9話:Start (始まり)

「みんな……本当に戦うんですか? 」


 その言葉を放ったのは水羽だった。彼女の目はどこか戦いに怯えているようで細かく震えている。


「そうよ。私だって戦いたくないわ。」


 彼女に同調するかのように癒月が口を開いた。

 従美や天使たちの言っていることが本当とは限らないと2人とも思っているのだろう。

だが彼女達がやっていることはリスキー以外の何物でもない。できることならばリスクを避ける面でも従美や天使たちの言葉を信じるべきだろう。

 しかし僕が反論しようと思った時、遮るかのように誰かがぽつりと呟いた。


「2人ともイレギュラーを目の当たりにして今更そんなことを言うのか。 」


 その人とは鉄秤だった。

彼は真剣そうな目でゆっくりと僕達を見回すと近くにあった机を叩く。

 あまりの音に鉄秤以外が驚いたように肩が上がる。

まるで空間が彼に支配されたような感覚がひしひしと僕達に伝わった。


「だからってアークゼノが話せば分からない相手だとは完全に言えないわ。話さえ通じればまだ――」


 癒月が反論したが、彼女の話を遮るかのように鉄秤が鋭く指摘する。

その時の彼の瞳には光がなくどこか不気味に見えた。


「ゼノ世界も崩壊するのにアークゼノと話が通じると思うか? 」


 彼の指摘は僕の心に突き刺さった。

そして僕達は生きるためにアークゼノと戦わなければならないという気持ちが氷となってじわじわと心を侵食していく。

 おそらく鉄秤は1番分かっているからこそ言っているのだろう。

しかし今の僕達にはこの現実を受け止めきれていないのにこの言い方はどうだろうか。


「結局オレたちの世界を救う方法はアークゼノを殲滅せんめつすることしかない。お前だって自分達の世界を見捨てたくないだろう? 」


 鉄秤はそう言いながら癒月に顔を近づけると話を続けた。


「オレ達はやるんじゃない。やらなければならないんだ。頭のいいお前なら絶対――」


 その刹那、どこかからドアが壊れるような音が聞こえる。

それと同時に僕の血の気が段々と引いていく。

 もしやドアを壊したのは――――


「まさか……天本さんが言っていた化け物か? 」


 詩音は突然目が鋭くなると扉へと向かっていく。彼女が警察官だからとして起こした行動なのかもしれない。しかし得体の知れない相手に対してその行動は浅はかだと僕は思っていた。


「貴方達!人々の平和を守るのよ! 」


 従美の声で僕はハッとした。得体の知れない相手と戦うとなると恐怖を感じるが、今更そんなことは言ってられないと勇気を奮い立たせる。

そんな僕に対して水羽は震えるような声で言った。


「わたし……戦えません。」


 彼女の一言によって周りの空気が凍る。今更そうとは言ってられないのにどうしてそんなことが言えるんだと半ば怒りのような感情が湧き上がっていた。

すると近くにいた鉄秤が口を開く。


「不安な気持ちはオレだって一緒だ。こんなことを言ったがオレ達7人が共に戦えば絶対守れるはずだ。それだけは保証してやる。」


 彼はそういった後に彼女の肩を叩いて扉の方へ向かった。

おそらく彼なりの励ましなのかもしれないが、突拍子に知らない人から共に戦おうと言われても信用ならないのが本音だろう。

 しかし彼らを全く信用しないのはかなり悲惨な結果をもたらすのは分かっていた。

 そうなればもう選択などの余地はない。


「グルルルルル…………。」


 聞き覚えのない声で僕は我に返る。

気がつけば僕と従美を除いて全員扉の外へ出てしまっていた。

 僕はゆっくりと気持ちを強めながら扉の方へ歩みを進める。


 これから仲間たちと共に未知の相手と戦わなければならない。

 例えどんなことがあろうとも。

 例えどんな相手であろうとも。

 例えどんな絶望があろうとも。

戦わなければ僕のいる世界は滅びてしまうのだ。


 僕は覚悟を決めると扉のドアを開けた。

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