9話:Edge (淵)

 路月がドアを開けて会議室に入ると全員が動揺したように路月の方を向いた。

僕は背負われていながらもどこか恥ずかしくなって俯いてしまうと同時に僕の意識が段々と朦朧もうろうとしていく。


「路月くん、話は聞きましたよ。幻夢くんがかなりの負傷らしいと……。」


 路月がホワイトボードが有るところに着いた時に近くにいた癒月が不安そうな表情で彼に訊ねてきた。

その表情が僕がもう二度と歩けないのではないかという不安をかきたたせてくる。

段々と考えが暗くなっていた時、それを打破するかのように水羽が訴えかけた。


「雅楽さんなら治せますよ。あの時にわたしの大怪我も治せた雅楽さんなら。」


「そ、そうよね。こんなこと言ってごめんなさい。路月くんは幻夢くんを下ろして欲しいわ。」


 癒月は何か言いたげな目を向ける。

しかし何を思ったのかそれを押し殺して彼女に謝ると路月に僕を下ろすように頼んだ。

一瞬僕の状態など目もくれずこれから論争を始めてしまうのではと不安になったが、そんなことはなかったことに僕は思わず安堵する。

路月は頷くと僕を床に下ろそうとした時、僕はふと意識を失った。



「幻夢くん! 幻夢くん! 」


 どこかから声が聞こえる。

その声は曖昧模糊あいまいもこで聞き取りずらく感じた。

 一体誰の声だろうか。

五感の中で聴覚が1番最後まで残るというのは聞いたことがある。

 これも全てラミエルに会った前に思ったような気がした。

なぜ自分はそうなんだとやや自嘲じちょう気味になりながら目を開けようとしてもまぶたが張り付いたようで全く開こうとしない。

 その時、体がふわふわするような感覚が襲いかかる。

もしやこれが死ぬような感覚――


「幻夢くん! 幻夢くん! 」


 再び耳元から声が聞こえる。その声は段々とハッキリと聞こえてきたと同時に自分の心に火がつき、燃え上がっていく。

そしてふと天魔の言葉が頭に浮かんだ。


『せや、今度キサマらと遊んだるわ。ただし、オレと戦う前にこいつみたいに死ぬなや。』


 アークゼノに死ぬなと言われるのはしゃくだが、アークゼノのリーダーであろう彼との対決もまだ控えているのだ。

それなのに今の僕はビルの瓦礫がれきに足を挟んで失血によって命を落としかけている。

 僕にはまだやることがあるんだ。そんなところで死んでたまるか――

そんな意志を持とうとした時、僕の意識は覚醒した。



「幻夢くん! 幻夢くん! よ、よかった……。」


 僕が目を覚ますや否や癒月が僕を抱きしめる。

その声はどこか震えていて感動していることが直に伝わってきた。雰囲気からしてみんな僕の目覚めを喜んでいるようだ。

しかしそんな状況に水を差すように詩音がぽつりと呟く。


「全く幻夢はなんでこうなんだ。自己犠牲じこぎせいの精神は素晴らしいが……。」


 どこか不満げな表情を浮かべている彼女に弟である聖が指摘する。

今更ながら彼がここにいるとは僕は思っていなかった。おそらく意識が朦朧もうろうとしていた時にもいたのかもしれない。


「姉さん、そんなことを言うんじゃない。結果論にうじうじ言うなんて姉さんらしくないよ。」


 それに対して詩音はそうかと短く言うとそれ以降黙り込んでしまう。

僕は椅子に座ろうと思いながら立ちあがって歩こうとした時、足に激痛が走った。

まさか怪我は治っていなかったのかと驚愕きょうがくすると同時に歩けないのかという絶望が襲いかかる。

僕は足を抱えて悶絶もんぜつしていると癒月がぽつりと呟いた。


「ごめんなさい。幻夢くんの怪我はまだ完治できていないわ。これからも治療していけば治るかもしれないけど……。」


「えっ? でもあの時のわたしの傷は治ったのにどうしてでしょうか? 」


 水羽はおどおどしながらも癒月に訊ねる。

おそらくあの時というのは鉄秤と詩音が報復云々を言っていた時だろう。


「幻夢くんの足にはヒビが入ってたからよ。骨に関わる怪我は案外早く治らないものだわ。」


 骨折は確か2週間ほどで完治するということは前に聞いたことがある。おそらく僕の怪我もそれほど行くのではないかと不安に襲われた。


「そうか。しばらくは戦えないな。また幻夢の事だから言う事聞かずに外に出て戦いそうだけどな。」


 詩音はニヤリと笑いながら僕をじっと見ていた。

確かに昨日の傷を無視してアークゼノに遭遇そうぐうしたばかりに彼女からフライパンで頭を叩かれたことは覚えている。

僕は少し彼女を皮肉るように言葉を返した。


「しかしそれでは僕が戦闘狂みたいじゃないですか。もしかして戦闘狂を僕になすり付けたりしてないですよね? 」


 すると彼女の顔が一気に赤くなった。おそらく図星だったのだろう。


「なっ、アークゼノに狙われるにも関わらず逃げないキミには言われたくないぞ。」


 詩音が僕に向かってそっぽを向いた時に聖はクスクスと笑いながら言った。


「姉さんは頑固だけどあおりには弱いよね。まぁこんな姉さんは珍しいな。」


 すると突然彼は真剣な顔になると僕に言い放った。


「でも幻夢、これ以上姉さんを煽らないで欲しいな。昔これで色々あったから。」


 まさか彼女に何かあったのかと聞こうとした時には既に彼は詩音の隣に座っていた。

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