【短編】名も無きストーリーテラー

柊木秀

第1話

 世の中にある職業には一流、二流、などの他人から見た指標が存在する。その摂理は、もちろん暗殺者という職業にも適応される。


 物語などではよく、『ズシャ』などの擬音が用いられるが、本物の暗殺者は…一流のという意味だが…そんな音すら立てずに仕事を遂行する。かくいう僕も、ありがたいことにその領域に足を突っ込んでいる。

 暗殺者というのはなかなか面倒くさい職業で、仕事がない時は他の仕事をしていないといけないのだ。理由としては、世の中に紛れ込むという暗殺者らしい意図ももちろんある。が、あけすけに言うと普通の仕事もしていないと稼ぎが足りないのだ。ロマンが無いと思うかもしれないが、そもそも暗殺者がそんなに仕事をしていたら大変だろう。


 そんな僕の副業は今はヴガリテ王国の王国騎士である(本業としてもこの国に雇われているが)。しかも、なぜかこの国の王様に気に入られてしまったので、王国騎士団第3部隊の部隊長なんて大層な仕事を押し付けられている。王国騎士団は規模がおかしいので1部隊でも他国の騎士団一つ分くらいある、その上それが12部隊あるのである、他国からしたら恐怖でしかない。


 僕の所属する王国騎士団は、さっきも言った通り人員が多いので割と暇な時間が多い。だから団員は冒険者などの時間に融通の効く兼業をしていることが多いのだが、例にもれず僕は冒険者もやっている。冒険者という職業はやってみると中々良くて、情報は手に入るし、実力主義だし、個人で活動できるしでいいこと尽くめだった。


 しかし最近敵国の諜報員が入ったらしく、前々からあった反国王勢力の動きが活発になっている。さて、今の今までこうして回想をしてきた訳だが、現状を簡単に説明すると、僕は今ターゲットの貴族を裏通りで待ち伏せている所だ。いつもならささっと殺して撤退するだけなのだが、今日はそうもいかないらしい。冒険者が二人、貴族を追って来ている。両方ともそこそこやる様だが、ランクはそこまで高くないだろう。あの貴族の動きは……追われてるのに気付いてるな。全く、面倒くさい。


***


 私たちは今、とある人物を追っている。発端はギルドの掲示板に貼ってあるお尋ね者の人相書きと特徴が一致する人を見かけたからだ。私はまだEランクだけどこれでも騎士学園に通っているし、今いる友人も私と同い年でCランクだから犯罪者一人くらい大丈夫だろう。そうして一際静かな通りに差し掛かった時、突然相手が振り向いた。


「これはこれは、こんなに綺麗なお嬢さん方に追いかけてもらえるとは、私もまだ捨てたものでは無いかもしれんな」


「………」


「無視かね?」


「はぁ…生憎だけど、私たちはあなたの魅力に惹かれた訳じゃ無いわ」


ばれたことに驚いている私を見て、代わりに友人が相手をする。


「ふむ、では私に何の用だね?」


「あなたを捕まえに来たのよ」


「ほう……ではここに一つの爆破魔道具がある。君たちに実力があるなら、私を無力化できるだろう?」


「そっ、それは…」


友人がそういうのも仕方ないだろう、爆破魔道具は禁制の品で一つで村一つ位なら吹き飛ばせる物もある。


「なに?この程度も無力化できない?なら、ここに来るべきでは無かったな。冥土の土産に私の個有魔法を見せてあげよう、愚者の残火イグニス・ファトゥス


「なっ、氷壁アイスウォール


属性魔法じゃ個有魔法は防げない、このままじゃ…


「はぁ、全く、ついてないな。ワンス・アポン・ア・タイム」


***


予期せず現れた彼女たちだが、案の定市民の命を盾に脅されて動けていない。


「なに?この程度も無力化できない?なら、ここに来るべきでは無かったな。冥土の土産に私の個有魔法を見せてやろう、愚者の残火イグニス・ファトゥス


は!?こっちは標的が個有魔法を使えることは聞いてないぞ!–––––さっきから言っている個有魔法とは、読んで字の如く個人の有する魔法のことだ。この世に生を受けた人間なら誰しも一つは持っている魔法、それが個有魔法である。


兎にも角にも、見過ごすわけにはいかないか、


「はぁ、全く、ついてないな。物語は語られるワンス・アポン・ア・タイム


 その途端、路地裏で展開されていた魔法は全て消え去った。まあ、僕が消したのだが…これが僕の個有魔法の一つだ。物語が語られる時、そこにはなにも無い。なぜなら、白紙そこから物語は始まるから。さて、さっさと仕事は終わらせるかな。


「君は何者だ?……いや待て、噂で聞いたことがある。強力な個有魔法使いの暗殺者が居ると、確か名前は……そうだ!テラー、恐怖テラーだな!」


「うん、でもテラーはテラーでも、僕は……まあいいか。さあ、お終いにしよう、そうして神は降り立ったデウス・エクス・マキナ


「………なにも起こらないじゃないか」


「そうだね。じゃ、さよなら」


「なに!?あ、足が、私の足がぁぁぁ!」


 そのまま標的は砂になりこの世から、そして人々の記憶からも消えるだろう。それが僕に与えられた、忌々しい魔法だから。


「めでたし、とはいかないね」


さて、そろそろ朝だ。僕みたいな日陰者は巣に帰る時間だな。


「よし、行くか」


「あの、–––––」


あ、忘れてた。


「––––お名前を聞いてもいいですか?」


「聞く意味は無いだろう、どうせ二度と会わないんだから」


「わ、私はレティシア、レティシア・モーガン!」


「そうか」


 レティシア・モーガン、か。十何年か前に依頼で助けた子供がそんな名前だった、大きくなったな。僕は、その頃からなにも変わっちゃいないけど。最近は時間の感覚も鈍り始めた。昔は100年がものすごく長かったのに、今は一瞬だ。

 僕はずっと前からこの世界を見て、語っている。もう自分が何歳かも分からない。何度も死にたいと思った、だが世界がそれを許さない。何でこんな目に遭っているのか、遠い昔には知っていた気がするが……。


「あ、あなたは……」


 だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ。ああ、でも、僕について一つだけはっきりしている事がある。僕は………


「僕は、世界の記憶の語り手ストーリーテラーだ」












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