧状の機神が、悪霊将軍【エディンム】だ……」

 那美はエディンムの足元で海に背を向けて立つ、首筋にヒルのような不気味な機神が寄生している女性を見下ろして訊ねる。

「その人は?」

「『従者の【ラングスイル】だ、お喋りはココまでだ……もうすぐ、創世第二の条件、深海師団長【蒼きノア】が深層海より浮上する』」

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