11話:Crime (罪)

 友絵が去りし後、周囲の空気は凍りきっていた。

確かに水羽がこの空間を作り出したのは分かっている。せめてこの空気を打破しようと言葉を発そうとしても何かがつっかえたように声が出ない。

僕はどうして水羽の思いを分かっていたはずなのに邪魔をしたのだろうかという意識が自身の心をむしばんでいく。


 結局僕のやったことは正しかったのだろうか。

いや、違う。絶対違うという思いが込み上げると同時に自然と声が出る。


「みんな、ごめんなさい。」


 僕の一言が静かな部屋に木霊する。


「幻夢、突然どうした。そして何故謝っているんだ。」


 腕を組んでいる詩音が僕を睨みつけるような目で訊ねた。

隠したってしょうがない。もう抜き差しならない状況なのは言うまでもないが。

僕は腹を決めると同時に詩音に分かりやすく説明し始めた。


「なるほど。そういう事か。」


 詩音は僕の話を聞き終わるや否や腕を組む。相変わらず彼女の瞳は鋭く、どこか冷たさを感じた。


「幻夢、キミは悪くない。全く水羽のやつは――」


 ふと僕は彼女の言葉を聞きながらポケットに妙な違和感を感じていた。

取り出してみた拍子に違和感の正体が床に転げ落ちる。

 それは2つのトランシーバーだった。

電源が入っていないあたり僕のものでは無いことははっきりと分かる。

そう言えば路月に頼まれて以降会っているのに渡すタイミングを逃してしまっているのだ。


「幻夢……それ、まだ渡してなかったのか? 」


 路月の質問に対して僕はうなづくと口を開いた。


「うん、今から渡しに行ってくる。」


「あぁ。気をつけろ――」


 その刹那、窓から黒い光のようなものが襲った。女性達が全員なんだろうかと思ったのか一斉に窓へと集まる。


「なんでしょうかあれは……。」


 第一声は愛麗だった。


「とにかく調査する必要がありそうだな。あたしと一緒に行ってくれる人は居ないか? 」


 しばらく間を置いて詩音が周りに意見を求める。確かに調査に行くと言い出すのも彼女らしいと言わざるを得ない。


「何言ってるのよ! あんなところ行くなんて正気じゃないわ。やめなさいよ! 」


 それを止めたのは癒月だった。


「水羽も上地さんも帰ってこないのにそんなこと言っている場合ではないだろ! だいいち―― 」


 2人の意見がぶつかり合い言い合いへと発展していく。いつもならば友絵が止めてくれるのだが、今は居ないのだ。

ならばどうすればいいのかなど僕にはもう決まっていた。


「2人ともやめてください。」


 僕はふたりの間に割って入る。

 これ以上仲間たちがバラバラになるなんて僕としては見たくなかった。


「幻夢くん、これは詩音さんと2人で話すことなのよ。あなたは悪いけど絡まないで欲しいわ。」


「俺たちを巻き込んでいるにも関わらずそれを言うのか。」


 先程黙っていた路月が彼女に突きつけるように言い放った。

どもりが無くなっているところから2人への怒りが女性の苦手意識を忘れさせているのだろう。


「2人でまだ言い合いするなら向こうに行ってくれ。俺たちを巻き込むな。」


 路月の怒りをはらんだ声に強烈なギャップを覚えていた。いつもは冷静な彼がこんなことになるなんてよっぽどだろう。


「わ、わかったわよ。」


 癒月はそれ以降黙り込むと部屋を出ていった。彼女も詩音も間違ってはない分僕の心の中にモヤモヤしななにかが生じる。


「申し訳ない。あたしは1人で動く。だから……弟と愛麗をよろしく頼む。」


 詩音も同じくそんなことを言いながら部屋を出ていく。

まさに全員がバラバラになった状態に思わず僕は頭を抱えた。


 どうすればいいんだ――――

絶望という2文字が頭をよぎっていた。


「オレ……なにか悪いことでもしたのかな。」


 聖はそう言いながら塞ぎ込んでいた。

あまりにも悪い空気にやられてしまったのだろう。これではいけないと思いながら僕は勇気を奮い立たせる。


「大丈夫。聖は悪いことなんてしてないよ。」


 そう言いながら聖の頭を撫でる。


「まぁ……幻夢の言う通りだな。」


 路月は腕を組んでぽつりと呟く。

先程の姿とは思わぬようないつものミステリアスな出で立ちに少し安心感を覚える。


「友絵ちゃん……無事かしら……。」


 愛麗は不安そうに窓を見つめている。

彼女をしばらくの間見つめていると目線に気づいたらしく僕の方を向いた。


「あの……幻夢さん。わたくしを……外へ連れて行ってくれますか? 」


 彼女の頼み事にドギマギしながらも僕は答えに悩んでいた。

詩音と癒月の言い合いも元を言えば外に行くか行かないかの言い争いなのだ。

 アークならまだしも愛麗はそうでは無い。

僕がいたとしてもいつ彼女がアークゼノに襲われたりするのか分からないのだ。

だとしても彼女の思いを汲み取らないのはどうだろうかという葛藤がぶつかり合う。


「お願いします。トモちゃんがどうしても心配で……。」


 愛麗はうつむきながらも僕に頼み込む。その姿が更に僕の葛藤を強くさせていく。


「分かった。一緒に行こう。」


 結局断りきれず僕は彼女の頼みを了承する。


「あ、ありがとうございます! 」


 彼女は子供のような純粋無垢じゅんすいむくであどけない笑顔を見せた。

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