8話:Coherence (筋)

 ボロボロになった僕達が“栄光”に着いた時には赤い日が暮れようとしている。

僕はビルに足を挟まれたせいか歩くことも出来なくなっていた。

何とか水羽が僕を背負って歩いているが、僕の心は彼女に感謝と言うよりも申し訳ない気持ちが先行する。

僕は再び空を見ると不気味なほどの橙色に染まっていた。


「はぁ、こりゃ酷いな。どうしたんだ? 」


 突然声が聞こえたかと思うと木陰から鉄秤が姿を現した。彼の黄色い瞳は夕日の光を反射してどこか神秘的に見える。しかしその瞳をどれほど覗こうとしても彼が何を考えているのか一切分からない。


「はい、実はアークゼノにやられてしまって……。」


 愛麗が疲弊ひへいしたような顔でぽつりと呟いたと同時に彼はため息を着くと“栄光”へのドアを開ける。


「えっと自己紹介が遅れましたわ。わたくしは友絵とアイドルユニットを組んでいます平和愛麗と申しますわ。」


 全員中に入ってドアを閉める鉄秤に愛麗は綺麗にお辞儀をした後に自己紹介する。

しかしそんな彼女に対して鉄秤はどこか上の空で聞いているのか否か怪しい状態だった。


「あっ、あぁ。オレは御剣鉄秤だ。」


 彼はハッとしたのか軽く自己紹介するとすぐさま水羽に背負われている僕に視線を移す。

どうやら僕の事が気になっていたのかもしれない。


「水羽、幻夢を下ろしてくれ。」


 鉄秤の頼みに水羽は頷くと僕をゆっくりと下ろす。そして横になったと同時に友絵はぽつりと呟いた。


「ごめんなさい。友絵が走るのが早ければこんなことにならなかったのに……美火さんに勝てたかもしれないのに……。」


 改めて見ると僕の足は歩くのもままならない程の重症に感じる。もしかすると僕は二度と歩けないのだろうかという絶望が頭をよぎった。


「お前はそんなに気負わなくていい。お前たちは会議室に行ってくれ。おそらくみんないるはずだ。」


 僕を除く全員がほぼ同時に頷くと疲れ果てた足取りで左のドアを開けると部屋を出ていく。

ドアが閉まる音を最後に部屋が静寂に包まれていたが、それを打破するようにすぐさま奥のドアが開くと同時に路月が姿を現した。

一瞬影かなにかかと勘違いするような動きに僕は思わずびっくりする。


「遅いと思ったらこんな事態になっていたか。」


 路月はゆっくりと俺に近づくとぽつりと呟く。

彼が常にミステリアスな雰囲気を醸し出しており、黒い目を覗いても何を考えているのか分からないのも相変わらずだった。


「誰かと思ったら路月か。すまないが幻夢を会議室に連れて行ってくれないか?俺はちょっとやることがあってな。」


 彼は長い金髪を結ぶと外へのドアへと向かう。やることとは一体なんだろうかと思っていた。

おそらく彼なりの理由があるのかもしれないが、それらしい手がかりも何も掴めない。


「御剣、相手のことは知らなくていいのか? 」


 背を向ける鉄秤に対して路月は慌てる素振りも見せずに彼に訊ねる。


「路月、オレは相手の情報はいらないぞ。結局は相手がなんであれやることは変わらない。」


 彼の言葉によって場の空気が変わると同時に彼の雰囲気が段々と残酷さを帯びてくる。

彼は僕達をハイライトのない瞳で見ると冷たく言い放った。


「たとえどんな手を使ってもオレはアークゼノを破壊してやることをな。」


 彼はそう言い放って外へ出ていくと同時に場の緊張が一気に解けていく。気がつくと僕の歯はガチガチと音を立て、全身に鳥肌が立っていた。

 僕は彼が恐ろしかった。

天魔のような残酷さを帯び、どんな相手でさえもあらゆる手段を使って倒そうとする彼が。


「はぁ、幻夢。上半身くらい起き上がれるか? 」


 僕は路月の声にハッとすると上半身だけを起こす。すると彼は僕の手を自分の肩に回すと僕を背負った。


「全く……御剣は相変わらずだ。あの時から何も変わってない。」


 彼はそう言いながらゆっくりとドアへと向かう。

そんな彼に背負われながら僕は鉄秤のことを考えていた。彼はどうしてそんなことを言ったのだろうかと思っていた時にふとある言葉を思い出す。


『アークゼノの事は正直言って考えるだけでも無駄だな。』


 彼は確か無駄なことを考えるのは嫌いだと言うのは知っていた。その言葉が別の彼の言葉をリークしていき、段々とひとつの線にまとまっていく。

だとすれば――


「もしかして御剣さんって筋を通す人なんですか? 」


 僕がそう訊ねると彼は廊下のドアを閉めながら満足気に答える。


「あぁ、そうだ。御剣は奇策は建てるが筋を通さない卑怯者は嫌いでな。」


 どうやら廊下の窓は開けっ放しなのかひんやりとした夜風が彼の言葉を吸い込んでいく。

彼はそんなことも気にもとめないのかさりげなく話を続けた。


「彼のゲーマーとしての筋は相手を倒すことが唯一のリスペクトであるってことだからな。」


 僕はその言葉を聞いてどこか不思議な感覚に襲われる。確かに彼の筋はゲーマーとしては正しいのかもしれない。しかしゲーマーじゃない筋としては致命的な欠陥を抱えているのではないだろうか。


 そんなことを思っている間に気がつくと会議室前に来てしまっていた。

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